代役 8

 昇格試験は、この世界の一つのお祭りである。


 何せ、この昇格試験が行われる舞台となるのが、このサウス全域だからだ。


 何故この昇格試験がサウス全域で行われるのか、それは一般客に試合を見せるためだ。


 この昇格試験は基本的に内容が違えど、ヒーロー対ヒールの抗争となるように仕組まれている。


 なのでこの学校を卒業した後、配役という職業に就く際に、必ず直面する一般客への魅せ方という問題に対しての、良い練習台となるのだ。


 こういう闘いをしたら人が喜んだり興奮したりというのを、実戦形式で学ぶのだ。


 そして、この魅せ方にも二種類のパターンがある。


 一つは理論。こういう闘いをすれば人々は喜んだり興奮したりするというのを計算して動くのだ。


 二つ目は本能。自分がしたいように動き、その動きが人々を喜ばせたり興奮させたりする。


 一見、二つ目だけが才能なんじゃないかと思うかもしれないが、それは違う。


 理論で戦うには、瞬時の判断と、素早い行動が物を言う。相手は生身の人間なので、何をしてくるか分からない。


 それを先々に考え、行動し、上手く魅せていくにはそれこそ才能が必要だ。


 要は配役という職業には才能が必要なのだ。


 ただ闘うだけなら誰でも出来る。例えるなら、子供が紙で作った剣でチャンバラごっこをやってたとする。


 だが、それを見て人は喜んだり興奮したりするだろうか。例え真剣にやってたとしても、ただ馬鹿のひとつ覚えのように剣を振り続けても、人は満足しないだろう。


 だからこそ、魅せる闘いというのは重要なのだ。


 それに、この配役という職業は公務員という位置付けになっている。


 要は人々から払われる税金から成り立っている職業でもある。もし、つまらない闘いをしたら配役という職業そのものが無くなってしまう可能性もある。


 よって配役を務める彼等は懸命に闘い、聴衆はそれに金を払うのだ。


「うち、大きくなったらあーくんのヒロインになりたい!」


 幼い少女がそう言った。彼女の目は澄んでいた。


「おう。だったら俺はちーちゃんのヒーローだな!」


 彼女の目に映し出されたのは、彼女より少し背の高い黒髪の少年だった。彼もまた、澄んだ瞳で笑っていた。


「ぼ、僕は二人を守るパラディンになりたい!」


 その二人の背後からそう声を掛けたのは、少し太った茶髪の少年だった。


 彼は額に大粒の汗を垂らしながらそう言った。彼の瞳も変わらず澄んでいた。


「ぼーちゃんに守られるなら怖くないな!」


「うん! ぼーちゃん力強いしね!」


 あーくんと呼ばれた少年と、ちーちゃんと呼ばれた少女は笑ってそう言った。


 するとぼーちゃんと呼ばれた少年は照れ臭そうに笑った。


「早く俺達もなりたいな! ヒーローに!」


「一緒に同じ学校目指そうね!」


「う、うん!」


 三人は手のひらを合わせて、それを空へと打ち上げた。そして楽しげに笑う。


 その瞬間、花火の音が途切れる事なく降り注いだ。


「あ! これってしょうかくしけんってやつだよ!」


「しょうかくしけん?」


 ちーちゃんは首を傾げた。するとそれにぼーちゃんが胸を張って答えた。


「確か、年に二度あの学校で開催されるヒーロー対ヒールの試合だよ」


