報告書30「現実、それから逃れるにはただ無関心になる他ない事について」

 この零細企業・MM社にも目に見えて分かる良い点が一つある。それはこの社屋……と言う名のボロビルは三階が社員寮となっており、俺もそこに住んでいるから実質通勤時間が0分だと言う事だ。なので勤務開始ギリギリまで寝てても大丈夫なんだが、早めに出勤してデスクでコーヒーを飲むのが俺の毎朝の日課だ。いやはや、毎朝実家から出勤してくるササヤさんは今頃さぞ満員電車で苦労している事だろう。


 何となくつけているテレビに流れるニュースにリソーサー関連が多いのは、この国は目下リソーサーとの戦争状態なのだから当然だと言えるな。お陰で物騒なニュースばかりだが。


 <<続いてのニュースです。先日、千葉駅を中心とした隔離地域内で起きた軍事資源回収企業社員殺傷事件ですが、使用されたBH社の新型機動鎧甲は盗難に遭ったものであり、犯人は同社に恨みを持っていたため、単独で犯行に及んだ旨の供述をしている事が取材により分かりました>>


 え?は?はぁぁ!?


 <<これを受けて、同社は装備の管理を強化する事で、再発防止に努めるとの声明を出しています>>


「そんな訳あるか!まだ製品化もされてない最新鋭の機動鎧甲を盗んだ!?ヘリ型トランスポーターを移動に使っているのにBH社は関与していない!?明らかに無線による指示を受けていたのに単独犯行!?一体何を言ってるんだ!」


 思わず立ち上がりテレビに文句を言うが、まるでこんなのは大したニュースでも無いと言わんばかりに、既に次のニュースに移ってしまった後であった。一体どうなっているんだ!?


「朝からうるさいわねぇ。どうしたのよ?」


 眠そうな目をこすりながら未だ整えてない頭のまま事務所に入ってくるチトセ。そんなのんびりしている場合じゃ無いだろう!


「チトセ!今のBH社のニュース見たか!?」


「ニュースって、前の千葉駅ダンジョンのかしら。知ってるわよ。まぁ。予想の範囲内ってところかしら」


「なっ……!?予想の範囲内って、現に人が死んでるのに事実が隠蔽され、事件の張本人がさも被害者のように振る舞うこれが予想の範囲内って言うのか!?」


 報道に憤る俺とは対照的に、冷静を通り越して無関心とさえ思えるチトセ。どうしてそんな風にしていられるのか、全く理解ができない。


「そうよ。あんた知らないの?BH社がどうやって今の業界1位の座に上り詰めたか」


「……どうやってだよ」


「なんだ、やっぱり知らないの。対リソーサーの利権やら指揮権やらを、自衛軍を管轄する国防省とスペキュレイターやS.O.U.R.CEを管轄する特殊資源管理庁、略して資源庁が争ってるのは知ってるわよね?」


「あっ、あぁ。聞いた事はあるが」


「その資源庁と政治家や官僚を通して裏金天下り接待賄賂となりふり構わずべったり癒着する事でBH社は今の地位を手に入れたのよ。管轄元とズブズブなんだから、不祥事の一つや二つ、もみ消された所で驚きは無いわ。まぁ、これまでもみ消された不祥事は一つや二つどころじゃないんだけど」


「嘘だろ……」


「本当よ。だから資源庁直属の隔離地域内を担当する即応部隊なんて装備の90%をBH社が納入してるし、任務の斡旋情報や資源の価格情報も真っ先に知らされているらしいわ。その代わり有形無形の巨額の賄賂が資源庁に流れてるらしいけど」


「そこまで知っていて、チトセはどうしてそんなに平気でいられるんだ!?これじゃあこの世界に正義なんて無いじゃないか!」


「正義って、何青臭い事言ってるの。そんなのはなっからある訳ないじゃない。大事なのは、稼いで、力を付けて、生きる事なのよ」


 なんてこった……あんなに憧れていたスペキュレイターの世界がこんなに真っ黒に汚れきった世界だったなんて。壁の一部に汚れがあれば目立つが、その壁全てが汚れていたら、むしろ誰も気にしない。チトセの冷静さ……いや、無関心さもそう考えれば納得がいく……いやいかないか。理解はできる……その内……いつかは……


「おはようございます……あの、先輩どうしかしたんですか?」


 丁度出勤してきたササヤさんが、デスクに力無く項垂れる俺を見てチトセに小声で尋ねる声が耳に流れてくるが、もう反応する気力も無い。


「なんでもないわ。世間知らずのお上りさんが、現実の一端を知っただけだから。何か食べればすぐ元気になるでしょ」


「そうですか……それなら私、クッキーを焼いてきたんですが食べますか?」


「あら美味しそう!S.O.U.R.CEからまた新しい任務が斡旋されてきたから、出発前の10時のおやつタイムといきましょう!」


 キャッキャと楽しそうな女性2人の黄色い声が耳元に入ってくるが、今の俺はもう何らやる気も出ず、ただただ項垂れるだけだった。





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