第16話 トアの涙
「稲妻(ライトニング)!」
俺はトアと共に王都の近くにある森に来ていた。
とりあえず、飯を食うにも宿に泊まるにも金がかかる。
俺たちはあれからギルドに戻り、俺の現在の階級である。Fランクでも受けられる高報酬の依頼を探した。
さっきは必要ないと言っていたトアだったが、俺が冒険者登録を勧めるとあっさり申請していた。
ステータスは偽装で誤魔化した。俺と比べてトアの場合、異常ではないにしても魔導剣士や魔族、それからあのステータスは何かと問題に巻き込まれやすいだろうと、保険として隠しておいた。
「これが最後の一匹だな!おら!」
ドンッ!――
俺たちはゴブリン退治をしていた。
森に果物を取りに行くと、ゴブリンがいるせいで作業が進まないから追い払ってくれという依頼だった。ゴブリンは果物が好物らしい。
侵蝕を使うべきかどうか迷ったが、ゴブリン程度なら拳で討伐できた。
剣術もいいがケイズさんのように、拳で戦うスタイルもいいんじゃないか?
ゴブリンを討伐する度に、【女神の加護】発動するのだが、低レベルのゴブリンは魔術どころかスキルも持たず、回復薬〈小〉くらいしか持っていなかった。
「じゃあそろそろギルドに戻ろうか?」
モンスター相手だとトアは、怯えるどころか恐ろしいほど躊躇いがなかった。
魔術の扱いも慣れたもので、上級冒険者と言っても過言ではないほどだった。
「そういえば、こいつら消えないな?なんでだ?」
前々から思っていた。
「それはダンジョンの話でしょ?普通に生息してるモンスターは消えたりしないわ」
――だそうだ。
これで一つ。調べる事が減った。
ついでに言うと、モンスターと魔物とでは意味が違うらしい
。さっき俺が魔物という単語を会話の中で出した時、トアがそう言った。
『魔物』は人の言語を話す上に、ある一定以上の知力と強さを兼ね備えているらしく。
ゴブリンのような『モンスター』とは全く違うらしい。
俺たちは戦利品である。『ゴブリンの前歯』を10個、ゴブリンから抜き取り、ギルドへと向かった。
▽
「では確かにお預かりしました。こちらが今回の報酬になります」
俺たちはゴブリン退治の報酬を受け取った。
「とりあえず今日は疲れてるし、さっさと宿を見つけて休もうか?」
トアがあくびをしていたので、そう提案した。
俺は受付で宿を紹介してもらった。
「失礼ですがお嬢さん。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
俺が目を離したすきにトアに近づく男がいた。
「あのすいません。こいつ俺の連れなんですよ――じゃあ行こうか」
「待ちたまえ――」
男からトアを遠ざけ、手を取りその場を後にしようとした時、男はそう言った。
「何でしょう?」
俺はニッコリ笑った。
「見かけない顔だが・・君は冒険者か?」
「はい。今日から冒険者を始めました」
「なるほど新入りか・・ならば私を知らずとも当然か?なるほど、それで?手始めにゴブリン退治か?」
どうやら受付での様子を見ていたらしい。
他人の受付でのやり取りを盗み聞きするというのは、冒険者の性か何かか?
「はいそうなんですよ。じゃあ俺はこれで――」
「ゴブリン退治などという低ランクの任務では大した金にもならないだろう?ん?どうかね?――あなたはそれで満足なのですか?」
やはり目的はトアか。
「私ならばゴブリンなどと言わず、ハンティングウルフやジャイアントスネーク。あのグリズリードの討伐すら可能ですよ?どうせ今夜も安い宿に泊まるのでしょう?どうですか?わたしと来られては?そんな男よりも私の方がよほど――」
「稲妻(ライトニング)!」
その時だった。
トアが男に魔術を放った。
男は黒焦げになり、体から湯気が立ち泡を吹いている。
「えーと・・トアさん?」
「行こ――」
俺はトアに手を取られギルドを後にした。
▽
「ちょっと止まれって・・・・・・・トア!」
トアは足を止めた。
「何で何も言わないの?」
トアは背をむけたままそう言う。
俺はいまいち上手く答えられない。
「言い返せばいいじゃない!そんなに強いんだから・・・」
「強いから怒らないんだ。余裕があるからこそ最善の方法を考えられる。どうすれば騒ぎを起こさずにあの場を切り抜けられるか――」
「そんなこと考えなくていいよ!――悔しくないの?バカにされて!」
トアは振り向き、俺の目を見た。
トアは目を赤くして、涙うぃ流していた。
「私は悔しいよ・・・マサムネが馬鹿にされて・・・」
こいつなりに俺のことを考えてくれているのは分かってる。
そうでなければあんなことはしない。
でも・・・力をもった責任って言うのはあるんだと思う。
俺にとって復讐はすべてじゃない。セラスさんやウィリアムさん、そしてケイズさんという繋がりが出来たように。
それに何よりトアが目の前にいるように――
復讐が終われば、俺にはこの世界での人生が待ってる。
ただそれは力の振り方次第で壊れてしまう。ただし躊躇ってもダメだ。
それを見極める必要がある。
自分のために・・トアのために――
「ごめん・・・・ありがとう。俺のために怒ってくれて・・・」
「・・・・・うん」
「次はなるべく怒るようにするよ、でもヒーラーが強いと違和感があるみたいだからさ、俺も穏便にことを運びたいんだ。出来れば争いは起こしたくない」
トアは分かったと、小さく返事をした。
分かってくれてよかった。
「だったら私が怒る!マサムネのために――」
本当に分かってくれたのだろうか?
