笹次郎の正義

なんかかきたろう

笹次郎の正義

昔むかしあるところに、正義の雰囲気たっぷりつめた笹次郎という男がおったとさ。笹次郎の正義の雰囲気というのは、それはもう正義の雰囲気で、村のみんなも感心しきりだった。どれくらい関心していたかというと、笹次郎の正義感という言葉が村のパワーワードとして知られているくらいなのであった。村人は笹次郎を敬い、笹次郎は村人に正義をお裾分けする。そんな生活がこの村で送られてきていた。

 ある日、笹次郎が表へ出ていくと、まあまあの人数の村人が井戸を囲んで話し合っているのを見つけた。どうやら穏やかではない様子で、正義の雰囲気の笹次郎はそれを敏感に察知して村人たちの下へ駆け寄った。

「やあやあおはよう、いったいどうしたっていうんだい?ほらほら、空を見てごらんよ、こんなに晴れてら。どうだい、この青空の下、お結び食べていっちょ昼寝でもしゃれこまないかい?」

 村人たちは話し合いを続けている。どうやら議論が白熱しすぎて笹次郎の声が聞こえていないようだ。仕方のなくなった笹次郎は、村人たちの話を聞いてみることにした。議論の内容は、村唯一の井戸になんの装飾を施すか、とうものらしい。

 「だから、太陽をちりばめていくことに決めたじゃないか。太陽の偉大さを、水をくむたびに再認識できる。こんな素晴らしいことはないじゃないか。」

村人が大声をあげた。

 「昨日の話し合いではそうなったが、やはり雨の象徴であるアメフラシにしようとなったんだよ。」

別の村人がいった。

 「なんで勝手に決めるんだ。」

 「それはそこにお前たちがいなかったからだ。」

 言い合いが熱を上げてきている。何とかしなくてはと思ったが、村人たちの表情は真剣そのものだ。私の正義が通じるだろうか。ええい、やってみなくては仕方がない。私が正義なのだ。笹次郎が手を挙げる。

「おいおい、君たちの言い分はよーくわかった。君たちが井戸を大切にしていること、ひいてはこの村を大切にしていること。この笹次郎よーくわかった。しかしだね、そのことはもういっそのこと忘れてしまうってのはどうだろう。みんななかよく村歌でも歌ってさ、酒でも飲んでさ、愉快にやってみるってのはどうだろう。」

 「笹次郎、子供たちの相手をたのむよ。」

 村人は飛び切りの笑顔で笹次郎に言った。

「そ、そうか。そうだよな。子供は村の宝だからな。よーし任せろ。子供たちのことは俺に任せろ。きっといい時間になるぞ。」

笹次郎はそういうと、そそくさとその場を去った。

 「いいかい、村の宝たちよ。」

笹次郎が子供たちと輪を囲んで講釈している。

 「自分以外のことを考えるんだ。他人を敬うことこそがこの世界で最も尊くて素敵なことなんだ。自分以外の人生を感じること。自分の人生のように他人人生を感じること。自分以外の生命の幸せを、自分のことのように祈るんだ。」

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笹次郎の正義 なんかかきたろう @nannkakakio

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