たった一つのお願い

 マンションのベランダに置かれたプランターで、ママさんが育てていたチューリップが咲いた。

 開いたつぼみから出てきたのは、ツヤツヤとした赤色。5本もある。


「かわいい」


 のんびり屋のユキが前足でツンツンしながら言い、ぼくは去年の夏にヒマワリを見に行った話をした。

 大きさは全然違うけど、ゆらゆらと風に揺れる動きが似ていると思った。


「今年はユキも一緒に行けるといいな」

「うん」


 ぼくたちはしばらくチューリップを眺めたり、その揺れを真似っこしたりした。


 ◇◇◇


 ユキは昔、長田おさだ家の本家の近所で飼われている白ネコだった。


 人間が好きで、ネコ以外の動物たちとも仲が良くて、穏やかな性格をしていた。だからぼくとも気が合ったんだと思う。

 そんなユキは田舎の小さな神社に毎日お参りをしていたらしい。


「神さまにお願いしてた。『ナオとずっと居られますように』って」


 ユキと再会した時にその話を聞いて、ぼくはビックリした。

 だってユキが何かを欲しがったりするところなんて、一度も見た覚えがなかったんだ。


 あれが美味おいしかったとか、あの景色がキレイで好きだとか、いつもそんな話をするネコだった。

 すると、ユキはくすくすと笑った。


「『他のことはお願いしません』って、神さまに約束してたから」

「『願掛がんかけ』ってこと?」

「そう」


 ユキは本当に誰にでも優しいネコだった。

 だから、そのたった一つのお願いを土地神さまが聞いてくれて、生まれ変わることが出来たらしい。


「すごく時間がかかっちゃったけど、これからはずっと一緒」


 待たせてごめん、の呟きに目の奥がつんとした。

 その響きに、ユキもぼくと同じ時間を生きるネコになったんだと分かったから。


「夢じゃないんだね」


 返事の代わりにユキはペロペロとぼくの顔を舐めた。まるで、こぼれてもいない涙を拭うみたいに。


 ◇◇◇


 日を追うごとに空気は温かさと柔らかさを増している。

 そのことをチューリップが全身で教えてくれている気がした。


「こうしてナオと過ごせるのも、神さまのおかげだね」

「感謝しなくちゃ」


 すると、ユキが「じゃあ、今度そこの神社に行こう」とぼくを誘った。

 あれ、でも違う神さまだよね? 首を傾げたら、神さまはみんな知り合い同士なんだと教えてくれた。


「近所に住んでるネコと一緒。神さまも集会するんだよ」

「そっか」


 じゃあ行こう。

 行って、「ありがとう」をたくさん伝えなくちゃね。

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