「え!? そうなの! じゃあヒーロー見れるの!?」


「当たり前だろ! 早く見に行こうぜ!」


 あーくんはそう言って人で溢れる街中を突き進んで行く。


 この花火が上がった途端、街は一気に活気付き、まるで水を得た魚のようだった。


「あ、待ってよぉ!」


「ぼ、僕を置いてかないでぇ!」


 二人は先頭を走るあーくんを見失わないように追い掛ける。人々を掻き分けて掻き分けて__。


「おい見ろよあれ!」


 すると二人はいつの間にか開けた場所に出ていることに気がついた。隣には楽しそうに笑うあーくんがいた。


 二人は息を整えるのも忘れて前を見た。


「はぁぁぁぁ!」


「おらぁぁぁ!」


 そこには、歯を食いしばりながらも勇猛果敢に戦うヒーローとヒールの姿が映し出された。


 まるでそれは映画のワンシーンのようだった。


 剣を持ったヒーローが、ヒールの首から掛けられていた四角いチップのような物を叩き割った。


 すると、そのヒールは悶え苦しみながらまるで蛍火のように淡い光を放って跡形も無く消えた。


「え、今のって一体……」


「あれは恐らく強制送還だよ。簡単に言うと、勝手に指定された所に身体が持ってかれちゃうんだ。多分、あの四角いチップが引き金じゃないかな」


 ぼーちゃんはえへんと言って鼻息を荒くした。ぼーちゃんは自慢気に話した後は、すぐ鼻息を荒くする。癖なのだろう。


 因みに、ぼーちゃんの話は殆どちーちゃんの頭には入って来なかった。でも、死んで天に昇った訳では無いのだと分かり、安心した。


「あーくんは知ってた?」


「え!? あ、あぁ知ってたさもちろん! 俺は天才だからな!」


「天才は自分を天才って言わないんだって。ママが言ってた」


「そ、その裏を読むのが天才なんだよ!」


「ふーん。天才ってややこしいのね」


「そうとも! 天才ってのは冷ややっこなんだよ!」


「え!天才ってお豆腐だったの!?」


「いや、ちーちゃん。あーくんの話を真に受けるのはやめといた方がいいよ」


「何だとぉぉ!?」


 その時だった。


 バチ……。


「う……!」


 ちーちゃんは何か電流のような物が頭を迸ったのを感じ取った。


「何今の……」


 ちーちゃんは頭を手で抑えた。何か嫌な予感が胸を過ぎった。


「おいちーちゃんあれ……って何か顔色悪いぞちーちゃん? どうした?」


 いきなりパッとあーくんの顔がちーちゃんの顔に一気に近付いた。


「きゃあ!!」


 気付いた時にはもう遅かった。ちーちゃんはあーくんの頰を全力で叩いていた。


「いってぇな! 何すんだよ!」


 あーくんは紅葉色に腫れ上がった頰を摩ると、忌々しそうにちーちゃんを見た。


「だ、だってあーくんがいきなり顔を近づけるからでしょ! 変な顔見せつけないでよ!」


「は、はぁ!? 誰が変な顔だよ! ちーちゃんの顔の方が変だ!」


「レディーになんて事言うのよこの馬鹿あーくん! あーくんなんか大嫌い!」


「俺だってお前が大嫌いだねーだ!」


 ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向くちーちゃんと、舌を出して馬鹿にするあーくん。それをおろおろしながら見つめるぼーちゃん。


