二人の勇者 1

 コウとフシギはある村にいた。そこはのどかな場所だった。人口も少なく、少し歩けば村のすべてをまわれるくらいのところだった。ここで暮らすのもありかと、コウは思った。


「だめですよコウさん。そんなこと考えたらコウさんには変える場所があるわけですし」

「そうだったな」


 二人は村で唯一の酒場で、のんびりしていた。カウンターに座り、優雅なひとときを過ごす。これまでが激動の日々だったので、たまにはこんな日もあっていいだろう。


「それにしてもこれまで色々なところを旅してきましたが、こんなに小さな村は初めてですね。牛や羊があんなにたくさんいるのを私はじめてみました」

「同感だ」


 たわいない会話をしていると、カウンターでマスターらしき人が二人に話しかけてきた。


「旅人さんでしたか。いかがですかこの村は」

「わるくない」

「それはよかった。それにしても旅人だなんて、いったい何を目的としてるんですか? やっぱり流れに身を任せてみたいな感じなんですか?」

「いや。魔王を倒すために旅をしてるんだ」

「魔王――ですって?」


 マスターの声が急に物々しいものに変わった。不思議に思い、コウがマスターをみると、彼は怪訝そうな顔をしていた。


「失礼ですが旅人さん。もしやあなたは勇者ですか?」

「あぁ」

「は! なにを馬鹿なことを! ホラを吹くのはたいがいにしてくださいよ」

「どういう意味だ」

「偽物の勇者にはなにも教えるつもりはないね」


 マスターはふんと鼻を鳴らすと、そそくさと二人から離れていった。


「なんだ?」

「どうしたんでしょう。急に怒りはじめましたけど……勇者のくだりからですね」


 二人は顔を見合わせて首をかしげた。そのとき、二人の間に影が落ちた。振り向くとそこには一人の大柄な男がいた。不機嫌そうな顔をしていた。


「なぁ、お二人さん。酒がまずくなるから出ていってくれないか? あんたらなんか顔すらみたくない」

「理由を教えてくれないか?」

「嘘つきに教えることはなにもないな」


 マスター同様、鼻を鳴らすと、彼は自席に戻っていった。


 コウは改めて酒場を見渡した。するとさきほどまで楽しそうに話していた酒場の人たちがまるで汚物でも見るかのような目でこちらを見ていた。

 二人は居づらくなり、酒場から出ることにした。


「いったいどうしたんですかね。あんなに大勢の人たちが目くじら立てて怒るなんてよっぽど嫌な気分だったのでしょうね」


 家と家の隙間にもう一軒家が建つような隙だらけの道を、二人は歩いていく。真上に昇った太陽が心地よく二人を照らす。通りは昼飯時だからなのか農作に勤しんでいる人が多いからなのか、そもそも人口が少ないからなのか、がらんとしていた。


