喪えないもの

あれからどれ位経ったのかもう…記憶も皆無

色々なことが沢山やってきては去って行く

頭は思っていたよりも川の流れに従順に出来ているのか嫌でも記憶は薄れてゆく

あなたの顔も声もぼやけてもう曖昧

どんなものだったのかさえ最早思い出せなくなってしまった


まるで一度も面識すら無い赤の他人みたいに


決して無くならない様に

心身問わず焼鏝みたいに

流れる紅い血をも蒸発させる程

あんなにも互いに深く真摯に焼き付けた筈だったのに

あの時間は一体なんだったのだろうか

あなたは一体どれ位私の腕の中に居たのだろうか

自分は一体どれ位あなたの胸の中に抱かれていたのだろうか


沢山喪ってしまった 自分がどれだけ喪ったか忘れる位

どうして自分だけがこうして未だに息をしているのか分からない

それでも…まだ何かの残響が残っている


満天に広がる無数の煌めき 今にも落ちてきそうな位

それ以外は真っ暗な天井

人気の無い中で満ち引きを繰り返す波の音

今日の波は心持ち荒れている

湿気を含み少し肌寒い潮風の匂い

砂浜のざらざらした感触

薄桃色の螺旋を巻き付けた小さな貝殻の破片

粉々になって靴越しに伝わってくるその痛み

顔に浴びた真白な飛沫は 目に染みて 冷たくて とても塩辛かった


懐かしくて狂おしくて尽きない愛慕の情

一見すっかり無くしてしまった様でも

やっぱり…喪えないものがある


否 無くしてしまったからこそ 尚更募るものなのかもしれない

この心も 手も足も頭も 身体も 精神も 今現在ここに私が在るのも

総てはあなたが存在していたから有り得ることだ


たった一つの眩い光となって こんな姿になってしまっても

まだこの心の中では綺麗なままで消えてはいないのだと

目尻に滲む熱いものを掬いながら そう…想わずには居られない

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