「もういいもん! 帰る!」


 そしてくるりと回れ右をしたちーちゃんは頰をむくれさせて人混みの中へと帰っていく。


「何だよあいつ折角人が心配して__」


 その時、視界の端にちーちゃんがゆっくりと倒れて行くのが見えた。


「ち、ちーちゃん……?」


「あーくん! 今ちーちゃんが!」


 ぼーちゃんもそれを見たらしい。その瞬間、あーくんは目の色を変えて人混みへと突っ込んだ。


 ちーちゃんは直ぐに見つかった。何せ人混みの中にぽっかりと穴が開くようにしてちーちゃんがそこに倒れていたからだ。


 周りの人々はヒーローやヒールに夢中で気付かないのか、はたまた無視しているのか。


 だが、今はそんな事どうだっていい。


 あーくんはちーちゃんを抱え込むようにして抱き上げた。


「おいどうしたちーちゃん!?」


「う……頭が……痛い……」


 ちーちゃんは苦しそうにそう呟いた。額には汗が滲んでいる。


「頭!? 頭が痛いのか!? おいぼーちゃん! 何か知らないか!?」


「僕だってお医者さんじゃないし分かんないよ!」


「何だよいつも自慢気に話す癖にこういう時は使い物になんねーな!」


「僕だって何でも知ってる訳じゃない!」


「頭良いなら何でも知っとけよ!」


「あーくんだって何も知らない癖に!」


「け、喧嘩……しないで……」


 その時、か細い声があーくんとぼーちゃんの耳に届いた。


「馬鹿ね……死ぬ訳無いじゃない。これは多分ずつうよずつう。女の子にはよくある奴よ」


「お、女の子ってのはそのずつうになりやすいのかよ! おいぼーちゃんどうなんだ!」


「何でもかんでも僕に聞かないでよ! 知らないよそんな事!」


「何かが……来る……」


 ちーちゃんは唸るようにそう言った。


「何かが来る? 一体何を……」


「三つ……かな? 大きな何かがこっちに近付いて来るの……方角は__」


 ちーちゃんは震えた指でゆっくりと三つの方角を指差した。


 その方角の先にはそれぞれ"最果て"が有るはずだ。


 最果てというのは、このサウスの頂点の事を指している。このサウスは三角形の形をしているので、その頂点は三つある。


 ちーちゃんはその方角を指差したのだ。


「大きな何かって何だよ!? つーかそれちーちゃんのずつうって奴と関係あんのかよ!」


「分かんない……でも、多分そうだと思う……うぅ!」


 ちーちゃんは苦痛で顔を歪めた。呼吸が荒い。頰が少し赤い。熱があるかもしれない。


 あーくんはそっとちーちゃんを背中におぶった。早く病院に連れて行かなければ。


「邪魔だどけ!」


 あーくんは大人が入り乱れるその人混みに割って入り、病院を目指す。


 だが、大人の力は強く、簡単に弾き出されてしまう。


「あーくん! 僕が道を開けるよ!」


 その瞬間、ぼーちゃんはその人混みにアタックを掛けた。すると人混みが揺れて道が拓けた。


「さぁ早く!」


「何だよ。頼りになるじゃねぇか」


 あーくんはニヒヒと笑った。それにつられて照れ臭そうにぼーちゃんも笑う。


 二人は拓けた道を突き進んだ。先頭をぼーちゃんとして、塞がりそうな道はぼーちゃんの力で捻じ開けた。


「はぁ……はぁ……」


 ぼーちゃんは全身汗だくになっていた。無理もない。大の大人とひたすら相撲を取っているようなものなのだから。


「大丈夫かぼーちゃん?」


「僕は大丈夫。それよりもちーちゃんだよ。早くしないと……」


 ぼーちゃんは必死だった。その様子は、あーくんに痛いほど伝わってきた。


 本当に友達想いの奴だ。


 その時、ふと目線の端に路地裏へと続く道が見えた。


「おいぼーちゃんあそこ! あそこから行けるかもしれねぇ!」


 ぼーちゃんにそう伝えると、ぼーちゃんはコクリと頷いて方向を転換させた。


「どすこいどすこいどすこい!」


 ぼーちゃんは力士も驚きの突っ張りで大人を退けて行く。


「すっげぇぼーちゃん!」


「だてに太ってないよ!」


 その時のぼーちゃんはひたすら輝いていた。まぁ、リアルに汗でテカテカだったのだが。


 それは置いておくとして、気付けば路地裏へと辿り着いていた。


 路地裏には殆ど人が居ないのは、観戦には不向きだからだ。


 ぼーちゃんとあーくんは二人して地面に手をついて呼吸を整えた。


「そう言えば、まだ大丈夫ちーちゃん?」


 その一言で、あーくんはふと我に返った。慌てて背中におぶっていたちーちゃんの顔を見る為に振り返る。


 そして思ってた以上に顔が近くにあって先ず驚いてしまった。若干頰が赤くなってしまったのは不覚だ。


 だがそれよりも、ちーちゃんの顔色が悪くなってる気がした。息も先程より荒い。


「おい大丈夫かちーちゃん! しっかりしろ!」


