報告書54「通達、理想と現実の狭間について」
池袋駅ダンジョンから命からがら脱出してからおよそ一月が経過したろうか。あれからライターとカービンことヒナガ少尉とコハレ曹長とは別れ、国防省からの依頼の達成報酬も貰えたが、そもそもあの自衛軍兵士達は民間のスペキュレイターだと偽ってあんな駅ダンジョン奥深くで何をしていたのだろうか。あの任務に関しては謎ばかりだが、誰も答えてくれやしない。
「そういえばセンパイ、"あれ"もう聞きました?」
そんな事を自分のデスクの前でボーッと考えながら納品資源のリストを作成していると、斜め前に座っていたササヤさんが話しかけてきた。
「あれとは?」
「あれったらあれですよ、国防省が今度民間の腕利きスペキュレイターも加えた選抜メンバーで特別チームを作るって話ですよ!」
「そういえばそんな話、ニュースでやってたな」
これまで自衛軍を管轄する国防省にとって俺達スペキュレイターは廃墟荒らし程度に思われており、どちらかというと蔑まされる存在だった。それがこの度まるで手の平を返したかのようにスペキュレイターへの協力要請を行なうというので、巷では自衛軍が駅ダンジョン、ひいては対リソーサー戦争において大規模な作戦活動をするのではと噂されているのだ。と言っても実際のところは国防省に選抜される腕利きスペキュレイターは誰かという下世話な話の方が先行しているが。
「センパイの所にはもうお誘いの連絡は来ましたか?私絶対センパイは先発メンバーに入ると思うんだけどなー♩」
「ありえないって。俺なんて大した強さじゃないしスペキュレイターランクもまだ三級だしな」
「えー!?でも今回はランクに関わらず、能力と実績から選抜するって話だからありえますよー!だってだってセンパイはすごいんですもん!」
「まさかそんな……」
「幻獣種のキメラにドッペルゲンガーにこの間なんか異獣種の大群も蹴散らしたじゃないですかぁ!」
「いやそれ全部俺一人でやった訳じゃないし」
口では謙遜しつつ興味無いフリを装うが、こうもササヤさんに持ち上げられるとその気になって来る。その実、俺も前々からクソみたいな勤め先から転職してから大分頑張ったし成長もしたつもりだから、そろそろご褒美というか社会に認められてもいいんじゃないかな〜なんて思ってたところだし。
「大変大変ビッグニュースよ!」
……あぁまた聞こえてきた。階段を凄まじい勢いで駆け上がってくる音、鼓膜が破れんばかりのやかましい声。最近はこのバイタリティというか元気さが少し羨ましくもなってきた。そしてこれまた壊れんばかりに勢いよく開け放たれる扉。
「みんな聞いて!ビッグニュースよ!」
「今度はなんだ騒々しい。少しは落ち着け」
「これが落ち着いていられる訳ないでしょ!な・ん・と!あの国防省の特別チームのメンバーが我が社から選抜されたんですから!」
「なっ、なにぃ!本当かチサト!」
思わずイスを倒して立ち上がる。ついに……ついにこの日が来たのか!長かった俺の苦労が報われる日が!
「やっぱり!おめでとうございますセンパイ!」
「ありがとう!ありがとうっ!これも一重にみんなのお陰だよ!本当にありがとう!」
差し出されたササヤさんの手を両手で握り、感謝と誇りで一杯の頭を何度も下げる。くっそザマァ見ろBH社め!お前らがパージした男は国防省から選抜されるほどの凄腕に……
「ちょっとちょっと、何言ってるのよ。特別チームに選抜されたのはササヤさんよ」
「……え?」
「わ、私ですかぁ!?」
「え?え?」
「たった今書留郵便で我が社宛に通達が届いたのよ!協力要請、承諾するか拒否するか26日までに返信しろって書いてあるわ」
「でっでででもどうして私なんかが?」
「選抜理由についてはこう書いてあるわね……えぇっと……貴女の類稀なるコードの操作技術はまさに"聖霊使い"と呼ぶに相応しいものであり……お役所が二つ名とは随分と俗っぽいことするわね」
喜ぶ・驚く・混乱するを同時にこなすのに忙しいササヤさんの姿は俺の目には入らなかった。口ではどんなに否定してても俺は俺が選抜されて当然だと、自分はよく頑張った、人に社会に認められた存在だからと、頭の中でその思いは確かに重要な位置を占めていたのだから……
「とにかくおめでとうササヤさん!選抜メンバーなんて我が社始まって以来の大快挙よ!!」
「あっあありがとうございますシャチョー……でも私どうしたいいのか……」
「どうしたもこうしたも決まってるでしょ。まずはお祝いよ!もう今日は勤務なんてお終い、お疲れ様でした!そして肉!とにかく肉食べて景気付けにパッーといくわよ!」
「えっ……あっ、はい!よろしくお願いします!」
チトセの勢いだけの無茶苦茶な提案にもう訳もわからずただ頭を下げるササヤさん。それから格納庫で作業をしているイクノさんに通信で半ば無理矢理に肉と酒の買い出しを頼んでいるチトセを尻目に、俺は事務室を出た。
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