開演の言葉
「さて……」
時刻は十九時。全員がここ、中央館二階職員室に集まっている。集めたのは俺、伊野神けい。ここに一連の事件の解決劇開演を宣言する。
「伊野神、本当に今回の事件のことがわかったんだな?」
いつも以上に目を鋭くさせた堂場顧問が威圧的な口調で述べる。返事と共にこちらも挑むように頷いた。
「はい。全てわかりました。一つ一つみていくことにしましょう。まずはバレー部セッター三人衆が一人、東村殺害事件から」
メモ帳を開き、続ける。
「死体発見場所は東館南のプール内。首に絞められた痕があることから、死因は恐らく窒息死。あと右上腕部に痣のような痕がありました。これについては後程述べるとして、まずは彼が失踪したと思われる時間帯について整理しましょう」
初日の十九時、東村を除いた生徒全員は一‐一で夕食を食べていた。その直後、朝倉が保健室で休む東村にトンカツ弁当を持って行く。十九時二十分、朝倉が保健室に行くと東村は弁当を平らげていて、割り箸だけが残された弁当箱を回収した。
「その時彼はどんな様子だったんだ?」
そう言ったのは堂場顧問。顧問は朝倉の証言を怪しんでいた。朝倉が嘘をついているのではと疑っているに違いない。
「えっと」と朝倉。相変わらず押しに弱い。「アイシングしてました。他に変わった様子はなかったです」
「…………」
顧問は納得していない表情を浮かべるがとりあえず先へ進むことにする。
「そして夕食後、十九時四十五分に上巣さんが保健室を訪ねると東村はいなかった。つまり東村は朝倉が弁当箱を回収した十九時二十分から上巣さんが訪ねた四十五分の間に保健室から失踪したことになる。ここまでは既に話した通りです」
「つまり東村は十九時二十分以降に何者かに絞殺されたということか?」
深川がまとめるように言う。俺を告発してからすっかり探偵気取りだ。
「…………」
黙っているとさらにたたみかける。
「単刀直入に誰がどこで東村を殺したんだ? 長ったるい説明はなしにしてさ」
「深川」と俺。「俺がいつ東村が十九時二十分以降に殺されたなんて言った?」
「…………」
全員が息を吞んだ。ここから探偵の独壇場だ。誰にも邪魔させない。
「東村は十九時二十分以前に殺されたんだ」
言った瞬間喧騒に包まれる職員室。
「えっ、どういうこと?」と上巣さん。「だって二十分以前って」
「センパイお弁当を食べていた時間ですよね? しかも私たちはみんな同じ教室にいたから……」
みんなの視線は大人三人に集中する。バカを言えと言ったのは寺坂顧問。
「先生が生徒を殺すわけないだろうが!」
「寺坂先生の言う通りだ。それに! 二十分よりも前に殺されたのならば二十分に彼を見たという朝倉の証言がおかしいじゃないか」
堂場顧問の一言で喧騒はピタッと止み、全員の視線は朝倉に向けられる。奴は相変わらず下を向いたまま口を閉ざしている。
「では、それについて説明させてもらいます」
そう言って一つの事実を挙げる。
「事実⑪ 初日の昼において***等……ん?」
おかしい。何だこのメモは? 確か書き直したはずだが……。
「どうした? 探偵さん」
新城が挑発的に言った。
それを軽く流し一呼吸つく。読めない部分をボールペンで消し、今度こそ事実を書く。我ながら達筆だ。もう見間違えない。
「失礼しました。では、改めて事実を述べます。
事実⑪ 初日の昼においてばらん等を個別に捨てた者はいない」
「ばらん?」
「そう、ばらん。具材同士がくっつかないようにするための緑色の葉っぱみたいなやつ」
国枝さんに優しく説明する。弁当に入れる具材と具材を分ける仕切りに使われるものだ。
「それが東村先輩の失踪とどう関係するのですか?」
岡本の疑問に答える形で二つ目のカードを切る。こちらもメモを修正する。
「事実⑩ 保健室にばらん、ソース入れが捨ててあった。
初日の弁当箱を調べた結果、これらは全ての弁当箱に残されていた。食事が終わって空の弁当箱にこれらを残すことはむしろ普通です。そんな当たり前の行為を全員が行っていたことがわかります。
なのに保健室にこれらが個別で捨てられていた。これはつまり、保健室で弁当を食べた人物が捨てたものだと判断できる。岡本、その人物が誰かわかるか?」
「誰かって」と岡本。突然の振りにも自信をもって答える後輩。「保健室で弁当を食べたのは東村先輩以外にいないじゃないですか」
「その通り。つまり、彼は保健室でトンカツ弁当を食べた後ばらん等を個別に捨てたということになる」
「それが何かおかしい……あっ、まさか」
佐々木さんが閃いたようだ。他の人たちの間でもどよめきが広がる。
「そう。保健室でトンカツ弁当を頬張った東村も事実⑪から、ばらん等をそのまま残したはず。それにもかかわらず朝倉が回収してきた弁当箱は割り箸以外きれいに全て平らげられていた」
その時の新城の言葉を思い出す。
『弁当、すげえきれいに食べたなあいつ』
そこにはソース入れもばらんもない、ピカピカの弁当箱があった。
「東村が個別に捨てた可能性も零ではないが事実⑪から考えにくい。よって真実は――。
真実① 保健室に捨ててあったばらん等は犯人の偽装工作。
保健室に彼が存在していたことを示すために犯人が偽装工作をした可能性が高い。そんなことをする理由はただ一つ。
あの日あの時、東村綺羅は保健室にいなかったから。そうまでして彼が生きていることを証明したかった。
つまり彼はあの時間以前に殺されていた。そう推理します」
「ならさ、ばらんだけ捨てないで、弁当箱ごと捨てておいた方が確かな証拠にならないか? 犯人はどうしてばらんだけ捨てて偽装工作をしたんだ?」
深川が反論をぶつけてくる。冷ややか視線はまだ俺のことを疑っている。俺の推理なんて信用できないと言わんばかり。
「確かにお前の意見もわかる。
しかし、あの時犯人は東村が保健室にいると俺たち全員に知らしめたかったから、空の弁当箱を俺たちに見せる必要があった。弁当箱ごと保健室に捨ててしまうと本当にその時間帯に東村が捨てたものなのかわからないだろ。犯人は弁当箱を俺たちに見せて、ばらん等はゴミ箱に捨てることで東村が保健室にいることを示す二重の証拠を残した」
「でもセンパイ、それならどうして弁当箱ごと私たちに見せなかったんですか? その方が事実⑪に反することなく東村センパイの存在証明ができると思いますが?」
「それが、犯人のミスなんだ」
メモ帳を見ながら続ける。
「事実⑪からばらん等を別々にするリスクは犯人もわかっていたと思う。
それでもあえて分けたのは少しでも東村が保健室で過ごしていた証拠を残したかったからだと思うんだ。ベッドは少し乱しておけば使用感は出る。それだけじゃ心もとないから苦肉の策でばらん等を捨てておいたのだと思う。この二重の証拠で東村があたかもあの時間、保健室に存在していたことにするために」
「では」と口を開いたのは堂場顧問。「朝倉が保健室で東村を見たって言ったのは」
「……嘘ということになります」
この言葉を朝倉に言いたくはなかった。
しかし言わなくてはならないのが探偵の非情な責務。
「やはり嘘だったか。朝倉、どういうことか説明しなさい」
「…………」
勝ち誇った堂場顧問の表情。こんな人を蔑むような顧問の表情を初めて見た。必死で私情を殺し朝倉を見る。
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