配役 2
終点の駅が目的地なので、寝過ごす事なく無事に到着した。
ここから三十分程バスに揺られると、目的地である勇泉高等学校が見えてくる。
「う……それにしても……都会は……うぷ……凄いわね」
明はえずきながら、窓から見える都会の景色に目を向ける。
見る景色全てがビルだと言っても良いくらいに、建物がずらりと建ち並んでいる。
子供の頃から見て来た景色とは全く逆だ。
「というか……何で駅近に建てないのよ……私を殺す気……?」
「乗り物に乗るだけで死ぬ奴なんかいねぇよ。まぁ、単純に広い土地を買う為……」
そこからの続きは、臆人の口からは出て来なかった。
驚き過ぎて声も出ない。正しくその通りだ。
「どうしたの……? 絶世の美女でも居た……?」
「バカ言え。絶世の美女なんて目じゃねぇよ。あれ見てみろよ」
臆人は前方を指差した。運転席の方の窓だ。
明は青ざめながらも、よろよろと前の座席シートを掴み、ゆっくりと頭を突き出した。
「なに……あれ」
運転席の窓から見えるその景色は、正に絶世の美女なんかとは比べ物にならないものだった。
二人が見たものは、城そのものだった。
城と言ってもそれは、瓦で作られた屋根に鯱鉾が乗ってる和風のお城ではなく、石造りの洋風な城を想像すればいい。
かの有名なノイシュヴァンシュタイン城をパッと頭に思い浮かべれば間違いは無い筈だ。
とは言えあそこまで真っ白くは無いし、門の形や形式は全く違うものだ。
「まるで異世界おぇ……」
「おいこら! 綺麗な話になってんだからえずくな!」
臆人の言葉に返事もせず、明は力尽きたように背もたれに寄っ掛かった。
異世界__明の言葉は的を得た表現だ。
本当にあそこは、何から何まで格が違う__異世界そのものを体現しているようだった。
黒の重厚な門扉に、厚く塗られた白の塗り壁。そこから覗く神々しい程の白い校舎と青い屋根。
そして門へと続く石畳の舗装された道。何から何まで別次元のデザインが施されている。
「異世界か……確かに言えてるな。そしたら俺達は迷い込んだ哀れな子羊って所だな」
「羊は嫌よ……山羊が良いわね……スリムだし」
「いや羊は太ってる訳じゃねーよ? あれは毛だ。後、子山羊は言いにくいから却下」
「じゃああのお笑い芸人……」
「それはおぎやはぎだ! しかも子おぎやはぎなんてもっと言いにくいし、何より気持ち悪いわ!」
「ファンタジー小説なんだから……もっと……ファンシーに考えなさいよ……うぅ」
「止めろよそういう発言! てかもういい加減話すの止めろよ! 吐いてるのなんか見たくねぇし! てか、吐いたらそれこそファンシーじゃねぇよ!」
「う……おえぇ」
「って言った側から吐きやがった……」
哀れな子羊二人は、兎にも角にも勇泉高校へと到着した。
入学式までまだ少し時間がある。
「完!全!復!活!」
明はバスから降りた瞬間、水を得た魚のように元気になった。普通の人はこうはいかない筈だ。
本人曰く、根性が足りないらしい。
「取り敢えずさっさと寮に向かいましょ! 入学式までまだ余裕があるにしたってこんな所にいる必要は無いわ!」
「それは同感だ」
臆人は後方から次々と降りて来る新入生らしき人集りを見て、そう返事をした。
まずは寮に行って荷物を預けるのが先決である。
そうしないと、荷物を持ったまま入学式を受ける羽目になるので、それだけは避けたい。
寮は黒の門扉を越えた後、左手に進むと存在する。
まるで口を開けたような楕円型の窓枠が、行儀よく等間隔に並んだ直方体の建物が、この学校の寮だ。
一応数千人規模で部屋が借りられる噂があるのだが、ぱっと見、そんなに人が入るスペースは無い気がする。
「もしかして、魔法で空間を捻じ曲げて部屋を沢山作ってるとか?」
「そんな馬鹿げた話ある訳ねーだろ。ていうか、魔法で空間を捻じ曲げるなんて聞いた事ねーよ」
「そうよね。でもさ、こういうふとした時の言葉って案外的を得てたりするのよね。小説あるあるってやつよ」
「だからやめろって言ってんだろうが! 意味深過ぎる!」
そんな会話をしながら歩いていると、何やら前が人で溢れている事に気付く。
あの有名な漫画の台詞をここで使いたくなってしまう程の数だ。
「人がゴミの__」
