最終部 春のおはなし

新しい家族

 ぼくはナオ。

 とある町のマンションに住む、ちょっと普通じゃない小さな黒ネコだ。

 一緒に暮らしている家族は長い間4人だったのだけど、つい先日、変化があった。


「はい、どうぞ」


 ママさんが言って、リビングにごはんと新しい水を出してくれる。

 カリカリ音を立てて食べるぼくの横には、同じくらいの大きさの白ネコが並んで、はむはむとごはんを食べていた。


「おいしい?」


 柔らかく聞いてくる声に、揃って『にゃ~』と返事をする。もちろんおいしいし、あとでおやつに煮干しをくれたらもっと嬉しいかな。


 これはそんな優しい人たちと二匹のネコの、春のおはなし。


 ◇◇◇


「ニャー」

「おっ、また新しい猫を見付けてきたのか?」


 青い瞳の真っ白なネコを連れて帰ってきた時、Tシャツ姿のタカヤは玄関で言った。

 これまでも幾度いくどとなく捨て猫を拾ってきていたし、白ネコが小さかったからでもあるだろうね。

 白ネコはもう一度「ニャー」と鳴いて、タカヤの足にスリスリする。


「随分と人なつっこいなぁ」


 タカヤはネコを軽々と抱き上げて、体に汚れや傷がないかくまなくチェックした。

 その間に他の家族も集まってきて、「かわいい」とわるわる撫でる。


 白ネコはちっとも嫌がらずに受け入れ、全員が挨拶のスキンシップを終える頃には、「何かが違う」と感じたようだった。


「この子、人にすごく慣れてるし、真っ白でキレイね」

「あぁ、初めての場所なのに緊張もしてないしなぁ」


 夫婦は言い合う。

 秋にリンを保護したばかりだったから、その差がよりハッキリ分かったんだろうな。


「ニャー」

「にゃあ」


 白ネコはぼくの隣に戻ってきて体をすり寄せ、シッポをぼくのシッポに絡ませる。

 それでようやく一家は理解したみたいだった。

 この子がぼくにとって、家族のみんなと同じくらい大事なネコなんだってことが。



 「不思議」に慣れっこのタカヤたちは、どこの子かも知れない白ネコをあっさりと受け入れてくれた。

 それもリンみたいな「保護ネコ」ではなくて、「家族の一員」としてだ。


「じゃあ名前を決めないと!」

「今度は何が良いかなぁ?」


 姉弟はぼくと白ネコを撫でたりつついたりしながらワクワク顔で言ったけど、タカヤとママさんは「うーん」と首をひねる。


「こんなに仲が良さそうなんだもの。もう名前はあるんじゃない?」

「にゃあ」

「やっぱり。よし、こういう時は『あれ』の出番だな」


 タカヤはリビングの本棚からA4サイズの厚紙を取り出して、ぼくの前に置いた。

 そこには「あいうえお」と平仮名が一通り書かれてある。どうしても伝えたいことが出来た時のために作ってくれたものだ。


「にゃ、にゃ」


 白ネコの名前はもちろんある。

 ぼくはポンポンと二つの文字を前足で叩いてみんなに教えた。


「ゆ……き。ユキか、白い体にピッタリだな」

「新しい首輪がいるわね。他にも色々必要だし……明日は買い出しにいかなくちゃ。ね、ユキ?」


 昔と変わらない名前を呼ばれ、あごの下をくすぐられたユキはゴロゴロとノドを鳴らした。

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