「は?聖女とか無理なんですけど」 「大丈夫です。うちの聖女はお色気担当なので」
京高
「は?聖女とか無理なんですけど」 「大丈夫です。うちの聖女はお色気担当なので」
「あなたには聖女になってこの国、さらにはこの大陸を巡ってもらいます」
異世界に転移した私に向かって担当官が言った第一声がこれだ。
ちょっとちょっと。十代の生娘じゃあるまいし、二十歳を超えていい感じに肉付き熟してきた大人の女に依頼する内容ではないと思うのだけれど。
しかも私は夜の街でいわゆるお水の仕事をしているのだ。清らかさの象徴といった『聖女様』とは縁遠いはずだ。
メタな言い方で申し訳ないが、そう思って口を開いたところで返ってきたのがタイトルの台詞である。
……ふむ。お色気担当ね。それならまだやりようはあるかもしれない。
という訳で詳しく聞いてみたところ、なんでもこの国――イチ王国という名前とのこと――には勇者と聖女の二人組による魔王討伐の伝説が残っているのだが、実は時の権力者たちによって良いように改竄された代物であるらしい。
「一応、勇者も聖女も実在の人物ではあるのです。ただ、まあ、伝承とは随分と異なっていまして、二人が目立つ形で各地を回っている隙に、本命の部隊が魔王軍を強襲して戦力を削いでいき、自滅に近い形で魔王を倒していたようです」
何とも歴史の裏側を感じるような話よね。
そして目立つために聖女の女性が行っていたのが、あちらこちらの街で恋の花を咲かせては浮名を流すことであったそうだ。
多分に本人の気質が影響していたように思えるのは私だけだろうか?
ちなみに勇者の方は、民衆に向かって各地で大言を吐いたり、魔王軍関連のお願いを安請け合いしたりしていただけだったみたいね。
「そして数年前からこの大陸の中央にある死の山脈に『真・魔王軍』を名乗る一団が拠点を築いて暴れ回っておりまして。ならばこの故事に従って再び魔王を退治してやると我が王が乗り気になっているのですよ」
全くもって色々と傍迷惑な話である。
余談だがこの大陸には三つの国があって、魔王を倒すためそれぞれの国に伝わっている伝説に沿った形で準備を進めているらしい。
「ニー共和国は『百の英雄』たちによって魔王軍を返り討ちにしたという伝説があるそうで、現在首都でその百人を選抜する大闘技大会の真っ最中だそうです。サン帝国は大陸統一を成し遂げた覇王の伝説を持ち、その源とされる『剛力と英知の宝珠』探索が国を挙げて行われているとか」
協力し合う方が良いように思えるのだが、どこの国も自信過剰なのか自国のみの戦力で大丈夫だと思っている節があるそうだ。
既に各国の権力者たちは魔王を倒した後の主導権争いにばかり目が向いてしまっているのだろう。
それにしても、どこの国も過去の栄光に期待し過ぎなんじゃないの?通用しない可能性を考えていないのだろうか?
その中ではイチ王国の囮作戦はまだ現実味がある方なのかもしれない。当事者の聖女に抜擢されていなければ評価できたのだけれどね……。
「もちろんタダでとは言いません。協力して頂けるのであれば、魔王討伐後に元の世界に帰る方法を探すことをイチ王国として約束しましょう」
問題はこれだ。
いきなり人の居る前に転移させられたから、てっきり召喚だとかそういうもので呼び出されたのかと思いきや、そうではないという。
私の異世界への転移自体は突発的な事故のようなもので、担当者はその予兆を見つけ出して私をこの場へと引き込んだだけだそうだ。放っておけば転移先が人里離れた草原や魔物ひしめく森の中という可能性もあったので、担当官にはグッジョブと言いたい。
とはいえ、それ以上のことが期待できるのかと言えば、はっきりって微妙なところだろう。
微妙ではあるのだが、帰ることができる可能性があるのであれば、やはりそれに縋りたいとも思う。碌でもない社会の碌でもいない人生だったけれど、あちらの世界に未練がない訳ではないのだから。
「分かった。どこまでできるのかは分からないけれど、聖女のお役目を引き受けてあげるわ」
と、このようになし崩し的に私は異世界の大陸二人旅に出発することが決定した。
そしてその相方がこちら。
「聖女様、こちら今代の『勇者』となる王子殿下にあらせられます」
「よろしく頼む」
あらあら、王位継承権第七位の味噌っかすな末っ子王子様じゃないの。嫁いでいなくなる可能性が高い姉姫たちよりも継承権が下、と言えば上層部からの評価の低さを理解してもらえるだろうか。
顔合わせまでの数日間で必死に集めた情報によれば、確か腕っぷしの方はともかくお頭つむの方はさっぱりな脳筋仕様の残念王子であるらしい。
しかも得意だと言われている剣の腕の方も、実は騎士たちのお接待に気が付かず図に乗っているだけという体たらくだそうだ。
え?どうしてそんなことまで知っているのか?