でもこれも俺のためなのだろうと思うと、それ以上はいえない。
俺はとりあえず、もう一度「ありがとう」と言った。
「じゃあ・・行くか?」
問題が解決したかどうかは不明だが、俺たちは宿に向かった。
▽
「やっぱりこの肉は何度食べてもおいしいなー」
「うん――」
俺たちは宿で晩御飯を食べていた。
テーブルに置かれているのはワルスタインの肉だ。
「これまでもワルスタインの肉は食べたことあるんだろ?」
「ないわ。ターニャ村で食べたのが初めてよ」
ん?ワルスタインの肉はこの辺りでしか食べられないのか?
そういえば魔族はカルテア大陸に住んでるとかシャロンさんが言ってたっけ?
それと何か関係あるのだろうか?
「お城では何を食べてたんだ?」
「分からないわ。出されたものを食べてただけだから、でも一度だけ母様にこれは何?って聞いたことがあるの、そしたら魔力を高める効果のある食べ物だって」
どうやら具体的には教えてもらえなかったらしい。
それにしても聞けば聞くほど不思議な話だ。
魔力を高める食べ物とは何なのか?そんなものがあるのだろうか?
あるなら是非食べてみたい。
「カルテア大陸には一度行ってみないとダメだな?トアのいた城もそこにあるかもしれないし」
トアは「食べないなら食べてもいい?」と、またワルスタインの肉を食べていた。
「絶対このお肉を食べてる方が強くなれるわ。だってこのお肉のためにまた頑張れるもの」
「そうか――」
明日は今日よりもう少し任務をこなす必要がある。
今日はシャロンさんが握らせてくれた分のお金もあったから何となったが、明日はそうもいかない。
「じゃあそろそろ部屋に戻るか?」
今日はもう寝ることにした。
部屋には簡易的なお風呂があった。
シャワーはなかったが、浴槽があっただけマシだろう。
低価格でお風呂付の宿は少ないらしい。
この手の宿は直ぐ冒険者で満室になるらしく、俺たちは運が良かった。
「俺は床で寝るから、ベッドはトアが使ってくれ」
ベッドは一つしかないので仕方がない。
レディーファーストという考え方がこの世界にあるかは分からないが――
「反対側で寝ればいいじゃない。私はこっち側で寝るから」
何?そんな考え方があったのか?
「ほら早く、風邪を引くわよ」
「俺は寝相があまりよくない。だから・・・」
「別に構わないわ。私はマサムネを信用してるから」
信用してる?まてよ・・・トアはどっちの意味で信用しているのだろうか?
前にクラスの女子がこう話しているのを聞いた。
“『あいつ何もしてこないで朝まで寝てやがったのマジ意味わかんないんだけど』”と。
いや・・トアは箱入り娘で、あいつらは貞操観念が崩壊したビッチだ。
比べるなど言語道断。しかし、こういったことは男性から行かなければいけないと聞いたことがある。
分からん。深すぎて分からん――
“信用”とはなんて深い言葉なのだろうか。
そんな理屈とは別に、俺は堪えられるのだろうか?あの甘い香りに――
「ねえ何やってるの?寝ないの?」
「寝ます!寝ます!」
俺はトアに言われるがまま、ベッドに入った。
大丈夫寝るだけだ。
目を瞑れば誰だって寝られる。常識だ。
「・・・・・・・・・・・・・」
寝られん!まったく寝れる気がしない。
「ねえもう寝た?」
「いえまだ起きてますよ!」
声が引き攣っている。
客観的に見なくとも今の俺は格好悪いということが分かる。
「私・・・お城ではいつも一人だった。父様と母様は夜まで帰らないし、姉様はずっと返ってこないし、話し相手って言えばピクシーくらいしかいなかったから・・・毎日寂しかった」
唐突にトアがそう言った。
「でも今は寂しくないわ。マサムネと一緒だから・・・」
トンッ・・・
背中にトアの手が触れた。
その時、トアの言っていた“信用”の意味みたいなものが、俺の中に流れてきたような気がした。
「おやすみ・・マサムネ」
「おやすみ・・・トア」
俺は気づくと眠っていた。
▽
コンッコンッコンッ!
「すいません!ニト殿はおられますか?」
コンッコンッコンッ!
俺は部屋のドアを誰かがノックする音と共に目を覚ました。
「んん・・どうしたの?」
トアも目が覚めたみたいだ。
俺はベッドを下りて、ドアを開けた。
「おはようございます。ニト殿――」
そこに立っていたのはシエラさんだった。
「おはようございます。シエラさん、どうしたんですか?こんなところまで」
「いえ、ニト殿に剣術をお教えしようかと思いまして」
そういえばそんなこと言ってたっけ?
俺たちのことはギルドで聞いたらしい。
「そういえば、トア殿の姿が見えませんが・・」
「どうしたの?マサムネ・・・」
トアが目を擦りながら、こちらに歩いてきた。
「なっ!」
シエラさんはトアの服装を見るなり言葉を失った。
――しまった。
短パンに乱れたシャツ。
「ニト殿・・・・あなたという人は・・・」
――パンッ!
シエラさんの手が俺の左頬に強く当る。
何故、朝から部屋の前で頬をしばかれなければいけないんだ?
「あなたマサムネに何するの!稲・・・妻の・・」
「おいおい落ち着けってトア!シエラさんも誤解ですよ――」
トア・・・お前今なにをしようとしてたんだ?
何か足元が光ってたけど・・・
前に『龍の心臓』とかいう組織に俺を引き込もうとした男が、バカでかい火を出した時にも、これと似たような光を見た。
だが俺が止めたからか、光は直ぐに収束した。
俺は背筋に何かぞっとするものを感じたのだった。
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