マリオネット➀
「これで三つの事件、全て解決したな」
ホッと一息つく深川。出来ることなら全て解決したことにしたいが――。
「いや、まだ謎はあるんだ」
場は静まり返る。もうすぐ時刻は二十一時。そろそろ眠くなってきたが、決着のために睡眠を犠牲にせねばならないときもあるのだ。
「伊野神くん、その謎って?」
辻さんが欠伸を噛み殺しながら言う。時折聞こえる雨音はだいぶ弱まったみたいだ。今日がこの島で過ごす最後の夜にならんことを……。
「それはね、悲鳴について」
「悲鳴?」と佐々木さん。「それって昨日の朝の?」
「あれは確か……」と深川。「国枝さんが先輩と東村の死体を見つけて叫んだんじゃなかったっけ?」
「う、うん。そうだよ。伊野神クンにも話したと思うけど?」
何故今更そんなことを? 言葉には出ないがみんなの思いが伝わってくる。
「その通り。あの悲鳴は国枝さんが二人の死体を見つけて叫んだ。でもね、少しだけ不可解な点があるんだ。それをみんなに聞いてほしい。まずは事実から。
事実① 死体発見時、悲鳴を上げたのは国枝さん。
事実② 悲鳴を上げた場所はプールサイド。
事実④ 伊野神、森川、辻の三名は当該悲鳴を聞いていない。
事実⑤ 悲鳴直後、中央館一階(東館側)と東館一階の渡り廊下のドアは開いていた。
事実⑥ 中央館三階において悲鳴は段々小さくなって聞こえなくなった。
事実⑦ 東館三階において悲鳴は特別変わったようには聞こえなかった。
事実⑧ 東館二階において悲鳴は徐々に弱くなるように聞こえた。
事実⑨ 悲鳴は西館には届かなかった。
はじめに事実④ならびに⑨について。俺、森川さん、辻さんの三人は当該悲鳴を聞いていないんだ。この三人に共通することは当該悲鳴がしたとき西館にいたという点。即ち事実⑨が導ける。異論はあるか?」
みんなを一瞥するけど返ってきたのは静寂のみ。進めていいようだ。
「あの悲鳴は西館に届かなかった。どうしてだと思う?」
「単純に遠かったから? プールがある東館南から西館までは距離があるからな」
深川の考えも頷ける。しかし距離だけの問題ではないのだ。
「確かにそれも考えられる。しかし先程提示した事実の中に『西館には届いてほしくないけど中央館、東館には届いてほしい』という明白な意思を感じるものがあるんだ」
「明白な意思?」
「そう、明白なね」
国枝さんの疑問に答える。少し待ってから探偵劇を進行していく。
「それは事実⑤なんだ。あの日、天候は大荒れだった。そんな中、渡り廊下のドアを開けておいたら水浸しになることは言うまでもない。しかしドアは開いていて案の定床はびちょびちょだった。そうだよな深川?」
「そういえば開いていたな。それで反射的にそっちに向かったんだ。新城と朝倉も一緒だった。開いていたよな?」
「確かに」と新城。「開いていた気がしなくもないな」
「いや開いていたよ」
そう言ったのはなんと朝倉。思わぬフォローに俄然自信が増す。舌打ちが漏れそうな表情をする新城。構わず続ける。
「悲鳴直後、中央館一階において東館一階に繋がる渡り廊下のドアは開いていて、三人は反射的にそっちへ向かった。
つまりあの日、大雨だから普通はドアを開けたままにしない筈なのに、東館に繋がる渡り廊下のドアだけがそれに反して開いてた。西館へ繋がる渡り廊下の扉は例によって閉まっていた。さらに突き詰めると――。辻さん?」
「ん?」と空返事。「なに……?」
「えっと、辻さんは悲鳴直前、西館二階にいたと思うんだけどその時渡り廊下のドアは閉まっていたか覚えてる?」
「んーと、閉まっていたと思うよ。中央館から移動してきたときは閉めたし、その後開いた音はしなかったと思う」
「なるほど。ありがとう。続いて朝倉?」
「なに?」
「中央館二階の西館に続く渡り廊下のドアはどうだった?」
「……閉まってたよ。ちなみに東館側も」
これではっきりした。真実を披露する。
「真実⑤ 西館に続く渡り廊下のドアは一階、二階ともに閉じられていた」
「悲鳴直後、西館は一階、二階ともに渡り廊下のドアが閉まっていた。三階に渡り廊下はないから悲鳴は西館には届かなかった。これが真実でこれが黒幕の狙い」
「黒幕?」
場がどよめく。そう、犯人たちを影で操っていた者がいるのだ。彼らは彼女のマリオネットに過ぎなかったのだ。
「話してくれないかな? どうして君がそんなことを?」
「おい伊野神! 考え直せ! それはどう考えたって!」
深川の怒号が耳をすり抜け。
「そうですよ伊野神センパイ!」
佐々木さんの懇願も蚊帳の外。
「うそ……うそでしょ」
辻さんの困惑を傍目に。
「…………」
堕落顧問の沈痛な面持ち。千手観音はただ沈黙を守り。管理人はポーカーフェイス。
その他犯人や犯行にかかわった者は何も言わずにただ時間を浪費している。
「何故、西館に君の悲鳴を聞こえさせたくなかったの?」
我が陸上部第一の女神を、なぜ黒幕などと呼称しなくてはならないのか。
「ねえ……どうして?」
空しく漏れたその声はでも確かに、女神の耳に届いたのだ。
「…………ききたい? 探偵さん?」
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