第1章 堕落した少年のギルド運営

第2話 少年の過去

「さあ、剣の手解きをしてやるよっ!!」


 長身で金色の長髪を風に揺らしながら、見るからに高そうな貴族服を着た青年が、僕に話しかける。

 自身の足元を見ると、先ほどこの青年が投げ渡した、一本の豪華な装飾が施された160cmはあろう大剣が横たわっている。


 ーーこの剣を拾うか拾わないかで、僕の運命は大きく変わるだろう……。


 ただ、自分の身の丈以上ある大剣を、この少年が扱うにはあまりにも長くて重い。10歳になったばかりの少年には分不相当である逸品であり、持ち上げることさえ容易ではない。


 青年は、その事を知らないのだろうか?


 といえば、もちろん嘘であると言える。


 何故なら、この青年は終始、口元を僅かに吊り上げ笑っているからだ。この男は、いかに僕をいたぶろうか、今この瞬間も考えているのだろう。


 醜悪な笑みを浮かべて、こちらの様子を伺っている青年は、自分の兄である。


 兄と言っても母親の違う、言わば腹違いの義兄だ。

 ヴァリストン公爵家の次男であり、今年21歳になる青年は《剣の紋章》を持ち、皇国騎士団の騎士という職業に就いている。

 巷では、次期団長候補と呼び声まであるらしい。


 言うなれば、剣の才を持つ『エリート』様だ。


 僕はというと、この家の七男坊で、今日ようやく10歳の誕生日を迎えた。この兄とは11歳も歳が離れており、大人と子どもとの差が現時点ではある。

 ましてや、僕は剣の鍛錬をしてきてもいない素人だ。


 兄は剣の手解きとは名ばかりの、制裁を行おうとしている。



 では、《紋章》とは何だろうか?


 《紋章》とは、神の恩恵を授かったヒトの全てに与えられる印であり、武器・職業・属性など様々な紋章が、数多くこの世界には存在する。


 その神なる恩恵を身体の一部に刻まれたヒトは、神の代行者としての地位を獲得する。

 さらに、一般的な枠組みに括られる紋章以外の、珍しいレアな紋章を持つものは、尊いヒト【アッパー】や【ランカー】と呼ばれ、普通のヒトよりランクが上に扱われ下を見下す。


 中でも神話級や伝説級と言った、更に特殊な《紋章》を宿すものもいるが、そういったヒトは【トップ】と区分され、稀であることは言うまでもない。


 しかし、紋章が全てではない。ヒトは自由に職業を選択できるし、武器や魔法などの習得にも制限は存在しない。


 例えば《商人の紋章》を持って生まれてきたとしたら、商人になるとそれに見合った才覚や個人の特別なスキルを得やすいというだけで、結局はその人物の才能によるところが大きいのだ。

 ただし、紋章を手にしている時点で、他者より恵まれるのは間違い無いであろう。


 だからと言って、その人物は商人という職業に、就かなければならないわけじゃない。

 戦士になっても、狩人になっても構わないしやってはいける。


 その辺りは一般人と何ら変わりがないが、神の与えた恩恵を無視してまで違う職業に就くということは、神の決定に異を唱える行為であると捉えられる為、あまり良い印象を周りに持たれる事はない。


 そういった変わり者は、人々から【ダウナー】と呼ばれ、蔑まれることになる。


 もう一つは、最も多くのものがここに分類されるであろうが、紋章は持っているが意味を持たない紋章。

 つまり《能無》の紋章を持つ人たちのことを、一般人【ノービス】と呼称され、その名の通り力の無い劣るものと考えられている。


 前者は後天的に、後者は先天的に、高位の紋章を持つ人種から疎まれている。


 あと余談ではあるが、異種族には紋章すら現れる事はない。


 この世界にはエルフやドワーフ、獣人や魔族なども暮らしている。

 この者たちは、古の大戦で神陣営に味方しなかったものとして、神の恩恵紋章を、神が授けなかったと人種の歴史書には語られている。


 果たして、本当にそうなのだろうか?


