キャンディ
はがね
第1話
「だいじょうぶよ、心配ない。だって、やまない雨はないんだから―」
***
ぼんやり歩いていたら、見知らぬ男と思いっ切りぶつかった。男ははずみで持っていた紙の束をばら撒き、慌てた様子で追いかけはじめる。
そのうちの1枚が近くに落ちてきたので、のろのろと拾い上げた。
「ありがとう! ごめんねぇ」
駆け寄ってきた男が言ったが、俺は何も応えられなかった。拾い上げたその紙に、目を奪われ固まっていたから。描かれていたのは、美しい横顔のスケッチ。
「どうかした?」
「あんた、絵描き?」
男の問いには答えず、逆に質問すると、
「まあ、絵を描くからねぇ」
と妙にのんびりした口調で返されて、俺は半ば無意識で口にしていた。なら、絵を描いて、キャンディの絵を、と。その言葉に、男は目を見開いた。
「あ、いや、いい、忘れてくれ」
唐突にごめん、絵も写真も残ってない知り合いの子がいたんで、だからつい…、と言い訳すると、男は黙るよう合図し、それから聞いてきた。
「その子はぁ、どんな子? 特徴は?」
「え? ああ、肩まであるふわふわの赤毛、目は緑色で小さくてたれ目、鼻は低くて幅広で、顔は痘痕だらけ。口がでかくて、前歯もでかくて隙っ歯で―」
正直、美人ではない、そういう俺に、男はさらにじっとこちらを見て言った。
「中身、どんな人? あと、君にとってどういう存在?」
「え?」
しばし絶句し、それから、
「そんな情報、必要?」
そう訝し気な声を作って言うと、男はゆっくり頷いた。
「知らない人を描くときはねぇ、外見も大事だけど、それ以上にその人がどんな人かが大事なんだぁ。心は、顔に映るからね」
心が顔に映る? 意味がわからないけれど、これも何かの縁かもしれない。あてのない旅だから長くなっても構わない、聞かせて、そう言うこの見知らぬ男に、俺は、キャンディとの日々のすべてを話すことにした。
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