三元素通り 7

 街に着いたころには日が暮れていた。夕日が顔を出し、街を薄ぼんやりと照らしている。


 街はいまだ人通りが少なかった。きっと正式に火山の心配がなくなるまで、人通りが元に戻ることはないだろう。


 二人は街の長の家へと向かった。ちょうど夕飯の支度をしていたらしく、半ば強引に夕飯をごちそうになった。その最中にコウは街はもう火山の噴火を恐れなくていいと告げた。長は諸手を挙げて喜んでくれた。


 街の長には明日ここを出ることを告げた。けれどそのさいの見送りはいらないと言った。長は不服そうだったが渋々了解してくれた。


 二人はすっかり夜になった道を歩いていた。


「明日にはここを出るなんて早すぎませんか? もう一日くらい居てもいい気がしますが」

「いや、明日ここを発つ。それにもう一泊してもすることがない」

「そうですか。まぁ、私的にはどちらでもいいんですけどね」


 ならどうして聞いたのだろうか。その理由を聞こうとして、コウはやめた。そんなことをしても意味はない。


 二人が武器屋に戻ったとき、彼女の母親が心配した様子で出迎えてくれた。コウが事情を話すといちおう納得してくれた。


 コウは部屋に戻って夜のとばりがおりた街並みを窓から眺めていた。


「この景色をみるのも今日が最後だな」


 もうみんなが寝静まってもいい頃合いだが、まだ灯りが点いている家が多い。コウは眺めるのを終わりにして、床についた。明日も朝は早い。


 朝方、門の前には二人の姿があった。街の長に言ってあった通り、出迎える人たちはだれひとりとしていなかった。


「さ、行くか」

「そうですね」


 コウは街にくるりと背を向けた。そして一歩を踏み出そうとして――


「待ちなさいよ」


 既視感のようなものを覚えながら、コウは振り向いた。


 そこにはあの少女がうつむきながら立っていた。鷹のように鋭い目は、いまは前髪に隠れてみえない。


「なんだ?」

「あんたたち、もう行くの?」

「あぁ。世話になったな」

「別に私が世話してたわけじゃないし」と、彼女は吐き捨てるように言った。

「そうだったな」

「うん……」


 そこから互い沈黙した。


「じゃあな」


 コウは少女に背を向けて歩き出そうとした。


「待って」


 すたすたと歩く音が聞こえた。


「なん――」


 とつぜんなにかがぶつかってきて、コウの体勢が崩れそうになる。コウは全身に力を入れて踏ん張った。倒れたら格好がつかない。


「ねぇ、コウ。あんた魔王を倒したらどうするの?」

「さぁな」


 そんなの魔王を倒してから決めても遅くはない。


「魔王を倒したら、この街に住みなさいよ」

「……まだわからん」

「いいからそう言いなさいよ」

「約束できないことは約束できない」

「約束は忘れたくせに?」

「それはすまないと思ってる」

「ほんと?」

「あぁ」


 一瞬の静寂。


「今度はなにも約束してくれないの?」

「一つだけある」

「え、あるの?」


 ここで初めて彼女は顔を上げた。彼女はコウを上目遣いでじっとみつめていた。


「なに?」

「……言わなきゃだめか?」

「あたりまえでしょ! 片方がなにも知らない約束なんて辛いだけよ!」

「……そうだな」


 コウは観念した素振りをみせた。


「俺がこの街に住むことは約束できない。だが――」


 コウはここで初めて照れたようなしぐさをみせた。


「お前をもらうことだけは約束しよう」


 その瞬間、弾けるような歓声と拍手がコウと彼女の元へと降り注いだ。


 コウはいったいなにが起きたのかわからなくて、あたりを見渡す。そこには家の窓やベランダや庭や路地裏やマンホールの下や庭などたくさんの人の顔がみえた。


 次にみえたのが少女の快活な笑みだ。


「サプライズ大成功! 驚いた? 長から話はすべて聞いてたのよ」


 すると長が二人の前に顔を出した。あはは、とはげた頭をかいて申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「いやすまんの。つい口が滑ったらこのありさまじゃ」

「なるほど」


 コウは素直に驚いていた。思うように言葉が出てこない。


「コウさん、お礼」と、フシギが言った。

「そうだったな。ありがとう。驚いたが嬉しい」

「私も同じくです」

「そうかそうか。それはよかった。それよりビジョ、いつまでくっついとるんだ」

「あ」


 ビジョと呼ばれた少女は、今の体勢に気がつき顔から火を吹きだして勢いよく離れた。不思議とコウは手を伸ばしていた。


「なぁ」

「え、な、な、なによ! ていうかあんまりこっちみないでよね恥ずかしいから」

「名前、ちゃんと教えてくれないか?」

「……ゼセーノ=ビジョよ。覚えておきなさい」

「わかった」

「次忘れたら殺すから」

「あぁ」

「ならこれも約束しましょ。そ、そういえば一番最初の約束ってなんだったかしら?」

「さぁな」

「なによ、ケチ」


 ビジョが口をとがらせた。ほんの少しかわいくみえた。


「ではコウさん、そろそろ行きましょう。甘い言葉の投げ合いはもうお腹いっぱいです」

「わるいな、フシギ。待た――」

「あ、ちょっとまって!」


 そこにビジョが待ったをかけた。フシギがすごい嫌そうな顔をする。


「まだなにかあるんですかビジョさん。もうみせつけるのはやめてくださいよ」

「う、うるさいわね! あるんだからしょうがないでしょ! すぐに終わるわよ!」


 ビジョはポケットからなにかを取り出し、コウに強引に持たせた。


「あげる」


 コウは手を開けて確認してみる。それは小さなお守りだった。巾着のような形をしていて、中になにかが入っている。鈴も付いていた。コウはそれをぎゅっと握った。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 ビジョは顔をそらした。その様子に、コウは薄く笑う。そしてフシギの方を向いた。


「すまないな、フシギ」

「いえいえ。こういう展開も物語にはつきものなのですよ。コウさんはとくに」

「どういう意味だ?」

「物語を惹きつける。これはすなわち人を惹きつけるんですよ」

「なるほどな」


 コウは門の前に立った。フシギはいつものように隣に立つ。


「さあ行くか」


 門が開いていく。なんだか自分の心みたいだと、コウは漠然と思った。


「いってらっしゃい、コウ」

「あぁ。行ってくる」


 そう言うと、街のみんなは賑やかしながら手を振った。コウも軽く手をあげた。


 そして前を向く。


 コウの目にはもう、さきほどの優しい目は消え去っていた。そしてぽつりつぶやく。


「いよいよだな」


 二人は始まりの街をあとにした。

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