魔法トーナメント戦開戦
宣言により正式に魔法トーナメント戦が開始される。両者の右上に所持ptが浮かび上がった。クラウスは53ptでエリザベルは10ptである。
「はっ、なんだそりゃ。大口叩いた癖にたいしたことねぇな!」
クラウスは右手を前に突きだし、拳の中に渦巻く水を圧縮した水球を生成した。それだけで回りが同様の声に揺らいだ。
「無詠唱だわっ」
「あんなのに勝てるのかよ…下手すると大ケガだぜ…」
本来魔法は詠唱を経て発動するものだが、潜在能力の高いものは無詠唱で発動できる。それだけで実力者の証となるのだ。
「一撃で終わらせてやる!」
水球は周りの空気すら巻き込み、勢い良くエリザベルの元へと飛ばされる。真っ直ぐなそれは回転しながら威力をあげ襲いかかる…はずだった。
しかしエリザベルに到達する前に、水球はなにかにぶつかって蒸発した。彼女の前には激しく水蒸気が吹き出している。
「なっ!?」
「あらこんなものかしら?大したことないわね。」
深紅の長髪を片手でなびかせ、心の底からつまらなさそうに言い放つエリザベルの態度は、クラウスの神経を逆撫でした。
「調子にのるなよっ!!」
青筋を浮かべた彼は今度は二つの水球を出現させ、エリザベルに攻撃を仕掛ける。今度は直線軌道ではなく左右にカーブするように湾曲した軌道を描いていた。
エリザベルを通りすぎる曲線に見せかけ、彼女の真横で直角に曲がり、両脇から水球が彼女に向かっていく。勢いもスピードもさっきのものとは比べ物にならないほどで、まともに食らえば肉がえぐれ大ケガになっていただろう。
しかしまたしてもら水球は彼女に届かなかった。
(くそっ、いったいどうなっているんだ!!)
水球は蒸発し、辺りは湿っぽい水蒸気に溢れている。クラウスは必死に考えるが、水球の蒸発スピードが早すぎて状況を把握しきれずにいた。
(結界か何かか?こうなりゃ総当たりで穴を見つけてやる!)
両手を使い今度は4つ…彼が操作できる最大数を出現させ、先ほど同様攻撃を飛ばす。しかし今回は攻撃を防ぐ方法を割り出すためであり、当てるためではなかった。
荒稼ぎなどやっているがクラウス自身、弱いわけではない。むしろ強者の部類に分けられる実力者だ。決して、闇雲に突っ込むバカではない。
案の定水球はエリザベルに届かなかったが、彼は防御方法の視認に成功した。
しかし、成功してしまったからこそ、大きな絶望にその身を喰われてしまった。
(嘘だろ…そんな、バカな…っ!)
エリザベルは無詠唱、無動作で水球が到達する地点に炎のシールドを張っていたのだ。つまりエリザベルの魔法属性は炎である。水属性を操るクラウスにとっては、炎属性は優位属性のはずなのだ。
しかし現状、彼の攻撃は一度も届いていない。彼の水を蒸発させるほどの熱を産み出しているからだ。
「なぁんて、考えてるんだろうなぁ。」
脂汗を吹き出させるクラウスを見て、のんきに呟いていたのはリーリアであった。すでにエリザベルから離れ、見物人に紛れて状況を観察している。
(さすがのお嬢様も全方面高火力シールド展開するほど、魔力はないんだよねぇ。)
実はクラウスもエリザベルも、同じことを魔法でやっているのだ。彼は水を圧縮し球体として操っていたが、エリザベルは圧縮した炎を水球到達地点に展開して防いだだけのこと。圧縮面を小さくすればするほど、炎の温度は上がっていくため水球を蒸発させられたのだ。
(魔法の威力に対した差はなくて、怖いのはお嬢様の“博打”なんだよなぁ。)
エリザベルの芸当は、ギリギリ目で追えるほどの速さで飛んでくる4つの水球の位置を、正確に予測しなければできないものである。
