夏の思い出

枕返し

現在

第1話  他人事、じゃない

「何やってんだよお前は!」

怒鳴り声が部屋中に響く。

「何回同じこと言わせれば気が済むんだ!やる気あんのか!」

よく見る光景だ。しかし毎回嫌な気持ちになる。そう思っていると

「またか。部長のアレ、パワハラじゃないのかね。あんな毎回大声で怒鳴っちゃ周りが迷惑するよな。」

同僚の山本が小声で話しかけてくる。しばらくするとお説教も終わったようで怒られていた新人が席に戻る。部長はカリカリしながら席を立った。タバコでも吸いに行ったのだろう。

「辞めちゃうんじゃないかね、彼。本当、部長もいい加減にしてほしいよな。」

そう言う山本だが新人に助け舟を出すどころか、声をかけることもしない。

このまま見て見ぬふりをするわけにもいかないだろうと思い、

「ちょっとケアしてくるよ。まあ、俺としては部長の言い分も十分理解できるから新人の肩を持つこともできないんだけどな。」と言い残し頭をたれる新人の元へ行く。


遠巻きに話を聞いているに今回の原因はどうも準備不足なのだろうと思う。

先方への資料の作成を手抜きしたのだろう。本人にその気はなくても、他の顧客にも使っているものを使いまわしているだけなのは一目でわかる。それに違和感を感じていないことが原因だ。そんな場当たり的な仕事をしていて結果も芳しくないとなれば怒りたくなるのも無理はない。部長の言い分も理解できる。それにしても、もう少し教育の仕方もあるとは思うが。

新人に丁寧に説明してあげると、時間はかかったが理解して次の仕事に取り掛かってくれた。決してやる気がないわけでも、理解力が低いわけでもない。



夜になって、さあ帰るかと思っていると新人が新たに作成した資料を持ってきた。多少こちらの都合が強調されている部分はあるが、

「うん、悪くないね。それで、悪いけど俺は来週から休みだから、週明けに部長にも確認してもらってくれるかな。」

そう言うと、

「部長に確認、とらなきゃダメですかね?」

と弱気なことを言う。気持ちはわかるけど、

「部長はカッとなって怒鳴ったりするけど、基本は面倒見いい人だから。それにわかったと思うけど、今まではやっつけ仕事と思われても仕方なかったからな。ちゃんと仕事しとけば結構優しい良い上司だよ。」

「そうなんでしょうけど・・・、」

「まあ俺も新人の頃は相当怒られたから、気持ちはわかるよ。」

「先輩も怒られたりしてたんですか?」

「相当、ね。俺が新人の時は部長が教育係だったんだよ。今思えば怒られて当然だった。嫌だろうけど、勉強だと思って多少の我慢も必要だよ。」

「はい、頑張ってみます。」

「もし辛くなったりしたら言ってくれれば相談くらいならのるからさ。あまり気負うなよ。」

「はい、ありがとうございます。」


新人を見送ると山本が近づいてきた。

「いい先輩やってんじゃん。井之口先輩。」

「茶化すなよ。」

「いや、新人と部長との仲を取り持とうとするなんて偉いなと思ってね。素直に関心するよ。部長は仕事はできるけど性格がアレだろ?俺は苦手だからあんまり関わりたくないっていうかさ。お前は嫌にならないのかと思うわけ。」

「あくまで俺が勝手に思ってるだけなんだけど他人事じゃないんだよな。身につまされるって言うか、心当たりがあるっていうか。」

「お前あんなに怒られてたっけ?」

「俺も部長みたいに怒りっぽかった時がさ、あったんだよ。」

「そうなの?信じられないな。じゃあ丸くなったってやつだな。」

「そうだな。そんな訳だから部長の気持ちもわかるんだ。後、随分世話になってるのは確かだし。明日からの休みのこととかさ。」

「そう言えば来週から休みなんだっけ?」

「ああ、毎年悪いけど。」

「別にいいけどさ、帰省だっけ?俺はこの辺り出身だからよくわかんないけど、毎年ご苦労なことだな。俺だったら嫌になりそうだよ。」

「俺は好きでやってるから。じゃ、俺ももう帰るわ。明日出発だから荷物まとめないと。」

「おう、お疲れ。ゆっくりしてこいよ。」

鞄を手にとり席を立つ。


俺は毎年夏に休日出勤の分や有休をまとめて取得している。それは夏休みの時期に実家に帰省するためだ。初めからこんな我儘が許されたわけではないが、その月のノルマは達成してからにしているし、翌月の目途も立ててある。幸運にも普段から平均以上には成績を上げられているのもあるのかも知れない。俺がこんなに調子よく成績を上げられているのは新人の頃の部長の教育あってのことだ。こんなふざけた休みの取り方に融通をきかせてくれているのも部長だ。実際のところ部長には頭が上がらない。

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