報告書3「ゴリアテ、人道的に誤った判断について」
班員が装備の確認をしている間、俺は北のりかえ口を物陰から覗き込んでみた。改札の向こうで見えたのは、巨人のような姿をした大型のリソーサー・ゴリアテが1人の同業者を追いかけ回している場面だった。その巨人の大きな腕が地面に叩きつけられる度に大きな振動と轟音が響き渡る。
「班長、このままじゃあの同業者、やられてしまいます!助けに行かないと!」
「お前は話を聞いてたのか?伝説種ゴリアテは正面からじゃ一般的なスペキュレイター10人でもようやく倒せるかどうかの相手だ。だからあの不運な同業者がやられた隙に背後から攻撃を仕掛けるんだよ。これが俺たちBH社のやり方だ」
「いや、しかし……」
「ここは駅ダンジョン、業務上災害は日常茶飯事で、自衛軍もここまでは来やしない。何も知らない新入りは黙って俺の言うこと聞いとけ」
班長の言葉を聞き、ぐっと手を握りしめる。他者を平気で蹴落とし、自分達の利益追求だけを考える……俺が今まで目指していたこの業界、スペキュレイターの実状がこんなものだったなんて……
その時一際大きな振動と、壁が崩れる音が響き渡った。見るとゴリアテに吹き飛ばされた同業者が壁に激突、もはややられる寸前だ。
「くっ……!」
目の前で、リソーサーにより命が失われる。
もういてもたってもいられなかった。気が付いた時には、腰に差していた5式制刀丁型を鞘から抜くと同時に起動、背後から聞こえる班長の制止する声にも耳を貸さず、改札機を乗り越えゴリアテに向かって駆け出していた。
甲高い音を立てながら、高周波振動を開始する刀身。渾身の一撃をゴリアテの背中に思い切り叩き込むと、ゴリアテは生物的な鳴き声にギアが軋むような音が混じったような、独特の咆哮をあげた。ゆっくりとこちらに向き直るあたり、どうやら致命傷にはならなかったようだ。
「そこのあんた、聞こえるか!さっさと退避するんだ!」
こちらに攻撃対象を移したゴリアテから一旦距離を取り、その背後にいる同業者に声を掛ける。
「……!」
どうやら俺の言葉は届いたらしく、その同業者は走り去って行った。機動鎧甲もボロボロな辺り本当に危ない所だったようだが、顔が一瞬見えた。なんと女性、それも相当な美人だった。
「さて……問題はここからだな」
刀を正眼に構え、ゴリアテの真正面から向き合う。相手は巨体で馬鹿力だが、その分小回りは効かないはず。死角に回り込めれば勝機はある。
焦るな、訓練を思い出せ。
そう自分に言い聞かせつつ、ジリジリと横に動きながら間合いを測るが、そんな事はお構い無しにとゴリアテが巨大な右腕を叩きつけてくる。何とか左に跳んで避ける事ができた、後はこのまま背後に回り込んで攻撃すれば……
「ぐっ!」
と思い、移動しようとした瞬間、地面に叩きつけた腕をそのまま振り回す、丁度裏拳のような攻撃を受けた。まさかデカい図体でこんな素早い動きができるなんて。
「ガハッ!」
避ける事もできずに直撃、そのまま吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。倒れ込むと同時に気管に違和感を感じ、激しく咳き込むと、血が吐き出された。機動鎧甲の応急措置機能が働き、すぐに幾分痛みは和らいだが、それでもまだ痛い。機動鎧甲自体も耐久値が低下している事を示すアラートが鳴っている。たった一撃でこれとは、なんて馬鹿力だ。
なんとか立ち上がり構えるが、もう立つのに精一杯だ。息が荒くなり、汗が流れ落ちるのが感じられる。心臓の鼓動まで聞こえてくるようだ。死への恐怖の中だからか、止めを刺そうとこちらに向かってくるゴリアテの一歩一歩が、妙に大きく見えた。
「伏せて!」
どこからか声が聞こえたと思った次の瞬間、目の前に強烈な閃光と爆音が走り、意識が飛んだ。頭の中も視界も、とにかく何もかもが真っ白になったのだ。
………
……
…
次の瞬間、意識が戻った時には何か重量物が落ちた音に、ゴリアテの悲鳴にも似たあの独特な咆哮があたり一面に鳴り響いていた。この手に残る感触……これは……
「何かを斬った……?あぐっ!」
脇腹に感じられる強烈な痛みに気付き膝をついてしまう。なんとか顔を上げゴリアテを見ると、何故か片腕が無く、逃げるように中央のりかえ口方面に姿を消していった。
そこに班長を先頭に班員が駆け寄って来た。また怒られるのか。まっ仕方ない、勝手な事をして、おまけに重傷を負っちまったんだ。
「なんで奴だ……単身であのゴリアテを退けちまうとは」
「あっ、はい、すみません……え?」
「とぼけるな新入り。閃光手榴弾でゴリアテが怯んだ隙に、ああして腕を斬り落としたんだろうが」
班長が示す方を見ると、確かにそこにはあのゴリアテの巨大な碗が転がっていた。俺が斬ったのか?あれを……?正直自分でも信じられない。
「だがな、上手く行ったからといって調子に乗るなよ新入り。お前が俺の命令に逆らったのは事実なんだからな」
「しかし、他社のスペキュレイターとは言え、救援信号を確認しているのに見捨てるなんて」
「なんだと?お前まだ俺に逆らうのか?」
「あっ、いえ、そういう訳では……」
鋭い目付きを向ける班長相手に、俺は黙るしかなかった。隣にいたヒシカリも、やれやれと言う顔でゴリアテの腕の解体に掛かるのだった。せめてヒシカリだけは俺が正しいと言ってくれると思ってたんだけどな……
「班長!こいつの外殻の資源、リストにありません!未発見金属です!」
「なにぃ!?本当か!見せろ!」
ゴリアテの腕を解体していたヒシカリの報告を聞き、嬉々として駆け寄る班長。スキャナーの画面を確認したその顔に、不気味な笑みが浮かんだ。
「これだけでもかなりの儲けだが、もしメンバーが1人、命令を無視してリソーサーと戦闘、命を落としていたら尚更だよな、新入り」
その言葉の意味を、俺は直ぐには理解できなかった。
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