「いや使うな! 今使わない流れだっただろ!」
「良いじゃない。減るもんじゃあるまいし」
「そういう問題じゃねぇ! てかさっきからボケ過ぎなんだよ! 少しは自重しろ!」
そんな犬も喰わないような口喧嘩をしていた時だった。
「すいません。少し宜しいですかな?」
いきなり老人のようなおっとりとした口調が混ざり込んで来て、二人は口論を止めて振り返った。
二人の目に映った人物は、執事だった。
執事と表現したのは、余りにその言い回しが適していた為使ってしまったが、勿論臆人や明の執事ではない。
きっちり着こなされた白のYシャツと黒のベスト。その上に羽織った破れ一つない黒のスーツ。そしてこれまた破れ一つない黒のパンツ。
顔は少し西洋風で、髪の色は少し抑え気味の金色。金褐色と言えば分かりやすいだろうか。
そして蓄えられたこれまた金褐色の顎髭。年齢は恐らく三十代後半位だろう。
線の通った立ち方といい、執事そのものを体現したような人だった。
「あ、えっと……はい。何でしょう?」
臆人がたどたどしく返事をすると、その執事は和やかに笑った。正に紳士の如く、だ。
「私の名前はエルリック=アルザバートと申します。貴方様は恐らくですが、金条 忠助(きんじょう ただすけ)様のご子息の方では無いでしょうか?」
「え__」
不意の問い掛けに臆人は言葉を無くしてしまった。まさか、こんなに早く父の事がバレるとは思っていなかった。
「……そうです。俺は父__金条忠助の息子です。それがどうかされましたか?」
臆人は正直に答えた。
すると、エルリックは一気に目を輝かせた。まるで幾つか若返ったみたいだ。
「私は、ここの寮のフロントを仰せつかっております。良ければお荷物をここでお預かりして、直ぐに入学式に行けるようにと思って声を掛けました」
どうやらエルリックは、臆人を特別扱いしてくれるらしい。
「勿論、そちらの女性の方も一緒です」
「いえ、大丈夫です。普通に俺達もこの列に並びます。ズルはしたく無いので……」
親切で願っても無い申し出だったが、ここでおいそれと了承してしまっては.後々面倒なことになると臆人は直感した。
すると、エルリックの表情が変貌した。
「何を仰いますか! 貴方はあの金条忠助様のご子息です! ここに並ぶ庶民の方達とは違う高き存在ですよ! こんな所で時間を使うのは勿体無い事です! さあ、私に荷物をお渡し下さい!」
その顔は、鬼気迫る顔だった。先程とは似ても似つかない程に、醜悪だった。
「本当に大丈夫なので……というかここでもたもたしていたら__」
「ですから私をお使い下さい! このエルリック! 私の命を賭してお荷物はお守り致し__」
「ほぉぉぉぉあたぁぁ!!!」
「北斗神拳!?」
急に背後からあの伝説の掛け声が聞こえたかと思うと、眼前にいたエルリックは見事なまでに吹っ飛んだ。
「お前はもう……死んでいる」
「死んでるのはお前の頭だ! こんな所で人に飛び蹴りを入れる奴があるか! しかも北斗神拳なのに!」
「だってあいつウザいし」
「ウザいからって人に飛び蹴りを食らわせる女子がどこにいるんだよ! しかもお前スカートだから! 少しは考えろ!」
「何見てんのよこの変態! お前も死ね!」
臆人もまた、慈悲のない程に強烈な飛び蹴りを喰らい吹き飛んだ。
「そこでまた飛び蹴りを入れるお前も……限りなく変態だよ……ぐはっ」
臆人は力尽きた。
そんな時、この騒動に気付いた生徒達が此方を向いてひそひそと話し始めている。
嫌な視線だ。
「取り敢えずここからズラかるわよ」
「女が言う台詞じゃねぇな……てか、お前の所為で動けない__」
「情けないわね!なら手を貸しなさい」
言われるままに手を差し出すと、明は手では無く手首を掴んだ。
「行くわよ!」
その言葉が発射台となり、臆人は文字通り浮いた。
引き摺られる訳でも無く、浮いた。
「離せぇぇぇぇぇ!!!!!!! うおぁぁぁぁ!!!!!」
臆人の絶叫がこの学校に木霊する。生徒は唖然とそれを見ていた。
「お待ち下さい!! 金条様!!」
その時、エルリックが叫んだ。
臆人は視界が揺れ動く中、必死に後ろを振り返った。
彼の瞳は少し潤んでいた。きっと、善い行いだと思ったのだろう。彼の"正義"だ。
