第3部 秋のおはなし

涼しい風

 ぼくはナオ。

 とある町のとあるマンションで、四人家族の長田おさだ一家に飼われている黒ネコだ。


 見た目だけなら、まだ大人になりきれていない仔猫だと思うんじゃないかな?

 だけど、本当はもう子どもじゃない。

 何代にもわたって長田家で飼われ続けてきた、ちょっと普通じゃないネコなのだ。


 これは、そんなぼくと家族の秋のおはなし。


 ◇◇◇


 まだまだ昼間は暑いけど、朝晩はだんだんと落ち着けるようになってきた。


 ぼくは最近、夜だけではなくて、早朝にも散歩に出るようになった。

 この時間帯にしかない澄んだ空気と、じょじょに移り変わっていく空の色が好きだからだ。


 毎年のことだから家族も良く承知していて、寝ぼけまなこで玄関ドアを開けてくれる。大抵は早起きのママさんか、部活で朝が早いルカだね。

 でもその日は違っていて、ショータが目をこすりながら起きてきて言った。


「ナオ、今日も朝の散歩いくの? 一緒に行っていい?」

「にゃあ」

「待ってて、着替えてくるから……わっ!」


 あぁ、転んだ。

 そんなに慌てなくても置いていかないよ。



「んんー、気持ちいいね」


 Tシャツに長ズボン姿のショータが大きく伸びをする。ぼくはそれを塀の上から見下ろしながら歩く。

 これがぼく達のいつもの散歩スタイルだ。


 決まりごとといえば、連絡先が書かれた首輪を付けられることだけ。迷子になんてならないけど、ノラネコと間違われると困ったことになるからね。


「誰もいないね」


 まだ夜も明けきらない時間だから、家の中からは生活の音がするけど、まだ外に出ようって人は少ない。


 時々すれちがうのはランニングをする人か、新聞の配達屋さんか、あとはせいぜい犬の散歩をする人くらいだ。

 それも本当にたまのことで、基本的にはふたりっきりだ。


 ……うん、まだ太陽の熱にさらされてない風が気持ちいいね。


 もう少しすれば葉っぱが赤や黄色に色づきはじめて、遠くに見える山も一気ににぎやかになるだろうな。

 その頃には昼間でも出歩けるようになるし、今から楽しみだ。


 そう思いながら目をやると、その山々の間から黄色みがかった光がのぼるところだった。


「わーっ、きれー! ……っとと」


 思わず感嘆の声を出したショータが、まだ早朝であることに気付いて口を手でおさえる。

 それから「えへへ」と、照れ臭そうにぼくに笑いかけた。

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