第3話 乗換、駅を歩く。
彼女が死んで6年が経ったとき、僕は働き始めた。大企業は全て落ちてしまって、唯一受かったあまり評判の良くなかった小さな広告代理店に入ることになった。
あまりに過酷だった。ほとんど眠れなかった。同僚がひとりうつになった。会社を辞めて、連絡が全く取れなくなった。
入社式の日、そいつと二人で呑みに行って、これから頑張ろうと誓い合った。彼は精一杯に頑張っていたと思う。僕自身も、魂が抜かれたような日々の中、消息を経った彼と、天国にいるであろう彼女の分まで、と精一杯に肉体を動かしていた。その働きに、僕の意思はまるで介在していないように感じる。ロボットのような、ゾンビのような。疲弊する身体に鞭を打って、投じてしまった過酷な毎日をひとつずつ終わらせていった。
一人暮らしの六畳一間に帰れば、そのまま死んだように眠る。日を跨いでいることも少なくなかった。少し経てばまた日が昇って、目の覚めきらないまま、エナジードリンクを喉に流し込んで、いつまでも消えないクマに気をつかう余裕もないまま、職場に向かっていた。
少しでも時間があれば必ず寄る場所がある。彼女が死んだ場所。六年前、彼女は自殺配信をした。彼女が飛び込んだ瞬間の映像はすぐにTwitterに出回った。何人もの人が、かわいそうだ、こんなに可愛いのに、と正義を奮った。転載に転載を重ね、画質がすごく悪くなってしまっていた。しばらく経つとそういうツイートも消えていった。僕は、いつまでもスマホの動画フォルダにそのときの動画を残している。ただ辛い時、僕はその動画を眺める。電車の来る音が響いて、決意を固めた彼女の、さようならの声。そのまま少しふらついた足で消えていった彼女を一瞬でただの肉塊にした電車の急停車する音。放送を止めないアプリ。彼女の死は、その余韻は、僕に自殺という選択肢をちらつかせる。そんなとき、僕は彼女の人生の終着駅にやってくる。彼女はここから、天国への電車に乗り換えられたろうか。彼女は、僕に生きていて欲しいと思っているのだろうか。そんなことをこの場に来て思うのである。駅構内アナウンスが流れて、次の電車が来ることを伝えてくれた。
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