第10話 風穴
―― 異世界で初めての朝
空き部屋に、日差しが差し込み鳥のさえずりが聞こえる。だんだん頭がはっきりしてくる。何かを焼いた匂いがする。
ゼスが食事をつくっているのか? 起き上がろうと上半身を起こすし、何かが横に寝ていた。
真っ白い透き通る肌、着物は身に付けていない。静かな寝息をたて俺の方を向いて横になっていた。何時の間に布団に入ってきたのか…
そんな、あられもない姿を目にしも何故か邪な気持にならなかった。
姉… 母… 何か、家族的な思いの方が強いのかもしれない。
「風音… 風音」
俺は、風音の肩に手を添えて揺さぶり起こす。
「ん… なんじゃ もう朝か… 」
うっすらと目を開ける。
「風音、着物どうしたんだよ? あっちの部屋に置いてきたのか? 」
風音は、上半身を起こし部屋の中を見回した。
「んー なんでじゃろうな… よく覚えておらん ん? 」
花をクンクン鳴らして起き上がる。食事の匂いを嗅ぎ付けたらしい。
「とりあえず、服着なよ」
「なんじゃ 恥ずかしいのか? ん? 」
服を着るように促すが、おチャラけてニンマリする。
「そんな訳ないだろう これっぽっちも思わないよ」
俺は涼しい顔で答えると、ちょっと残念そうに肩に手を翳す。すると、黒い着物が風音の身体を包みはじめた。
そうだった… 風音は能力で無くなった袖を再生していたのを思いだした。
「着物も能力で出し入れみたいな事できるんだ? 」
風音の着物は、黒を基調とした衽の部分は刺繍で花柄があしらわれ、帯は橙色、赤い帯締めといった装ういであった。
「そうじゃ その日の気分で変えたりできるのじゃが 歩き回ったりするのでこっちにしてみた」
「うん それも似合うよ」
「そうか! 」
風音はニコリと笑った。やはり、褒めてもらうと嬉しいのだろうか、風音は判りやすい。
俺達は部屋を出てゼスに声をかける。
昨夜の客間に行くと、サラダや肉が用意されている。物音に気が付いたゼスが玄関脇の台所から客間に顔を出した。
「おはよう 寝れたかい? もう少しで米が炊けるから待ってくれ」
「おはようございます」
「おはようゼス 中々、美味いのう 野菜の和え物」
風音はサラダをつまみ食いしながら挨拶をする。
「1人暮らしは今年で4年になる それぐらいはお手の物さ」
「旅の間、飯係はゼスで決まりじゃのう」
「ああ かまわんよ 今日の予定はどうする? かざねさん」
ゼスは、椅子に腰掛け風音に予定を聞いた。
「朝飯を食べたらイノシシがいる林じゃな そこで託也とゼスがどれだけ出来るか見させてもらうかのう その結果次第で出発時期も決まるでのう」
「マジで修行するの? 」
「当たり前じゃ わしがいると思っておんぶに抱っこでは話にならん」
確かにそうだろうけど… 出来れば戦闘とかしたくないんだよなあ… 昨日の剣獣殺やSランク冒険者とか武器持ってるし… そうなった場合、って風音の気持ちも判らないでもない。風音が、いない場面で剣獣殺とやりあっていたら確実に死んでいたのだから… 。
俺達は、朝食を済ませイノシシが生息する林へ向かう。林の中をズンズン進む風音。数本の太い木が生えている場所で足が止まった。
「ここらでよいかのう… 託也、この木に全力のデコピンをしてみろ」
風音が、1本の木を指差し全力のデコピンを要求した。俺は言われるがままに人差し指を丸め全力のデコピンを放った。
ボシュ
太い木の、皮が剥け中が少し抉り取られた。それを見ていたゼスが驚いた様子で質問する。
「なんだそれは!? たくやくんは、何をしたんだ… 」
風音は無視して
「駄目じゃな… 全然、力が伝わっておらん デコピンの指を増やせ 中指と人差し指にして集中しろ はじめは掌に力を溜めて一気に放出するイメージじゃ! 」
言われた通り、時間をかけもっと大きく抉れるイメージで2本指のデコピンを放った。
ボシュ!!
