Susan
くるくま
Susan
春ののどかな日。道では赤ちゃんを連れたお母さんが歩き、公園のベンチではおじいさんが休んでいる。そんな町の一角の中学校では、今日も子供たちが黒板に向かって授業を受けている。
-Susan is the prettiest girl in the class.
黒板に書かれた一つの文章。
先生は、クラスの中の子供の一人を指名し、
「それでは、この文章を日本語にしてみてください。」
「スーザンは、クラスの中で一番かわいい女の子だ。」
「はい、その通りです。よくできました。」
その教室の窓際に座る少年。この少年は、いまの今まで他ごとを考えていたのだが、さきほどの生徒の解答に、心を引き戻された。
「Susan is the prettiest girl in the class、か。スーザンはクラスの中で一番かわいい女の子だ。スーザンはクラスの中で一番かわいい、スーザンはかわいい。」
さきほどの例文は、この少年を現実世界に一瞬引き戻したが、少年はまた自分だけの世界に戻って行ってしまう。
「スーザンはかわいい。スーザンはかわいい。スーザンって、どんな女の子だろう。きっと僕が今までであって来た女の子よりも飛び切りかわいいんだろうな。スーザンにあってみたいな。どこにいるんだろう。」
少年が再び現実世界に引き戻されたとき、それは放課後のホームルームが終わって、みんながもう帰ろうとしているとき。少年も早く帰ろうと、荷物をまとめ、一人家路につく。
彼はいつも一人で帰る。学校では、部活もない。友達もいない。ただまいにち学校に歩く。授業を受ける。昼ご飯を食べる。授業を受ける。家に帰る。
「ただいま」
家に帰ってリビングを突っ切り、自分の部屋に入る。
机に向かって、ただ考えるのはスーザンのことだけ。
「ああ、どこに行ったらスーザンに会えるのだろう。会いたいな。会いたいな。」
「夜ご飯にするよ」
少年に母親が声をかける。
「はい」
少年は返事をして食卓に着く。食卓でも考えることはスーザンのことだけ。
のんびり、のんびりとご飯を食べながら、考える。
「どんな家に住んでいるんだろう。食べ物は何が好きなんだろう。僕と同い年かな。」
夜ご飯を食べる少年は、心ここにあらず。それでも母親は気にしない。いつも、そうだから。
いつも、なにか考え事をする少年。何を訊いても「はい」と「うん」。それでも、大切に、大切に少年を育てるお父さんとお母さん。ただ一人の息子、一人息子。
「ごちそうさま」
ご飯を食べ終わる少年。
お風呂に入りながら、考えるのはスーザンのこと。
「きっと英語が話せるんだろうな。理科は好きかな。音楽は好きかな。」
部屋に戻って、机に向かって考えるのもスーザンのこと。
「アメリカに行けば会えるかな。贈り物は何がいいかな。どんなものに喜ぶんだろう。」
しんしんとふける夜。
「もう夜よ。そろそろ寝なさい。」
「はい」
ベッドに入っても、考えるのはスーザンのことだけ。
「会ったら何を話そう。僕の英語は通じるかな。」
かちこち、かちこち。同じ場所を、さも始めて通るかのように回り続ける、時計の針。
「ああ、もうすぐ会えるよ、スーザン。ああ、スーザン。僕のスーザン。」
夜が明けて、朝を迎える町。
「行ってきます」
家から出て、いつもは右に曲がる交差点。今日は左に曲がる少年。
少年の部屋の机には、一枚のメモ帳。
「スーザン、いま会いに行くからね」
Susan くるくま @curcuma_roscoeana
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