「そうだな」

「もしかして勇者嫌いなのかもしれません。それか魔王好きとか。よくいませんか。ヒール役が好きな人って」

「ならいいが」

「いいんですか?」

「あぁ」


 コウにとっては周りの人間が勇者好きであっても魔王好きであっても興味はない。


「けっきょく俺は勇者だからな」

「なるほど。やることは変わらないというわけですね」

「そういうことだ」


 家の並びが適当な雑多な道を二人が歩いていくと人だかりがみえた。そのほとんどがフシギと同じくらいの子供だった。


「私より一つくらい年下の子供たちがなにやら目を輝かせながら集まってますね」

「そうだな」


 子供たちはまるでこれから戦隊もののショーでもみるかのようだった。


「ふはははは! そう急くなよお前ら! 握手ならしてやるからさぁ! ったくよぉ!」


 おそらくその人だかりの中心から、そんな声がした。嫌々だが嫌々じゃない――そんな言い方だった。


「ったくこれだから勇者は人気者だから困るなぁ! ふはははは!」

「勇者?」


 コウはその人だかりを通り過ぎようとしたのだが、勇者というフレーズが耳に入り、歩みを止めた。


「行ってみますか?」

「あぁ」


 二人は群がる子供たちをかきわけ、その少年を見た。


 その少年はとにかく鼻が高かった。髪は黒く小柄で、青を基調とした服を着ていた。とてもきれいで、コウとは大違いだった。


 少年は訝しげにコウをみた。


「ちょっとそこの君さぁ! こんな小さな子供をどかして最前列に来るとかどういう神経してんの! うけんだけど! なに? 俺の大ファン? ならさぁ――」

「お前は勇者なのか?」

「そうに決まってんじゃん! え? なに? それも知らずに来たの? まじうける! まじうぇーい!」

「……頭大丈夫か、おまえ」

「それはお前っしょ! 子供どかしてこんなとこに来てんだからさ! あ、ちなみにサインは金取るからな。お前は二倍。握手はしかたねぇからタダな。ほら早く行けよ」

「私はどうですか?」

「お嬢ちゃんは――うん? うん!?」


 少年はフシギを見て、目が取れそうになるくらいに見開きながら驚いた。そしてさっと振り向いた。


「お、お前って双子だったのか?」

「どうしたんですかセイギさん。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。あら?」


 セイギと呼ばれた少年の後ろからでてきたのは――フシギだった。


「うん?」


 と思ったが違った。決定的に違うところがあったからだ。それは髪の色だった。フシギは空色だが、その少女は雲のような真っ白な髪をしている。


「はじめまして。私はオカシといいます。お二人の名前はなんいうのですか?」


 喋り方もそっくりだった。髪の色が同じだったら間違いなくどっちがどっちだかわからないだろう。


 コウとフシギは自己紹介をした。


「こちらは勇者のセイギです。ね? セイギさん」

「あ、あぁそうだ! 俺は勇者のセイギだ。握手はしないぞ! 並んでからだからな。ていうか本当に似てるな。双子じゃないのか?」

「いえ。双子ではありませんよセイギさん。私も驚いてるんですから」

「そうなのか? そんな風にはみえないが」

「そんなことはどうでもいいのです。それより子供たちが困ってますよ、セイギさん」

「あ、あぁそうだったな。おいお前! ちょっとそこで待ってろ! こいつらを捌いたあと話がある!」

「わかった」

「け! 無口な野郎だな」


 セイギは仏頂面で言い捨てたあと、笑顔で子供たちのところへ戻っていった。その変わり身の早さには素直に驚くコウだった。


 ふとコウはフシギをみた。


「どうしたんですか?」

「双子じゃないのか?」

「あんなのは双子なんかではありませんよ」


 二人は四十分ほど待たされた。ここまでかかるとは思っていなかったので立ち疲れてしまった。セイギは謝りもせず話をしてやるのだから当然だと言った。


 そしてセイギは立ったまま話し始めた。


「おいお前! ふざけんなよ」

「なにがだ」

「いくら俺が好きすぎるとはいえ、そこまでしなくたっていいだろうよ! どうやってその子を見つけ出したんだ? きっとお前はオカシのようなかわいい相棒が欲しくて見繕ってきたんだろうがこれはやりすぎだぜ。整形でもさせたのか?」

「いや」

「ならどうしてこんなに似てるんだ! 答えろ!」

「さぁな」


 コウは本当に知らないのでそう言ったのだが、馬鹿にしてるのだと勘違いしたらしく、セイギは憤り始めた。


「まぁまぁ落ち着いてくださいセイギさん。それよりお二人はなにをなさっているのですか? みたところ旅人のようにみえますが」

「そうだ」

「旅人なのですね。失礼ですがなぜ旅を?」

「魔王を倒すためだ」


 その瞬間、セイギが気持ち悪そうな顔をしてコウをみた。そして破顔した。


「こりゃ傑作だ! 俺が好きすぎてこいつ自分を勇者だと思ってやがる! あほだ! なんだこいつは! きもすぎる!」


 セイギは道で笑い転げた。それを村民は温かい目でみつめていた。


「おい聞いたかこいつ! 勇者だってよ! この世界に勇者は一人しかいないんだよ! なぁ!」


 するとセイギに同調するように村民が寄ってたかってコウを嘘つき呼ばわりする。その目は酷く冷たいものだった。そして――大小様々な石をコウに向かって投げつけた。


 けれどコウは怯まなかった。臆しもしなかった。コウはじっとセイギをみつめていた。


「セイギ。このさい勇者がどっちだってかまわない。だが、俺が魔王をたおす」

「は! お前なんかに魔王が倒せるわけないだろ! 俺が倒すんだ! なぁオカシ」

「はい。セイギが魔王をたおすのです。そのように決まっています」


 それに食ってかかったのはフシギだった。


「魔王をたおすのはコウさんですよ」

「小さいほうは黙っててください」

「それはブーメランですよ」

「私はセイギさんに言われて話しているだけです。ですがあなたは勝手に喋っている。物語の邪魔なので引っ込んでてください」

「……そうですね。失礼しました」


 そう言ってフシギは身を引いたわけだが、その髪がメデューサのようにうねうね蠢いていたのは、みなかったことにしたほうがいいのだろう。


「なんだよそっちのは低能じゃないか! お似合いのカップルだ。ま、精々俺という虚像に縋りついているといいさ。じゃあね、偽物勇者」


 セイギとオカシは、勝ち誇った顔でその場を立ち去った。気づけば取り巻いていた村民もどこかに消えていた。


「大丈夫ですかコウさん? けっこうボロボロになっちゃってますけど」

「まぁな」


 コウは頬や額から垂れてくる血を拭った。血は想像以上に流れていて、てのひらが真っ赤に染まった。


「それにしても、あのオカシという少女はなんなんですか」

「……」

「あのどこか高みの見物でもしているかのような口調に、なにもかも知っているような無粋な態度。頭にきますね。ああはなりたくないです。ほんと、消し去ってやろうかと思いましたよ。ねぇ、コウさん」

「……そうだな」


 二人は宿屋を探した。どこもいれてくれなかったが、唯一おんぼろの宿屋ならいれてくれた。二人は感謝し、そこに泊まった。

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