独白と告発

「東村はシャワーのあと部屋に戻らないでそのまま保健室に行ったんだよな?」


「…………」


 朝倉は俯いたまま。


 新城はそっぽを向いている。


「あれも嘘だ。東村の荷物に濡れた大きめのタオルがあった。あれはシャワーで使ったものだと思う。従ってあいつは部屋に戻ってきたんだ」


「…………」


 沈黙を守る朝倉。一体何を隠しているのだろうか。


「新城? 東村は部屋に戻ってきたよな?」


「ああ。もどってきたよ」


 迷いもなく言葉が吐き出される。


 その言葉に敏感に反応したのは朝倉。悲痛な視線を無視するように新城は言葉を続ける。


「直後トイレに行った俺が戻ると……その、朝倉が東村の首を絞めていたんだ」


「…………!」


「俺は必至で説得した。やめろってな。でも奴の鬼みたいな形相についにはビビっちまってよ。何もできなかった。やがて東村がぐったりして、すぐに死んだってわかったよ。こいつにそんなことができるのかと、膝が笑って立ってられなかった。俺を見下しながら奴は、死体を隠すから手伝えって脅迫したんだ」「ちが」


「すぐに死体を掃除用具入れに隠して、東村が保健室にいるかのように偽装工作をすることを計画した。だから、俺もそういう意味じゃあ共犯だ」「ちが」


「ただ俺は断じて東村を殺してはいない。殺したのは朝倉だ」


「ねえ、ちが」


「こんな顔してこいつはとんでもねぇぞ。俺はいつ口封じされるかびくびくしていたんだ」


 新城の独白は既存の朝倉の印象を覆すものだが妙なリアリティをもって場に浸透した。


 あの朝倉が殺人犯? 消極的を絵にかいたような奴が? あり得ない、そんな心の声が聞こえるが相反するもう一つの声がそれを退ける。


 新城の独白が真でも偽でも、朝倉が保健室で東村を見たという嘘をついたことは変わらない。


「……ほんとうなのか朝倉?」と寺坂顧問。「チームメイトを殺したのか? 良きライバルとして切磋琢磨してきた仲じゃないか! それを!」


「せんせい」と新城。「こいつはずっと東村のことを恨んでいた。ポジション争いもありますが、やつと上巣は付き合っていたんですよ」


「!」


 上巣さんがきゅっと口を紡ぐ。


「こいつ、上巣に惚れてたんだ。だから余計憎かった。動機十分だぜ」


「違う! 僕は一人でなんて殺していない!」


 突然、朝倉が声を荒げた。


「確かに僕は嘘をついたけどそれは全部! 新城君の指示だ! 掃除用具入れに死体を隠したのも! 深夜死体をプールに捨てに行ったのも全部! 全部! 全部! 新城君の指示だよっ!」


「お、ついに本性を現したな」と飄々と新城。「気味悪いロックとか聴きすぎなんだよ」


「新城!」と俺。「いくらなんでも言い過ぎだ。お前も容疑者候補だ。口には気を付けろ」


「はあ?」


 眉間に皺が刻まれる。ふつふつと怒りが表情に現れる。


 そしてこちらに腕を伸ばして胸倉を掴んできた。


 奴の顔がすぐ目の前まで迫る。息は荒く目は血走っている。


「お前がとっとと犯人を言わないから俺まで疑われるハメになったんだろうが! この使えねえ探偵気取りがよ! てめえこそ何――」


「やめんか! 二人とも!」


 何故か俺まで注意を受ける羽目になった。顧問二人が仲裁に入って数分後、改めて推理の続きを話すことにする。


「東村が十九時二十分以前に殺されたのは先程話した証拠から導き出されたが」と俺。まだ怒り心頭な新城をよそに続ける。「もう一つの証拠からも推測できる。それがこれだ。


 事実⑱ 東村の痣はうっ血していて、細いものによってつけられた」


 うっ血? という声。これは顧問の方が詳しいだろうから軽く説明するに留める。


「通常、ヒトは生命活動が終わると血流が止まる。うっ血はそんな状況で皮膚の上から圧力がかかってできる痕です。つまり彼の痣は彼の死後、細いものによってつけられた。当該細いものとは――です。


 これは各教室にある掃除用具入れに一本入っています。しかしセッター三人衆の部屋にはこれが無かった。二人に確認を取りましたが、知らないと口を揃えていました。恐らく掃除用具入れに死体を隠し、深夜プールに捨てに行くとき痣に気づいて他の場所に移したのでしょう。


 結論を言うと東村殺害事件、当該事件の犯人は朝倉並びに新城です。この場では主犯、共犯区別はしません。科学分析が困難な以上ここでは決めかねます。従って僕はこれらを『犯人』とし告発します。以上、東村事件の推理を終えます」


 告発を受けてもなお新城は「俺は共犯だけどな!」と言い張っていた。


「…………」


 押し黙った朝倉。きっとこいつのこと、新城に言われるがままだったと思うが。


「はーあ、共犯だっつってんだろ」

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