 声を掛けてもちーちゃんに反応は無い。聞こえてない程に意識が朦朧としているのだ。


 ヤバいと、あーくんは直感した。このままではもしかしたらちーちゃんは死んでしまうかもしれない。


 そう考えた時、途轍もない恐怖があーくんの身を包んだ。怖くて歯が震えた。


「おいぼーちゃん、俺はどうすればいい? どうすればちーちゃんを助けられる?」


「そ、それは……」


 その時だった。


 カンカンカンと、鍔迫り合いの音がこの路地裏に響き渡った。


「何だ……?」


 その音は止む事なくこの路地裏でも木霊する。


 その音は上から聞こえてくるようだ。その音はどんどんと近付いて来る。


「おらぁ!」


「なんの!」


 そしてそれが止んだと思った時、二人を挟み込むようにして、その剣を持つ二人がそこに飛び降りた。


「何だこいつら?」


 その時、その一人がそう言った。


「子供かな? こんな路地裏にいるなんて危ないよ。早く親の元に帰りなさい」


 もう一人は優しそうにそう言った。


「もしかして……ヒーローとヒール……?」


 あーくんがそう言うと、その一人がゆっくりと近付いてきた。


「そうだよ。僕はヒーロー__」


「助けて……助けて下さい!」


 自己紹介をする前に、あーくんはそう言った。もうそんな肩書きはどうでもいい。


 早くちーちゃんを助けて欲しかった。ヒーローなのだから。


「ちーちゃんが死にそうなんです! どうか!」


 あーくんは必死だった。その様子にヒーローは何かを考え逡巡した。迷っているのだと感じた。


 そして顔を伏せた。


「ごめん。僕にはやる事があるんだ。君達に時間をかけてしまったらこの試験に落ちてしまうかもしれない。だからごめんね」


 彼は優しそうな声でそう言った。本当に申し訳なさそうだった。それが、あーくんの心を締め付けた。


「じゃ、じゃあヒールでもいい! 助けてくれ!」


「……悪りぃな坊主。今は戦闘中なんだ。助けてる途中にやられちまうかもしれねぇ」


「そんな……」


 あーくんは絶望した。狂ってると思った。


 人が死にかけているのに、それよりも戦闘が大事だなんて。試験が大事だなんて。


「場所を移そう」


「あぁ。しかもここは観客に見えにくいしな。ポイントが取りにくい」


 そう言って二人は壁を伝って上へと行ってしまった。


「何で……」


 ヒーローの使命は人を助ける事ではないのか。例えヒールだとしても中身は人間だ。心は無いのか。


 あのヒーロやヒールに群がる大人もそうだ。


 子供が倒れてるのに見ない振りをして、挙げ句の果てにはその子供を避けるようにして戦いを見続けるのだ。


 おかしい。この世界はおかしい。


「うぅ……うぅ……!!」


 その時、ちーちゃんの様子が一変した。先程までの様子とは明らかに違う。


 あーくんはちーちゃんをそっと床に倒した。何をすれば良いかも分からずに。


「助けて……」


 ちーちゃんの手がしきりに何かを探していた。床を彷徨い、やがてあーくんの手に触れた。


「助けて……ヒーロー」


「あ……あぁ……」


 その瞬間、あーくんの目から涙が溢れた。止めどなく際限無く。それはぼーちゃんも同じだった。


「くっ……助けて……誰か助けてくれ」


 あーくんは切に願った。


 俺なんか死んでもいい。俺なんか消えていい。だから助けてくれ。ちーちゃんを。ちーちゃんを助けてくれ。


「助けてくれよヒーロー!」


 その瞬間だった。


「おい大丈夫か? こんな所で何してんだ?」


 それはこの瞬間だと少し気楽な物言いだった。


 あーくんはゆっくりと其方に目を向けた。


 銀色の髪が見えた。そこから覗かせた表情は暗くてよく見えない。


「た、助け__」


 その時ふと思った。この男も、先程と同じだったなら、頼んだ所で意味はない。


「うん? 誰かそこで倒れてねーか? お、お前等まさかこんな所で変な事しでかそうとしてんじゃねぇよな!?」


「は、はぁ!? してねーよ! 馬鹿な事言ってんじゃ__」


「うぅ!!」


 その時、ちーちゃんが今までで一番の呻き声を上げた。そして、ギュッとあーくんの手を力一杯握った。


 その瞬間、さっきの事なんか忘れた。


「助けてくれ……ちーちゃんを助けてくれ! お前ヒーローなんだろ! なぁ!」


 その言葉と同時に、彼は目の色を変えてこっちに飛び込んで来た。


「な、何だこりゃ!? 凄ぇ熱あんじゃねえのかこれ!」


 すぐさまちーちゃんの額に手を当てて、驚きを露わにする。


「ちょっと臆人! あんたいきなりこんな所に飛び込んで! 一体どうしたのよ!」


「臆人さん大丈夫ですか?」


「お、何やらただ事では無い様子じゃない?」


