ミツニンゲン

髭猫

第1話—異端児—




 —僕らは何の為に生まれて、何の為に死ぬんだろう。命に価値なんて無いのはとっくに分かってる。皆のように、思考なんて持たず、何にもあらがうことなく死を迎えられた方がずっと幸せな気がする。でも、なぜだか僕はそれを疑わずにはいられないんだ—





 ある春の小雨の降る昼下がり、虹色の綺麗な花を咲かせるハイネグリスの大樹の枝の上で僕はひとり、板切れに木炭で絵を描きながら物思いにふけっていた。眼下では働き者の女性達が、採取した大量の蜜をコロニーに運び込んでいる。


「いいなぁ…僕も採取に行ってみたいなぁ」


 板切れと木炭を肩から掛けた鞄に仕舞い、大樹の幹に打ち込まれた階段を静かに駆け下りる。


 コロニーの正門前では、採取班が、壺に入った沢山の蜜を、貯蔵管理班に受け渡しているところだった。


「あとはよろしくね。受け渡しが終わったらまたすぐ行ってくるわ。」


「うん、でも気をつけてね。東のネグリスの森を抜けた辺りでオオスズメニンゲンの目撃情報も入ってるから、あまり無理しないで。あと、採取地の書類の提出だけお願い」


 2人の会話を木の影で盗み聞きしていると、同い年くらいの女の子が僕を指差し、大声で大人達に報告する。


「あー!あの男の子、また外出てる!いけないんだー」


「呆れた…またあんたかい!待ちなさい!!」


「やべっ」


 僕は全速力でコロニーの中に逃げ込み、追っ手を振り切った。




————————————————————




 コロニーの中で最も大きな部屋の一つ「養育室」。

 壁一面に広がる、無数の正六角形の穴。それが幾重にも連なる、広大な空間。その穴の中には、生まれたばかりの赤子から、10歳くらいまでの子供達が数万人寝かされ、それを女性達が滑車付きの長い脚立を使い、毎日せっせと世話をしている。僕はその養育班の目を盗み、コソコソと1人、赤子のオムツ替えをしていた。


「何度言わせるの!あんたは何もしなくていいのよ!」


「ほんと、気持ちの悪い子ね」


 今まで幾度となく聞かされ続けた文句を背に浴びながらも、僕はその手を止めない。


 すると、これもまたいつも通り、背後から大きな男に両肩を掴まれ、足が宙に浮く。オムツ替えがまだ途中の赤子から引き離され、無理矢理、隣の部屋へと連れていかれる。


「やめろよ!なんで邪魔すんだよ!?お前には関係ないだろ!?」


「お前はほんと変わった子だなぁ。なんでそんな事すんだ。俺ら男は飯だけ食って寝てりゃいいんだよ」


「お前らみたいになりたくないから僕は働きたいんだ!毎日何もしないで飯食って酒飲んで寝て。何が楽しくて生きてんだよ!キモチワルイ!」


「ははっ。お前の言う事はいつも難しくてよく分かんないや。でも、いつもお前に働かれて女王に怒られるのは女達なんだ。勘弁してやってくれよ。俺らも女達に怒られるのは嫌だし。お前も怒られるのは嫌いだろ?」


「はぁ…情けない…」


 連れていかれたその部屋ではいつも、身体の大きな若い男達がテーブルを囲み、女達が次から次へと運んでくる酒と肴で宴会をしている。


「さあ、お前もここに座って飯食えや。今日のは特にうめーぞ」


 空いた席に強引に座らされ、周りの男達に様々な料理を目の前に置かれ、勧められる。


 …確かに旨そうだ。

 

 昨日の昼も同じ様に突っぱね、そこから何も食べていなかった僕の胃袋は食欲に勝てずに大きな音を上げた。


 ぐぅ〜…


「……まぁ、食べるけどさ…」


「ハハハッ。食え食え」



 特に美味かったのは、蜜がたっぷり練り込まれた、焼きたてパンだ。外はサクサクで、中はフワフワのトロトロ。更に上から蜜をかけて食べると、気を失いそうになる程に美味い。僕の大好物だけど、皆の言う通り、今日のは一段と美味い。


「うまぁ〜…」


「だろぅ?脳が溶けるようだろ。なんでも昨日、女達が新しい蜜沼を見つけたらしく、そこの蜜が飛び切り上等みたいなんだ。こんなのがずっと手に入るなら、次の女王はきっとすげえことになんぞ」


「へぇ〜…道理で美味いわけだねぇ〜」


 糖分の急な過剰摂取で血糖値が上がったのか、頭の中がドロドロし、多幸感に包まれていく。


「はっ!」


 僕は自分の頬を思い切りはたき、正気を取り戻す。


「僕はやることがいっぱいあるんだ!お、お前らなんかと一緒にいる暇なんか無いんだよ!…ゲフッ」


 僕は席を立ち、部屋の隅の定位置に皆に背を向けて座る。鞄から板切れと木炭を取り出し、絵の続きを描きだすと、後ろから男達の笑い声がどっと沸いた。


「ワハハハハ!!ほんと、変わった子だ」

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ミツニンゲン 髭猫 @NEKO_de_MONOKAKI

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