第9話 回顧録~アルファ~

お母様、貴女も彼の目を通してこの戦いを見ておられるのですか?


貴女が送り出した若者は、今、命を懸けて運命に抗おうとしています。


何度も傷付き、倒れ、それでもなお立ち上がろうとしています。


彼には本当に死ぬ運命しか待っていないのでしょうか?





私は今までこれほど苛烈で激しく、そして誇り高く生きる人間を見たことがありません。


本来、矮小な存在である人間をこれほどまでに気高いと思った事はありません。





お母様、貴女は彼女がこの世界に強制転移させられた時に仰いました。





「とうとう代えの利かない人物が異世界に奪われてしまった」と。





きっと彼女も素晴らしい人間なのでしょう。


未来の地球にとってかけがえのない存在なのでしょう。





しかし私は今生まれて初めて貴女のやり方に反感を覚えています。


一人の代えの利かない人間の代わりに、違う人間の命を奪う行為は許されて良いのでしょうか?





このままでは余りにも残酷すぎます。


あそこにいる彼女は自分の為に彼が命を懸けている事を、この酷く悲しい物語の結末を知っているのですか?


もし知らないのであれば、その事実を知った時、彼女は何を思い、どう行動するのか、そこまで貴方は分かっておられるのですか?





お母様、お願いです。もし今、彼の姿を見ておられるのであれば、どうか、彼に救済を。





アルファは届くかどうかも分からない祈りを母へと捧げた。





「ベータ、今お母様と交信を試みたわ、この祈りが届けばもしかすると…」





「無駄」





しかしベータはきっぱりと言い切った。





「なぜ?お母様は地球の管理者権限を持つ方よ?場合によっては死者すら生き返らせる事ができるはずよ?」





「ここが地球ならそれも可能だった、でもここは地球じゃない」





ベータは何を今さら、と言いたげな顔をしていた。





「ここがはは様の管理者権限が及ばない場所だから私達が派遣された、だから私は初めから神の奇跡など信じていない」





「分かってるわよ!そんな事!でも祈らずにはいられないでしょう?!」





アルファもここが自分達の思い通りいかない世界だということは分かっていた。


しかし、それでも彼の姿をみていると奇跡を祈らずにはいられないアルファだった。


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