第03話 風音


 どうして… どうしてこうなった!? 


 緊張のあまり動けない俺の横には、巨大な白蛇の頭に座り煙管キセルを噛み一線のけむを吐く少女の姿があった…

 少女の名は風音かざね。数時間前、出会ったばかりの十歳前後の幼き少女。その幼き少女の視線の先には、剣を握り締めた筋肉質の大男が悲痛の叫びを上げながらのた打ち回る。両足は切断され血飛沫をあげていた。そのかたわらで、片腕を千切られ恐怖におののく女が立ち尽くす。

 辺りは血の海…


 風音はくわえていた煙管を握り、口から離すと片腕を千切られた女に冷たい視線で言い放つ。


 「おい… まだやるか? 」


 完全なる戦意喪失… 女は、ゆっくりと脂汗をかいた顔を横に振る以外、何も出来ないでいた。


 風音の圧倒的威圧。

 とてもじゃないが幼き少女に出来る芸当ではない。幾千幾万と修羅場を潜ってきた者のみに許された傲慢な振る舞い… 


 「なら命までは取らん 助けを呼ぶなりして消えるがいい」


 そう言うと白蛇の頭から飛び降りる風音。はて? どうしたのじゃ? と、言わんばかりに、にやけながら俺の顔色を伺う。


 ―― 数時間前


 一ヶ月ほど悩んだ末に、もし逢えたなら知っている事を聞きたいと想い、養父・源一郎の葬儀を終えた俺は、書き残された地図を頼りに風穴堂近くの祠を訪れていた。

 親父の話では、この祠の中に自分が捨てられていたはず… そっと、扉を開けると後ろから声がした。


 「おおきくなったのう… 託也 丈夫に育ててもらったようじゃ… 」


 とっさに振り向くと、大粒の涙を流した少女がそこにいた。親父の言う通り、齢十歳前後、真っ白い着物に赤い簪… 話に聞いていた“かざね〟だった。


 「かざね? 」

 

 俺は、本人か確かめるために名前を聞いてみた。


 「うむ… 風鈴の風と音色の音と書く… 風音じゃ」


 そう言われた俺はひざまづくと風音を抱き寄せた… 何故だか、そうしないといけない気がしたのだ。救われた命… 託された想いを、素直に感謝したかったから…


 ▽▽▽


 大きく息を吐き、一呼吸おいた俺は風音に、源一郎が病気で亡くなった事と、十五年前の出来事の話を聞いた事を伝えた。


 「そうか 十五年前の話を聞いたか… 源一郎の死… それは、わしの依代よりしろから聞いて知っておった… 」


 風音は寂しそうにうつむいた。


 「依代? 」


 「うむ 施設や道場の床下で様子見させておったのじゃ 託也がここに向かっているのも伝えてきた ほれ、そこにおるじゃろ」


 風音がそう言うと、生い茂った草むらから小さな白蛇が出てきた。


 「ご苦労じゃったの」


 風音がその場でしゃがみ込み、地面に手を差し伸べると手を伝い着物の袖の中へ消えてしまった。


 「それで何を知りたいのじゃ… 」


 半分、諦め顔で質問に答えてくれる様子だ。すでに依代を通して訪問の目的は知っているのだろう。


 「まずは… 俺が誰に捨てられたのか知りたい」


 風音は、じっと俺の目を見て答えた。


 「知らん」


 「えっ!? 知らんて… 親父を呼んだのは風音なんだろ? 知らないってどういうこ… 」


 「知らないものは知らん 出かけて戻ってきたら祠に捨てられておった ただ、それだけの話じゃ」

 

 (知らなくても良い事は世の中に五万とある… 不倫の挙句に自宅で産み落とし、今にも死にそうじゃったお前を… お前の母親は、ここに捨てたのじゃ… )


 俺の問い掛けをさえぎり、風音はプイっとそっぽを向く。上手く話を濁された感じはしたが、まあ良いだろう。いまさら名乗り出て自分があなたの子供ですと主張したい訳でもない。


 「じゃあ次の質問いいか? 風音… どうして歳をとらない? 風音はどういう存在なんだ? 」


 「むう… 」


 「親父から聞いている 子供の時からまったく姿が変わらないと… 何か俺の力と関係があるのだろうか? 」


 「託也が力の事で悩んでいたのは知っている そうじゃのう… あの日、祠に捨てられたお前は死に掛けておった… だが、せっかく生まれた命じゃ、ややこのお前に罪は無い… わしはお前に命を吹き込んだ、わしの血を飲ませたのじゃ」


 「血を!? 」


 「わしは不老不死の身 何百年も生きる、あやかしじゃ と、言いたいところだが少し違うのう 元々はこの辺で祀られていた蛇神であったのだが悪さをする鬼を喰らった時から不老不死となってしまった… 本来なら信仰も薄れた現在では神とて消滅するものだが…  それと力の事じゃが 血を与えた事で全てではないが、わしの能力をいくつか継承したようじゃな 少し気を付けていれば、普通に生きていて困るものでもないじゃろう 」


 話を聞いた俺の頭は真っ白になっていた。 


 血…

 不老不死…

 蛇神…

 鬼…

 能力の継承…


 今すぐに理解出来なくても真実を受け入れなければならない。どんなに時間がかかろうとも… 俺自身の中で摩訶不思議な現象を実体験しているのだから。


 ここで悩んでいてもしょうがない。気分を取り直し、前向きに生きて行く事を決めた俺はその場から立ち上がり祠を観察する。


 「しかし随分と古い祠なんだな この状態でよく崩れないな」


 祠の後ろに回ろうとした瞬間、風音が大きな声を上げた。


 「駄目じゃ!! 後ろに立つでない! 吸い込まれるぞ!! 」


 祠は五本の支柱に支えられ、土台にいくつもの岩が積まれていた。その岩の土台に一ヵ所、片足が入るか入らないくらいの小さな空洞があった。


 ズズズズッ


 あっという間の出来事だった。すでに下半身が空洞に飲み込まれ這い上がろうとしても抵抗できない状態だった。


 「あわわわっ!? 何だこれ!? 」


 頭も飲み込まれ岩にしがみついた手も飲み込まれる瞬間


 「クッ! 言わんこっちゃない」


 とっさに風音が俺の手を握る感触があったと同時に、全てが空洞へ飲み込まれた。暗闇の中で真っ逆さまに落ちる感覚…


 「ん… ん!? ど… どこだここは!? 」


 どうやら気を失っていたらしい。身体を起こし周りを見渡す。


 「別世界に飛ばされたらしいのう… 」


 目を細め、遠くを眺める風音の姿があった。



 「別世界!? 風音!? 一緒に飛ばされちゃったのか? 」


 「そうじゃ! お前さんのおかげで、いい迷惑じゃ! 」


 怒っているみたいだが怖くはない、逆にかわいかったりする。


 「ごめんな… 俺のせいで」


 「ま まぁよい… 吸い込まれたせいか空洞も塞がってしまったらしい 逆にこれからは空洞を気にせず歩き回れるからのう」


 「そうなのか? 」


 「うむ あの空洞は“時空の歪み〟じゃ 普段は大丈夫じゃが力を持つ者が空洞の側によると今回のようにどこかへ吸い込まれて行くのでのう… まあ、極稀な蛇神としての仕事じゃな」


 「そうだったのか… ごめん」


 「よい! そんな顔するでない 兎に角、近くに“時空の歪み〟があれば帰れるかもしれぬ どうやら近くに町があるようじゃ、町に向かうぞ」


 「わかった」


 俺と風音の二人は“時空の歪み〟を抜け、別世界に辿り着いたのだった…

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