8月4日 後半(黒)
リハビリを終え、途中立ち寄った小綺麗な喫茶店を後にした俺は、とりあえず駅前を目指した。まずは宿を見つけなければならない。9月からは大学に復帰できるみたいだから、そうなれば大学の寮に住むことができるみたいだ。記憶喪失以前の俺は大学の寮のことを好んでいなかったみたいだ。思い出そうとすると、なんとなく嫌な感じがする。記憶の断片が描く俺の部屋は年季が入った木造の綺麗とは言えない部屋だった。嫌悪感の正体は、部屋にカサカサと音を立て蠢く黒いモノであった。
「(俺は虫が嫌いなのか。)」
駅前にたどり着いた俺は、近くのコンビニに立ち寄り備え付けのATMから現金を引き落とす。駅前には一泊1980円のカプセルホテルがあり、残りの1ヶ月をそこで過ごそうと決めた。ATMに表示されていた残高は220万。リハビリ中に手続きをしておいた学生医療保険の入金がされたのであろう。
カプセルホテルに到着した俺は鍵付きのロッカーにボストンバッグを投げ入れる。少しでも記憶を取り戻したいと思った俺は、再び外に出る。無愛想な受付に外出の旨を伝え自動ドアを抜けたその時、懐かしい・・・ような気がする香りを近くに感じた。香りのする方へ、身体を向けた。そこには驚いた表情をした黒髪の女性が居た。しばらく見つめ合ってしまったが、俺は我に帰り驚かしてしまったことを謝罪する。
「・・・あ、えと、すいません。何となく懐かしい匂いがして。・・・人違いでした。」
「・・・誰と、間違えたんですか?」
女性は落ち着いた声色でそう聞いてきた。適当に口から出まかせで放った言い訳なのだから、「誰か」なんて答えは持っていない。
「・・・昔の友達です。とにかく、驚かしてすいませんでした。では、これで。」
俺は逃げるようにその場を去る。ATMを使うためにさっき入ったコンビニへ逃げ込み、雑誌を物色するふりをして窓から外の様子を伺った。先ほどの女性の姿は無い。
結局、それ以降は記憶に関する収穫は何もなく、夕食として一杯400円の牛丼を食べ、ホテルへと戻った。
今日はものすごく眠い。
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