お水社会で鍛えられた情報収集能力をなめんな。お客様の気を緩ませるためにスムーズでテンポの良い会話は欠かせない。そんな話題作りのためにも、情報とそれを活用するための知識が必要になってくるの。
更に言うならば、あそこは表と裏の社会の境界線上にあるような場所なのだ。表沙汰にできない出来事などよくある事で、犯罪まがいの事件だってそれなりに起きていたりする。
自身の身の安全を守るためにも、確度の高い情報を集める能力は必須なのよ。
出来の悪い相方を宛がわれたことで、囮は囮でも被害が出たり死ぬことを前提とした捨て駒にされるのではないかという不安が胸の中で渦巻く。
「ご安心を。殿下は我が国の民だけではなく、他国の民衆からも親しまれておりますので」
そんな胸中を察したらしく、担当官がこの人選の理由を説明してくれた。
そういえば玉座に座れる可能性は低いためか、国内を巡っては人助けをしているとも聞いたことがある。「どこかの御隠居様か」と脳内で突っ込んだ覚えがあるので間違いないはずだ。
実際は公権力側を断罪することもなければ、国や王家のイメージアップとして上層部から良い様に使われているだけのようではあるが、それでも民衆からの人気があるというのも本当のところだ。
勇者様としてまつり上げるには最適な人物だと言えそうだ。そして、そこまで大々的に送り出すのであれば、簡単には見捨てたりはできないだろう。
「ん?何の話だ?」
「殿下のこれまでの行いは、皆にしっかりと評価されているということでございます」
「ほう。そうか!」
当の王子様本人はよく分かっていないようであったけれど。
しかしこの担当官、王子様が相手だというのにナチュラルに煙に巻いたわね。まあ、別に嘘はついていないのだから問題はないのかしら。
ただ、本当に二人旅になるのか、それとも陰ながらサポートをしてくれるような優秀な人たちが密かに付いてくるのかは確認しておいた方が良いだろう。
場合によってはそういう人たちと連絡を取り合って、民衆からの頼まれ事を上手く解決する必要に駆られるかもしれないもの。
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顔合わせが済むと、あれよあれよという間に旅立たされてしまった。
その出立に際して、王都の大通りを勇者様と一緒に屋根のない馬車に乗せられて、見世物にさせられた恨みは一生忘れないわよ。延々と微笑みを浮かべていなくてはいけなかったから、顔が引きつって固まってしまうかと思ったわ。
ああ、サポート役がいるのかどうかについては、担当官から何とか聞き出すことができていた。
と言っても、固定の人員が割り振られている訳ではなく、その地方ごとに対応を任せてあるという杜撰なものだったのだけれど。
同行者である勇者様こと末っ子王子様だが、腐っても王族ということなのか下手に手を出してくるようなこともなく、しっかりと淑女レディとして扱ってくれていた。
この点に関しては正直高得点だったのだが……。
いかんせんその他が悪過ぎた。前評判どころかその上をいく程の酷いお頭の出来であり行く先々で民衆に大言を吐くだけならまだしも、何でも簡単に安請け合いしてしまい、騒動や事件に次々と巻き込まれてしまうのである。
それでも、武力で解決できることはまだマシだったかな。騎士たちには及ばないにしても一般人に比べればはるかに強く、そこいらに生息している並みの魔物程度では危なげもなく勝利できる腕前を誇っていたからだ。
もっとも、所詮はその程度なので並み以上の魔物が出てきて死にかけてしまった、ということも多々あったようではあるが。戦力皆無の私は街や村に居残りとなるので、後からそれらの話を聞かされるのが常だった。
サポート役の皆々様、本当にご苦労様でした。
一方で、揉め事の仲裁や話し合いといった頭を使うことになると、使い物にならないどころか居るだけ邪魔というレベルだった。
そしてそうした問題事は大抵街中で起きるものである。つまり、基本的に私が一緒にいる状況で持ち込まれることになるのだ。何度その尻拭いに奔走させられたか分からなくなってしまった程だ。
もしかすると無能を装っているだけかもしれない、などと安易に考えていた出立前の自分を叱りつけてやりたい気分である。
結果的には勇者だけではなく聖女の評判も上がったらしいので上出来の部類に入るのだろうが、その過程のことを思い出すと素直に喜ぶことができなくなってしまうのだった。
ついでと言っては何だが、私のことも報告しておこう。
