第5話
二日目はあっという間に過ぎて、三日目。
私たちは神社の階段を上がっていた。浴衣を着た杏は、ウキウキで階段を上がっていく。一方で私と繁は、杏の後ろから少し離れていた。
「今日、告白しようと思うんだ」
ヒソヒソ声で繁は話した。私はその言葉に、ドキッとしてしまう。ついに、この日が来てしまったのだと私は身構えた。
「花火の時に、二人きりにしてくれ」
「分かったよ」
しかし私には告白を止める勇気はなかった。
階段を上がると、すぐに金魚掬いの屋台が見えた。
「おう、三人とも。今スイカを切ってるんだ。食ってけ」
おっちゃんの声が屋台の裏から聞こえてきた。彼は裏にある台にスイカを乗せ、包丁で切っているところだった。
「よいっしょ」
おっちゃんはそう言いながら、包丁に力を入れた。するとザクっと音がして、スイカはさらに半分に別れた。
「ほら」
とおっちゃんはスイカを私たちに差し出した。私たちがスイカを受け取ると、おっちゃんは持っていた包丁を台に置いた。
「ありがとう。おっちゃん」
私たちは礼を言って、おっちゃんが用意してくれた椅子に腰掛けた。スイカの実はとても赤かった。水分がたっぷり含まれているのか、屋台の明かりが実の表面から乱反射していて、キラキラと輝いている様だった。
私はそのスイカを、シャクリと一口。口いっぱいに果実の甘みが広がっていく。同時に実の水分が、口内を存分に潤した。シャクシャクと実を噛んで砕いていくと、固い異物を舌が感じ取る。恐らくスイカの種だ。私は上手く口内を動かして、紙皿の上に吐き出した。
「おいおい智也。男はなあ、スイカの種を、こうするんだよ!」
モグモグとスイカを食べながら繁は言った。そして繁は、プッと種を吐き飛ばした。吹き飛んだ種は、おっちゃんのズボンの裾にぶつかって地面に落ちた。
「あ、こら! きたねえな!」
当然、おっちゃんは怒った。
「あははは!」
そんな様子を、杏は面白そうに笑った。
「プッ!」
そして杏も、おっちゃんに向かって種を吹き飛ばした。
「わっ! 杏ちゃんまで。行儀悪いからやめろって」
おっちゃんが
私は少し驚いていた。去年の杏は、そんなことをするような子ではなかった。元気はつらつな子ではあったけれど、悪ふざけはしなかったはずだ。
記憶喪失によって、そうなってしまったのだろうか。それとも、記憶喪失でなくても一年経てば、そうなってしまうのだろうか。
いずれにせよ、杏は変わってしまったのだ。私が知らない杏が増えて、私が知っている杏が遠ざかっていく。そんな感覚がしていた。
ふと、金魚すくいの屋台の前を、女子高生二人が横切って行った。男子がどうだとか、浮ついた話をしている様だった。私はその二人がとても醜く感じた。杏も女子高生になったら、そうなってしまうのだろうか。
私は何となく、台に放置された包丁に目をやった。刃先は鋭く、屋台の明かりを反射させていた。
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