水球を蒸発させるほどの熱量を発生させるには、最小面積での炎展開を余儀なくされる。それ以上大きくなれば水球を蒸発させられず、少なからず攻撃を受けてしまうからだ。
しかし展開面積が小さすぎるため少しの誤差も許されない。展開位置に誤差が生じれば攻撃を防ぎきれずに大ケガを負う…にも関わるずエリザベルは、“大まかな計算”で魔法展開をしている。つまり賭けで勝負していたのだ。
(あんなに速い攻撃、見切るのなんて無理なんだよねぇ。大方速度と相手のしぐさ、視線で当たりをつけてやってる…見てるこっちはヒヤヒヤものだよお嬢様ぁ…。)
全ての情報を瞬時に演算したところで、攻撃予測の精密度などせいぜい70%程度。3割は外れてしまう訳であるが、エリザベルに迷いはなくその堂々とした態度から相手に恐怖すら与えていた。
「もう終わりですこと?では、今度はこちらから行きますわよ?」
不敵に口許を歪ませて笑うと、今度はエリザベルが炎の球体を二つ出現させた。火球は空中を縦横無尽に飛び回り不規則な軌道を描きながらクラウスへと飛びかかる。
(ちっ、どこから来やがる!?こうなりゃ俺も全面シールドを…だめだ、それじゃ魔力が持たねぇ!軌道を見切るしかねぇか!)
クラウスは必死に火球の軌道を目で追い少しでと攻撃の兆しがあれば、そこに水のシールドをはり防ぐ…というエリザベルと同じことをしようとしていた。
思惑通りに彼の動きが止まり、エリザベルはにんまりと笑った。
「終わりですことよ!」
クラウスの目が火球に釘付けになった時点で勝敗は決まっていた。わざとらしく空中に飛ばした火球はフェイクなのだから。
本命は彼の足元、クラウスを中心に火柱が立ち昇った。火球を飛ばしたと同時に、彼の足元にも魔法を飛ばしていたのだ。
目ではなく魔力で火球をおっていたならば、足元の膨大な魔力に気づき避けられたであろう。しかしクラウスは結果的にその場に留まってしまったため、格好の的となってしまったのだ。
「ファイアツリー!」
「うわぁああっ!!」
断末魔と共にすぐに火は消え失せ、辺りに少しの煤と焦げ臭い臭いが漂い始める。
攻撃をまともに食らったクラウスであったが、彼の肌は焼かれておらず、無傷だった。代わりに彼がまとっていた上等な制服は、下着もろとも消し炭と化している。
「キャーーーッ!」
見物していた令嬢達は顔を真っ赤にして目を覆う。肌の露出は破廉恥極まりないと教わった彼女達にとって、生まれたままの姿にされた彼は見るに耐えないものだったからだ。
「あらあら、ずいぶん無様ですこと、フフフフフッ!」
エリザベルは、勝ち誇ったように笑いだした。生徒の見ている前で全裸にされた辱しめと、敗北への屈辱からクラウスは局部を隠して唇を噛んでいる。
無論こんな状態で勝負続行できるわけもなく、エリザベルは勝者となった。彼の持ちポイントが一気に削れて10ptとなり、エリザベルのポイントが53ptになる。見事な勝負だったにもかかわらず誰も拍手どころか、一言も発していない。ただただ呆然と、二人を見つめていた。
「弱者からポイントを略奪するような心も器も、あと別の方の器も小さいお方に、負けるわけがありませんわ!精々令嬢に負けて全裸を晒した子息として笑い者になるがいいわ!おーほっほっほ!」
何処からどう見ても、目上の子息の服を燃やし晒し者にして嘲笑う悪女は、こうしてまたひとつ悪名を轟かせたのであった。
無論そんな騒ぎを起こせば講師達が黙っていなかったため、その後の後始末は全てリーリアが処理することとなる。
これが彼女が疲労困憊で帰ってきた理由である。
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