担当官から指示されていた通り、逗留した町や村で恋を振り撒き、愛を与えて回った。異世界ということで病気が怖いから本番は避けていたけれどね。
元の世界で鍛えた手練手管を用いれば、十分に翻弄することができたわ。
聖女ということで肝心な部分は守らなくてはいけないのだ、と勝手に解釈して納得してくれることもあったので説明や説得が楽だったことも本番回避に役立った。
相手となったのは民衆の一般男性がほとんど――ええ、少ないけれど女性もいたわよ――だったが、中には都との伝手を得ようと考えたのか、官僚や貴族がすり寄ってくるようなこともあった。
こちらは逐一黒手帳に記録しておいたので、王家や国への交渉材料として、または接触して来た連中への切り札として用いることができるだろう。
聖女という肩書きから、世間知らずの箱入り娘だと勘違いしたのが運の尽きね。
これだけあちこちで浮名を流しているというのに「娑婆に出てはっちゃけただけ」と思うような、お粗末な思考回路しか搭載していない時点でアウトだろう。
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こんな調子で国内だけでなく、他国を含めておおよそ大陸の半分を回った頃、私たちの前に奴が現れた。
「フハハハハハ!まさかこのような使い古された手を再び使用しているとはな!どうやら人間どもは我が眠りについている間に停滞するどころか退化していたようだ」
「貴様!一体何者だ!?」
いやいや、王子様よ。このタイミングで登場したとなると、選択肢はほとんどないと思うのだけど!?
頭部には捩じれて尖った山羊を思わせるような厳めしい角があり、その背には蝙蝠を連想させるような皮膜の翼が。ついでに黒を基調にした豪奢な衣装である事から、人ならざる者の中でも高位の存在であると思われる。
何よりも異世界出身でほとんど魔力なるものを持ち合わせていないらしい私でさえも分かるほどの濃密な力を身に纏っているとなると、恐らくはアレ、魔王であろうと予想されるのですが!?
これが冗談か演技であればどれほど良かったことか。
が、この王子に限ってはそんなことはあろうはずもなく、百パーセント本心から誰何しているのだった。さすがは残念脳筋王子クオリティ。
非常事態でも全くぶれないダメさ加減だわ。
「王子王子。アレ、多分魔王よ」
「なっ!?魔王だって!?」
思った通り心の底から驚いているわね。
「クックック。やはり我の方からこうして出向くのは予想外であったようだな!」
そして魔王――一応、まだ暫定――はというと、王子の慌てふためき具合にご満悦なようで。
まあ、確かにしてやられたと言える。
町と村を繋ぐ街道のど真ん中で周囲には草原が広がっているばかりという何もない場所での遭遇だ。私やサポート役の人々でさえも予測できてはいなかった。
そしてそれは助けを全く期待できないということと同義でもある。
一般人よりは強いが一線級には届かないエセ勇者と、異世界出身で何の力も持たないお色気担当エセ聖女のコンビ。
うん。例え相手が魔王ではなくても、そこそこの強さの敵――四天王クラスは絶対に無理。その下の新入り幹部くらいなら何とか互角に戦えるかもしれない――であればあっさり返り討ちにあってしまいそうな二人組よね。
次の村まで歩いても丸一日は掛からないと言われ、旅にも慣れたということで二人だけで出立したことが仇になってしまった。
だからと言って諦めるつもりは毛頭ない。時間を稼ぐなり情報を聞き出すなりして、少しでも生き残れる確率を上げる努力はしなくては。
そうと決まればさっそく話し掛けてみましょうか。
圧倒的優位に立っていると思い込んでいる連中というのは、思わぬ重大情報をポロリしてくれると相場が決まっているのだから。
「使い古された手だとか、眠りについていただなんて、まるであなたが古の魔王のような事を言うのね」
「その通りだ。先だっての戦いでは貴様ら人間どもの思わぬ抵抗にあって力を使い果たして眠りに就くことになったのである!」
いや、別にそれは胸を張って言うような事ではないと思う。
それにしても、担当官からは「魔王を倒した」と聞いていたから、てっきりその子孫だとか新たな魔王が登場したのだとばかりに思っていた。
ところがこの魔王の話通りであるとすれば眠りにつかせる、即ち封印的な対処法だったようだ。
元々伝えるつもりがなかったのか、それとも歴史のどこかで途切れてしまったのかは不明だが、こうしてその魔王本人と顔を合わせてしまっている身としては、しっかり伝えておけと文句の一つも言いたくなってしまう。