 そもそもヒトと呼ばれる人種より、遥かに身体能力が高く魔力保有量も多い彼らに、紋章の加護が必要なものとは思えない。

 が、神に見捨てられた種族という認識で、数に勝る人種は存在自体を蔑んでいる。

 彼らのことをヒトは神に見捨てられた者【レフト】と呼んでいる。


 世界の大半7割以上を占める人種は勢力圏を伸ばし、神の伝承を教えとしている者や国家からは、人という枠組みに入れていない彼らを人道的な扱いをすることは少なく、この世界における異種族差別というものは根深い。


 これがこの世界における人と呼ばれる人種と、異種族の人も踏まえた身分階級制度の簡単な構図である。



「アーナス、その剣は貴様の旅立ちに、私が用意してやった一級品だ。今日限りで家を出るお前への、私からの餞別だ!

 …………全て終われば、有り難く持っていけばいい」


 ヴァリストン家の次男、ハイネル・ヴァリストンは、先ほどと変わらない不気味な笑みを浮かべながらそう言った。


 冬の兆しが濃いのか、辺りの木の葉は色褪せ肌寒くさえ感じる。朝からどんよりした雲に覆われ、今にも雨が降りそうなそんな天気だ。昼下がりのひとときの出来事である。


 ここはラーゼフォン皇国の皇都ラ・ゼリアにあるヴァリストン公爵家の屋敷である。ヴァリストン家が治める領地は別にあり、そちらは公爵の父に代わり長男であるラルク・ヴァリストンが母たちと共に代行管理している。


 この屋敷に住んでいるのは、主に父と僕たち子どもだ。


 父にとっては、国政に関わる事が理由として大きいが、貴族としての立ち居振る舞いや下位にある爵位の貴族達に、皇都での自分たちの力を示すための、いわば見栄からくるものがあるのかもしれない。子ども達も基本、その中で感じ学べということなのだろう。


 今、その屋敷の中庭にて、公爵家次男ハイネルと七男の僕アーナス・ヴァリストンが相対していた。


 一般的に貴族の三男以降の男児は、10歳の誕生日を迎えたら15歳までの5年間の間に、家から出て行くことが義務付けられている。アーナスもその例外はなく、誕生日を迎え家から巣立つことを許されるのだが、この場合は少し違うだろう。


 ーー「家から追い出す」というのが正解か!? まさか、殺しはしないだろう……。


 先ほどのハイネルの台詞を思い返しても、優しさを匂わせる表情などは一切なく、むしろ、これから起きるであろう事柄が楽しくて仕方がないという、歪な気持ちの悪い表情を浮かべている。


 それほどまでに僕は、この人たちから嫌われているのだろう…………


 楽しそうにしている兄には悪いが、正直まともに関わりたくはないという思いが、アーナスの心にはあった。

 兄への体裁も考えて、当たり障りのないように姿勢を正し返答した。


「ハイネル兄様、お心遣い有り難うございます。ですが、僕にはこのような立派な大剣は不相応ではないかと……。

 それに剣の修行もしてこなかった僕に、騎士団で活躍されるハイネル兄様のお相手が務まるとも思えませんので…………」


「何を言うかっ!! 出て行くとはいえ、貴様とて勇猛なる皇国貴族の血が少なからず流れておろう!!


 何かあっては可愛い弟が困ると思い、餞別に剣の手解きを叩き込んでやろうとしている、兄の心遣いを無駄にすると言うのかっ!! お前は!?」


 顔を赤くしながらこちらに鋭い視線を向けてくる。


 ーーどうやら何を選んでも、僕には回避することは出来そうにないようだ。


 そして、何やらいつもと違う雰囲気を感じ取り、僕の心は警鐘を鳴らしていた。

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