先程のデコピンより鋭い音がした。木の皮が広く捲れ、深く抉られていた。打ち終わった掌に熱を感じ、見て見るとモヤモヤとした物が見える。
「風音! 手に何か見えるんだけど!? 何だこれは… 」
風音は不思議そうに答えた。
「何じゃ 託也は今まで見えて無かったのか? それは"風穴"と呼ぶ わしの術じゃ とりあえず威力は合格じゃ 次は、今の威力を保ちもっと早く撃てるように修行じゃ 続けろ」
そう言うと、風音はゼスを呼ぶ。俺は続けて風穴の訓練を継続した。
「ゼス お前は何が出来る? 」
「あ… 俺は策敵、範囲は狭いが感知系スキルと回復スキルだよ。中ポーション程度の回復が連続で10回程度で魔力は無くなる」
「中ポーションとは何じゃ? 」
「回復薬さ 浅い切り傷や撃ち身を瞬時に治せる。大ポーションで身体に突き刺さった止血までは治せるが、俺の回復スキルではそこまで出来ない」
「そうか… そのスキルはゼス自身にも使えるのか? 」
「ああ 自身に回復スキルは有効だ」
「なら、回復スキルは、ゼス自身に使うようにしろ わしらには不要じゃ」
「え!? ポーション携帯しながら戦うって事か? 」
風音は、ゼスの腰に手を伸ばし小型ナイフで自分の掌を薄く傷つけた。驚くゼスは止血しようと腰のバックから手拭いを取り出し風音の手に巻きつけようとした。
この瞬間、更にゼスが驚愕する。すでに血が止まっていたのだ。
「これは… スキルなのか? 」
「うーん 似たようなものじゃが 体質といった方が近いのう 」
風音は、ゼスの取り出した手拭いで自身の血を拭い取ると、何事もなかったように質問をする。
「戦闘系のスキルはあるのか? 」
「いや… それは無い」
「じゃあ 感知スキルじゃな 範囲はどれくらいじゃ? 」
「20mが限界かな」
「ゼス 目を瞑り10秒したら、わしがどこにいるか答えろ」
「わっ わかった! 」
ゼスは、慌てて目を瞑り10秒数える。風音はゼスが目を瞑ったと同時に、足音も立てずに移動した。
10秒経つと、ゼスは風音の方向を指差し距離と高を答えた。
「距離17m 高さ8mだな 木の枝の上にいる」
「ほほう 感知出来てるのう」
物音ひとつ立てずに移動した風音に、ズバリ言い当てたゼスに風音もご機嫌である。
「よし 次いくぞ」
「了解」
…
10秒立つがゼスは答えられないでいた。
「う… 駄目だ かざねさん 気配を消されたら感知不能だ… 」
「ふむ やはり気配を消すと無理か」
風音も予想はしていたようだ。
「わしの感知も だいたい、10m範囲でないと気配を消した者の探知は無理じゃ じゃが、だいたい判った 狭いところの感知は任せるぞ」
「了解だ ところで、かざねさんも感知系あるのかい? 」
「わしのは広いぞ 旅での馬車移動中は、わしがやるから安心せい」
「かざねさんは万能すぎるな… 」
ゼスのテストが終了したのか、俺の後ろに回り風穴の様子を伺う風音。すでに、木の中心には大きく抉られ穴が出きていた。威力を維持したまま徐々にではあるが素早く撃ち込めるようになっている。
「よし 託也、次の段階に入るぞ 風穴の訓練は、出発の日まで毎日ここでやる事 わかったな? 右手だけじゃなく左手でも同じようにな」
「うん わかったよ」
ちょっとしたアドバイスを受け、風穴が強くなったのを実感出来た。だが、実戦経験は無いので戦闘で使えるかどうは別問題だ。
次の段階に入ると言った風音は、隣の木に手をそっと添える。
ドンッ!!
衝撃が伝わり、周りの木々が揺れるのを感じた俺とゼスは目を丸くし、その光景を目にした。
ギィギィィィィィィィ ズドーーーン!!
一本の木が、へし折れたのだ。
「託也 次はこれじゃ これが出来たら出発じゃ!」
マジか… こんなの出来るのか本当に!?
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