断罪ショー

 会場には観客も含め、多くの人間が集まっておりました。先ほどまでダンスの行われていたホールには表彰台が設置され、回りには審査員が順位発表のため一列に並んでおります。


 マイクという特殊な魔法器具を手に持ち、審査員長が順位を発表しました。


「三位、カタルナシスペア。二位、ルザイガペア。一位は……」


「ルクシュアラペア!」


 拍手が沸き起こり、名を呼ばれたペアは表彰台へと上がります。ルリーシュ嬢は競技中に転んだことで大きく減点されたのでしょう。表彰台に上ることすらできなかったようです。


 本来、大会は途中退場可能なのですが、今回は不正があったために大会が終わるまで全員出られなくされています。そのため、会場には悔しそうに指を咥えているルリーシュ嬢の姿を確認できました。


 表彰台に上ったそれぞれのペアに表彰状と盾を渡していく審査員長でしたが、終わりの挨拶をしようとした瞬間、ロミアが台から飛び降りてマイクを強奪、お嬢様へと差し出しました。


「こら君! 何をしているんだいっ!」


 審査員長はマイクを奪い返そうといたしますが、それをロミアが邪魔をします。他の審査員がお嬢様へ近づきましたが、それを止めたのは会場内で待機していたサーニャです。


 素早い動きで観客の中から飛び出すと、数人の審査員を相手にお嬢様のもとへ行かせまいと立ちふさがります。


「す、すみません! でもこれ! そっちにも落ち度がありますから!」


「何をいっているんだっ!?」


 サーニャは必死で謝りながらも審査員を止めております。回りは騒然となり、観客もあっけにとられておりました。


 そんな中、お嬢様は堂々と表彰台の上でマイクの調整を行っておりました。マイクもスピーカーも魔法の使えるものが魔力を込めたもので、誰でも扱えるようになっています。しかし元々魔力があるものが持つと出力が上がってしまうため、調整しないといけないのです。


「あーあー……よし、大丈夫そうで。」


 マイクチェックを終えたお嬢様。大きく息をお吸いになり……


「静まりなさい!!」


 マイクに声をのせてご一喝。その瞬間、騒音が止み、皆の動きが止まりました。お嬢様は、コホンと咳払いをいたしております。


「皆様ごきげんよう。高い場所から失礼いたしますわ。私の名はエリザベル・ラ・ルクシュアラ、前大会では惜しくも2位でしたわ。」


 2位という言葉に、皆がざわつきました。前の大会を見ていないものは、当然お嬢様が前回も優勝していると思ったでしょうから、当然の反応です。群を抜いた実力の持ち主だと、大会で知らしめたばかりです、皆が疑問に思ったでしょう。


 お嬢様を越える実力者が、大会参加者にいたのか、と。


「私は当初、優勝を確信しておりました。しかし結果は、先程いった通りです。全く納得いきませんでしたが、これもダンス協会の厳正な審査の結果と、受け止めるしかありませんでした。」


 お嬢様はうつむきます。演技ではなく、その時の悔しさを思い出して、声が震えておりました。


「しかし突然協会から、大会のやり直しが通達されたのです。ですが、皆さん気になりませんか?どうして大会が開き直しになったのか。」


「君!! いい加減にしたまえ! 失格にするぞ!!」


「いい加減にするのはあなた達の方ですよ。」


 いよいよ不味いと思った審査員がお嬢様へ向けて怒号を飛ばしましたが、それを冷たくあしらった声により遮られました。その声は、観客の群衆から聞こえてきたものです。


 群衆から一人歩み出た男は、呆れたようにため息をついておりました。


「全く。僕はきちんと全容を解明し、大会参加者に伝えることを条件に情報を渡したというのに。公開どころかこれじゃ隠蔽じゃないですか。」


「ノ、ノバート卿っ!?」


 声の主、スチュワートは一瞬こちらへ目を向け、そして次いでお嬢様へ、右手を胸に当て一礼をして笑いかけておりました。


「続けてくださいルクシュアラ嬢。貴女にはその権利がある。本来優勝の座に座るべきだった貴女だからこそ。」


 ストゥーの牽制によりお嬢様を止められなくなった審査員の男は、彼を睨み付けておりました。しかし当の本人は涼しい顔です。


「なんだか外野がうるさいけど、まぁいいわ! それじゃ、皆に大会が開き直しになった本当の理由を教えてあげるわ!」


 お嬢様が片手を天へ伸ばした途端、天井からたくさんの紙がヒラヒラ舞い落ちてきました。観客達はなんだなんだと、その紙を掴み確認いたします。


「え?」


「これ本当か?」


「なんだよこれ!? ダンス協会で不正だって!?」


 紙には一連の不正審査代役の騒動が証拠を交えて記載されています。お嬢様が大会の練習をなされている間に、証拠をすべて揃えました。お金と言うのは、どうやっても動きを隠すことはできません。不自然な金の動きは、調べればすぐにわかりました。