 またもや路地裏に姿を現したのは三人の男女だった。顔は見えないが、声で男女の区別はつく。


「おい知由乃! こっちでこの子見てくれないか!」


「え、あ、はい!」


 知由乃は並々ならぬ臆人の声音で急だと判断し、走って倒れている少女の元へと向かう。


 少女は苦しそうにしていた。頰が赤らみ、呼吸が荒く、汗が滝のように流れている。


「これは一体……」


 知由乃はその症状の重さに驚きつつも、素早く少女の額に手を当てる。


 その瞬間、ふわりと緑色の光が知由乃の手から溢れた。


 そこから数秒、息が詰まりそうな沈黙が訪れる。


「これは恐らく魔力感知過多ですね。しかも重度の」


「魔力かんち……かた?」


 あーくんはそれが何なのか分からず首を傾げた。


「恐らくこの子は魔力感知に対してとても秀でた能力を持ってます。そして、何か強い魔力を感知してその魔力に当てられてしまったんでしょう」


 知由乃はそう言って額から手を離した。緑色の光が湯気のように揺らめいて消えた。


「この子、何か言ってませんでしたか?」


「あ、そ、それってもしかして……」


 そこでぼーちゃんがハッとしたように顔を上げた。そこであーくんもピンときた。


「ちーちゃん、さっき最果ての方角を指して何かが近付いて来るって言ってた。もしかしたらそれが原因かも……」


「最果て……確かそれってこのサウスの頂点の場所だよな。そこから来る魔力でこんなに弱っちまうもんなのか? 魔力感知って奴は」


 それを聞いて知由乃は思い詰めた表情をした。


「分かりません。ですが普段は普通に生活出来ていたなら、その最果てにある魔力は並大抵のものでは有りませんね」


 そこで知由乃はまた魔法を掛けた。すると、ふわりとちーちゃんの体が光に包まれ、白い膜のようなものが体に沿うようにして構築された。


「取り敢えず応急処置として魔力障壁を彼女の体に張ります。これで取り敢えずは大丈夫だと思います。ですがこの障壁も完璧では有りません。早く病院に連れて行きましょう」


「分かった」


 臆人は頷くと、彼女をそっと抱きかかえた。


「ちーちゃん、助かる?」


 あーくんは震える声で聞いた。


「助かるじゃねぇ。助けるんだ。安心しろ。俺が絶対にちーちゃんを助けてやるよ」


 臆人はあーくんの頭を乱暴に撫でた。そして目線を合わせた。


「助けを呼んでくれてありがとな。お前の勇気はちゃんとと受け取った。後は俺に任せとけ」


「……うん」


 あーくんはその一言で体が一気に脱力した。助けて貰えると、そう思った。


「臆人。あんたその子病院に運んだ後、どうする気? まさかその大きな魔力を潰しに行くつもり?」


 そこに反対意見が突きつけたのは明だった。納得いかない。そんな顔をしていた。


 あーくんは怖くなって臆人をちらりと見た。


「あー大丈夫。あいつはあれだ。取り敢えず否定派みたいな奴だから。見捨てたりはしないよ」


 そう言われて、恐る恐る明にあーくんは目を向けた。


「何よ?」


 物凄く睨み付けられた。まるで蛇みたいな奴だとあーくんは思った。


 怖くなったあーくんはささっと臆人の背中に隠れた。


「おい明。お前怖がられてんじゃんかよ」


「別にそんなのどうだっていいの! あんた昇格試験はどうする訳!? 放っておいていいの!」


「馬鹿だなぁ。昇格試験か人の命どちらが優先なのかなんて分かるだろ」


「そりゃ分かるわよ。でも、こんな事してたら私達全員昇格出来ないじゃない!」


 その迫力に、ぼーちゃんまでもが臆人の背中に飛びついて来た。


「なら見捨てるのか?」


「見捨てる訳無いでしょ! 馬鹿じゃないの本当! 私を何だと思ってるのよ!」


 その一言を聞いた瞬間、あーくんとぼーちゃんの服を掴む力が強くなった。


「明ちゃんは臆人さんがこのまま昇格出来なかった時、変な陰口が叩かれるんじゃないかって心配なんですよ。ね? 明ちゃん」


「まぁ、別にそういうんじゃないけどそういう事よ!」


「いやどういう事だよ……」


 全くもってぶっきらぼうな優しさである。分からない人にはきっと一生分からないだろう。


「案ずるより産むが易し。色々考えたって仕方ない。ま、なるようになるさ」


 明にそう言った後、右凶に目線をずらした。


「うさきち。最果てで何が起きてるか調べて貰えないか?」


「チキンは馬鹿だなぁ。もう調べてあるよ」


 ニヤリと笑う右凶に臆人は頷いた。


「取り敢えず病院を目指しながら話を聞くよ」


 こうして路地裏から移動を開始した七人。


 これから待ち受けるのが何なのか、彼等はまだそれを知る由もない。






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