第4話 変わったものと変わらないこと
家に着く少し手前、知った顔に会う。小学校からの付き合いの相田優紀子だ。庭先の木々に水をやっているようだったが、近づいたらこちらに気づいたようだ。
「一年ぶりだな。今年も帰って来たよ。」
「そろそろかなって思ってたよ。おかえり、まこちゃん。」
ゆっくりとした笑顔でそう言って俺を迎え入れてくれる。その見慣れた笑顔を見ると俺は心から安心することができる。
変わってしまった故郷の中をまるで浦島太郎のような気分でここまで歩いてきたが、優紀子の顔を見て故郷に帰ってきたのだと実感できた。それに、俺のことをまこちゃんなんて呼ぶのはもう優紀子くらいのものだろう。
「また変わったな、ここも。」
「そうかな。ずっと住んでるとよくわからないよ。」
「子供の頃に比べて寂しくなったよ。」
「皆いなくなったからね。もう、どっちで寂しくなったんだかわからないよ。」
進学や就職で友人が、後輩が、次々と町を出て行くのを優紀子はどんな気持ちで見送ってきたのだろう。
「今年もしばらく居られるの?」
「ああ。その予定だ。」
「そっか・・・。」
「どうかしたのか?」
「ううん。ただ、嬉しいなって。」
そう言ってまた笑顔を向けてくれる。
優紀子に会うのが帰省の目的の一つになっている俺にとって、嬉しいと言ってくれるのは素直に嬉しい。
だけど、皆と同様に町を出て行った俺には、自分の気持ちに向き合えない俺には、その言葉を言う資格はない。
優紀子と別れしばらく歩くと俺の家がある。昔住んでいた家に入ると何故か全てが小さく見える。高校を卒業して出て行ったから成長によるものはほとんどないハズなのに。
荷物を置いたら窓を開け部屋に風を入れる。今日は掃除だけで終わってしまうだろう。人が住まなくなると家は傷むのが早いと言うから、この程度の手入れでは長くはないのかも知れない。このままこの家が駄目になったら、俺はどうすればいいのだろうか。住んでいるわけでもないのに維持に手間や金はかけられない。だからといって廃屋にするのは心苦しいし、取り壊す決心はつかない。
次の日、近所の家に挨拶に行った。これも毎年恒例のことだ。
たまに子供がいる若い家庭もあるが、ほとんどは老夫婦だ。そんな家を見るたび、ここの家もいつまでもつのか、と思ってしまう。
自転車の乗り方を教えてくれたおじさん。いたずらをした俺をその度に怒鳴っていたおばさん。みんなみんなもういない。
どこもかしこも閉鎖的で、思い出の中の自由で開放的な雰囲気はもうない。空気まで錆びてしまっているみたいに淀んでいる。
町で唯一と言っていい新しいものは老人ホームくらいだ。
周辺に不釣り合いなほど新しい単身用住宅はそこで働く人たちだけを当て込んでのものなのだろう。買い物に行くには車をしばらく走らせたところにあるモールに行くしかない。車社会が進行したせいか駅から随分離れた国道沿いだけは以前より栄えているようで、チェーンの飯屋やコンビニが何件かできている。
この町は、ただの通り道になっているみたいだ。
もう何年かして老人たちが死んでしまったらあの老人ホームはどうなるのか。いま住んでいる若い人たちはこの町に愛着をもってくれるのだろうか。昔は賑わっていたであろう町並みが今はただ物悲しい。町がいくら待っていても人はもう戻って来ない。
挨拶まわりを終えて家のことを済ますともう夕方になっていた。まだ夕方、時間はあると思えた子供の頃に対し、今は何かをするには遅い時間と思うようになった。
夕飯の支度をしようかと思っていると不意に家の呼び鈴が鳴る。玄関を開けると優紀子だった。
「急にごめんね、もう夕飯の準備しちゃった?」
「まだだけど。」
「よかったら今日うちで食べない?」
「いや、悪いだろ。」
「いいの。お父さんが呼べって言ってるんだよね。」
優紀子の親父さんには子供の頃に車で遊びに連れていってもらったり何度かお世話になったことがあるが、ここ何年かは挨拶してなかったかも知れない。
「そうか、じゃあお邪魔させてもらおうかな。」
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