 この一年カタリードの宝石店は「寄付金」として、突発的な収入を得ていました。しかしその寄付金の元は全て、カタリードが不正に勝たせた選手から渡されたものでした。巧妙に出資元を隠していましたが、不正を依頼した人物達は大会優勝者の中にいることは分かっていたため、調べるのは造作もなかったです。


 カタリードの経理担当を買収したのですから、情報は確かでしょう。


 審査員達も撒かれた報告書を見て震え上がっておりました。それをみて、ストゥーは満足そうにメガネを光らせております。全く、抜け目のない男です。


「あぁ、この書類の信憑性に関しては……レディアン自警保安局局長のこの僕が保証しますから、皆さん安心してください。」


 安心して騒いでください……の、間違いでしょうに。ストゥーは人懐っこい笑みを浮かべていました。それにより、辺りは大騒ぎとなります。協会の根幹を揺るがす事態に、動揺を隠せないのでしょう。


「カタリードと言う男は私腹を肥やすため、本来の順位を歪め、ダンス協会はそれを黙認しておりました! これは、許されないことです。そして私はここに告発します。前回の大会で優勝した……ルリーシュ、貴女を!!」


 真っ直ぐに指したお嬢様の指先には、青ざめているルリーシュ嬢が群衆に紛れておりました。とたんに彼女の回りから人が引いていきます。


「な、なんのことかしら!! 私は! 自分の力でーー」


「あの人、たしか転んでいたでしょ?」


「あんなのが優勝だって、それこそ不正だろう」


「そこまでして勝ちたいなんて、浅ましい」


 誰も、ルリーシュ嬢の言葉に耳を貸すものはいません。だって、誰の記憶にも彼女の美しいダンスは残っておりませんもの。皆の印象に残っているのは、大会選手の中で唯一転んだ……それだけです。


 例えその前の過程が良かったとしても、群衆には彼女が転んだ事実しか映らない。皮肉にも、マリー様にやったことが、回り回って自分に返ってきたのです。


「貴女は私のことを名誉毀損だとか、嗜みを忘れた愚かな令嬢だと罵ったわね。私から言わせれば、貴女は令嬢どころか、人として最低よ! さぞ気持ち良かったでしょう? 不正で私に勝てて。でもね、偽りの席に居座ったところで、あなた本人は変わらないのよ!」


 お嬢様はこれでもかと憎たらしい笑みを浮かべながら、会場中に聞こえる大音量で宣言いたしました。何か反論しようとしたルリーシュ嬢でしたが、それを許さなかったのはお嬢さまではなく回りの観客達です。


 人とは恐ろしいもので、皆が正しいと思えば、途端に批判は正義の免罪符の元、他者を攻撃する武器となる。群衆はルリーシュ嬢に後ろ指を指し、あるものは仲間内でヒソヒソと話をし、ある者は大声で罵倒し、そして皆の目は彼女を刺し止まない。ここまで来れば、もう恐怖しか感じないでしょう。


「ち、ちが……いや、いやぁああああ!!!」


 ルリーシュ嬢は泣きながら、会場を走り逃げ出しました。その背にすら、罵倒の言葉が投げ掛けられておりました。


 想定よりもひどい有り様ですが、彼女に同情することはありません。念のためマリー様を控え室に預けておいて良かったです、これはさすがに見せられませんから。


 ーーパンパンッ!


 ルリーシュ嬢が逃げたことにより収拾がつかなくなった会場の騒ぎに、突然大きな音が響きました。群衆の目が出口から、音の方へ向けられます。そこには、手を少しずらして叩いていたストゥーの姿が。


「はいはい、それでは皆さん。もう大会はお開きにしましょう。続けるのは不可能ですし皆さんも疲れたでしょう。あぁ、ルクシュアラ嬢は残ってくださいね。詳しく事情を伺わないといけませんから。」


 自警保安局の局長の笑みに、皆が黙りました。彼を睨む審査員の目は恐ろしいものでしたが、彼は知らん顔でお嬢様へ手を差し伸べました。事情を伺う、と言うのは建前でお嬢様を安全な部屋へ移動させるのが狙いでしょう。


 真実を知った群衆を解散させるのは不可能ですし、黙ってお嬢様を通してくださるとは思えません。しかしその間に保安局の男がいれば、誰も手出しはできなくなります。


 ……普段役職なんて無駄なものだと言っていたのに、こういうときにちゃっかり使うのですから器用な男です。


 お嬢様が、ご自分で報復を下すことができ大満足のご様子。軽い足取りでストゥーのエスコートを受けておりました。


 騒ぎの余波も考え、お嬢様を含めた関係者全員が、劇場で一番小さなホールへ集められることになります。


 ……まさかそのホールで、彼にしてやられるとは思いませんでしたけれど、ね。

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