でも、それは受け取る人によって異なってしまう事に、気付いて欲しかった。
いや、きっと気付くだろう。あんなに優しそうに微笑むのだからきっと。
エルリックはもう小粒程度に小さくなった。
臆人は前を向いた。
***
入学式は滞りなく終わった。
この入学式に置いて書く点があるとすれば、白髪混じりの校長の名前は浮世 幸太郎(うきよ こうたろう)で、 陰険という言葉が似合う教頭の長谷川 太一(はせがわ たいち)という方達がいるという事位だ。
因みに勝手な予想だが、間違いなく教頭は校長の座を狙っている。如何にも狙ってますという顔をしていたので間違いない。
「どういう理屈で物事見てんのよ」
「地の文に突っ込むな!」
明は燃えるような髪を揺らしてふんと鼻を鳴らすと、言葉を続けた。
「で、行くのよね? 寮」
「…………」
「そこで堂々と行くって言いなさいよこの根性無し! あんた男でしょ!」
「しょうがねぇだろ! どんな顔して会えば良いのか分かんねぇんだよ! 」
臆人は溜め息を吐いた。今、二人は寮の入り口の手前で立ち止まっている。というより、臆人が中々入ろうとしない。
二人共、入学式は多量の荷物を抱えながら聞く羽目になったので、明は機嫌が悪い。
臆人にしたって早く荷物を降ろしたい所だが、この中にエルリックがいるかもしれないと思うだけで気が滅入ってしまう。
臆人は小心者だった。
「こんな事なら、あのキナ臭い執事蹴り飛ばさなければ良かったかしら?」
「まあそう言うなよ。普通に助かったし。ああいう時、俺どう対応して良いのかよく分かんねぇし」
不甲斐ないな、と小声で呟いて、臆人は前を見た。いつまでもここで立ち止まっても埒があかない。
臆人は心を奮い立たせて、中へと入って行った。
後ろに明がいるだけで心強いのは、きっと臆人の心が弱ってる所為だろう。
結果は、エルリックはフロントには居なかった。
臆人は、高まっていた緊張をほぐす為に深呼吸して、フロントで手続きをした。
思わぬ所で出会さないように、エルリックがどこにいるか聞こうかと思ったが止めた。
必要以上に関わる事は無い。会ったらその時はその時だ。
因みに部屋は明と隣になった。
これは偶然では無いだろうが、無意味な気遣いである。
家が隣同士の幼馴染が、部屋が隣同士の幼馴染に変わっただけの事である。
当の本人も、特にそこに触れる事は無かった。
「臆人! 荷物を置いたら、直ぐにここのロビーに集合しなさい! 分かった?」
「そりゃまた何で?」
「決まってるでしょ! あそこに行くのよ!」
明の瞳がキラキラと、まるで天に瞬く無数の星のように光り輝いている。
何だか嫌な予感がする。
「あそこって何処だよ? 校舎にでも入るのか?」
「違うわよ! 聞いてない? ここにはね、あの有名な某RPGでもよく利用される施設があるのよ!」
「某RPGって……勿体ぶらずに教えろよ」
すると明は指を一本突き立てた。
「ヒント1、そこはゲームの世界では仲間を交換する場所です」
そして二本目を突き立てた。
「ヒント2、そこはとある有名な麦わら海賊団が空にあるであろう島を見つけるために情報を集めた場所です」
三本目。
「ヒント3、そこはこの世界ではお酒を飲む場所として知られています」
三本目が立った所で、ヒントは終わりのようだった。
ここで、"とある"という言葉を使ってイメージをボヤけさせてるのに、その後に決定的な証拠突き付けちゃ意味無いじゃん、とは言わない方が良いのだろう。
因みにこの三つのヒントで、臆人は答えが分かった。
「……酒場?」
「 正解! あんた、案外やるわね!」
「そうか? 誰でも分かるクイズだと思うけどな」
「そういう事だから早速荷物置いて行くわよ! 時間は待ってくれないんだからね!」
ガシッと、臆人の手首はロックされた。
「待て! 分かった! もう歩けるから!」
「さぁ、今夜は張り切って行くわよ!」
明の耳には、臆人の嘆きは聞こえなかったようだ。
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!!!」
臆人の悲鳴は、茜色に染まりつつある空に溶けて消えた。
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