エクストリーム・タイム➀

『皆さまにおかれましては悲惨な事件に見舞われ心中お察し申し上げます。特に探偵は稚拙な手がかりのもと推理を余儀なくさせてしまい痛恨の極みでございます。私の』


「おい深川!」


「……なんだ伊野神!」


「放送室! 見てきて!」


「おっ、おう! まかせな!」


「ねえ誰なのこの人?」


「伊野神くん、どうなってんの?」


「俺だってわからないよっ!」


『…………』


「センセイ! まだ他に人いるんですか?」


「いや、いないはずだがなあ」


「いませんよ。ここには」


「なっ、何言って!」


『あの……』


「い、伊野神!」


「深川か! どうだった!?」



「…………」


 そんなバカな……。ならこの放送はいったい?


「ちゃんと確認」


『そろそろ……』と放送。得体のしれないコエ。『よろしいでしょうか?』


 コエは一同の沈黙を待ってから不気味な冷気を放出する。どこかで監視しているのか。天井やその四隅を見るが監視カメラの類はなし。あるいは盗聴器か――。


『只今、この校舎の放送を利用して皆さまに話しかけています。そして今、放送室の様子を見てお気づきかと思いますが、そこに私はおりません。ではなぜこのようなことが可能か申し上げます。それは、この世界は私が創り上げた《小説》だからです。この世界のあらゆる事象は作者の一存で決定します。まずその点をご理解のほどよろしくお願い申し上げます。その証拠に伊野神けい、君のメモ帳の事実⑩と⑪、並びに⑭に細工をしたのはこの私だ』


 コエは一方的にそう言った。


 メモ帳? これに細工をしただと?


 肌身離さず持っていてどうやって細工を? 小説? バカも休み休み言えよと思う。


『信じられる訳ないだろう?』


 みんなの意見を代弁したのは深川。トレードマークの前髪をかき分け颯爽と言い放つ。コエはしばらくその言葉を咀嚼して、それから言った。


『…………なるほど。信じられないと。それならば証拠をお見せましょう。尾形さん?』


「はい。先生」


 と、徐に尾形さんは。


 懐から鈍色に光る拳銃を取り出し堂場顧問へ向ける。


 バアン――――ッ!!


 職員室に響く一発の銃声。


 誰もが一瞬目を背けた、コンマ数秒の僅かな時間。その間に銃弾は一直線に突き進む。悪魔の咆哮。それは堂場顧問の眉間を――。誰もがそう思った。


「…………っ!」


 凄惨な現場を覚悟する。そこには――。


「…………なっ、なんだこれは? どうなっているのだ?」


 目を丸くした顧問。胸を撫で下ろした刹那――。


「…………」


 あまりにも非現実的な光景に顧問同様、目を疑わざるを得ない。顧問の目と鼻の先、額から離れること約一○センチ。その空間に


『現実において銃弾は止まることがあるでしょうか? 答えはイエス。銃弾の運動を邪魔する存在がある場合においてのみ、停止することはあり得ます。例えば分厚いコンクリートとかでしたら一部の銃弾や兵器を除いて途中で止まるでしょう。しかし、、距離にして数メートルの空間において銃弾の運動を邪魔するものが空気のみであるにもかかわらず銃弾が停止することなど、現実の如何なる物理法則においてもあり得ない。そして今、現実では起こりえないことが起きている。即ち、この空間はである……以上』


 と。コエが言った。


『お分かり頂けたでしょうか?』


 それが合図だったかのように。


 銃弾は現実に帰ってきた。


 コエに束縛されたことを悔しがるように。


 止まっていた時間を取り戻すように。


 一途な恋心のように。


 もう誰にも邪魔させないと叫ぶように。


 ひた走るは燃え上がる刹那の命、ラストスパート。


 息を吹き返した銃弾は。


 今度こそ。


 堂場顧問の眉間を鮮やかに貫いた。

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