前回してやられた当の本人だからこそこちらの囮作戦に気が付いたという点に関しては、そうでなければ十分に通用していたと前向きに捉えることにしましょうか。
それと王子、現状ではとてもじゃないけれど勝ち目はないのだから、くれぐれも喧嘩を売るような真似はしないように。
……だから睨むなというに。
おや?ちょっと待って。
おかしいわよね。前回の勇者聖女コンビも、そして今回の私たちも目立つためだけの囮――まあ、予定外に色々と問題を解決して回っているけれど……――であり、本命となる魔王攻略隊は別行動を取っているはずだ。こちらの作戦を見抜いていたというならば、まずはそちらを壊滅させようと動くのではないだろうか。
しかし、それならば普通はその最悪な事実を私たちに突き付けてくるのではないだろうか。
ほら、「貴様らの思惑など粉微塵にしてやったぞ!」とか言って悦に浸りながら、本命部隊の亡骸なり遺品なりを見せびらかすというのが定番でしょう。
「えーと……。参考までに聞いておきたいのだけど、目覚めてから私たちの所に来る間に誰かと戦ったりはしなかったのかしら?」
「ぬ?我が居城の周りでコソコソしている者たちが居たが、そのような小物どもなどどうでも良い。人間どもの最大戦力であるお前たち勇者と聖女コンビを撃破することこそ肝要なのだからな!」
ああ、本命部隊の人たちは無事に魔王の居城近くまで進攻することができているのね。
まあ、その先に魔王本人が居なくても幹部連中はいるだろうから、激戦苦戦になってしまうのは間違いないだろうが。
……いやいやいや。落ち着こう私。
確かにそれも大事だけれど、一番はそこじゃない。
え?なんで私たちが最高戦力だとか勘違いしてるのこの魔王おバカは?前回と同じ作戦だから見破っていたのではなかったの!?
そして王子!「こいつ分かっているな」みたいな顔をしない!
その後、さらに詳しく話を訊いてみたところによると、前回の戦いでは勇者聖女コンビとの最終決戦に備えて戦力を温存していたところ、先遣部隊――説明するまでもなく、こちらが本命ね――に各個撃破されてしまい、魔王本人も力を使い果たさせられて眠りに就くことになってしまった、らしい。
「ならばこそ今回は、最も危険である勇者たちの元に我の方から出向き、倒してしまえばよいと考えたのだ!」
漫画であればババーン!とかドドーン!といった効果音が付きそうな調子で胸を張る魔王。
……要するに、この魔王おバカはこちらの作戦のことをなにも理解などできてはいなかったという訳だ。
しかしながら、私たちがピンチで危険な状況にあることには変わりがない。
人間側からすればこの隙に本命部隊が魔王城を攻略することができれば魔王討伐に拍車が付くので万々歳ということになるのかもしれないが、本当の意味での囮となって死んでしまうかもしれないとなると、到底喜べる状況ではないのだ。
膨れ上がる魔王の戦意に、慌てて武器を構える王子。
不味い。まだ何の対策もできていないというのに戦闘フェイズに移行してしまいそうだ。
王子の背後に隠れるようにして、何か使えるものがないか魔法の鞄の中を漁る。
が、焦っては見つかるものすら見つからないもので。某青いタヌキ、もといネコ型ロボットのように日用品から雑貨の類を周囲に撒き散らす羽目になってしまったのだった。
「グバッハア!?な、ななななんだその破廉恥な代物は!?」
そんな叫び声が聞こえてきたのは、衣類を引っ掴んでは取りだしていた時のことだった。
漂っていた濃密な死の気配が一瞬で消え失せ、涙目になりながら顔を上げたそこにはカラフルな布類がひらひらと舞い踊っていた。
ええ、まあ、私の仕事用品である下着類ですが何か?
言っておきますけど、元の世界の物を模して王都の一流の職人に作ってもらった一点物のオートクチュールなんですからね。
王宮が支払いをしてくれなければ、とてもではないが購入できなかった超が付くくらいの高級品なのだ。
吐血する勢いで非難されるようないわれはないわよ。
しかも、だ。どれも元の世界では精々ハイティーンの子たちがいざ意中の彼を堕とすために着用する、ちょっとばかりお色気を含んだ決戦用下着ファイティングアーマーくらいの代物でしかなかった。
透けている訳でもなければ紐のように細くもなく、お尻丸見えのTでなければ肝心の場所に穴が開いているようなこともない。
つまり下着としては極々健全なデザインでしかなく、こちらの世界であっても大の大人――しかも成人男性――が破廉恥とのたまうものではなかった。
「ちょっと、あなたねえ!人の商売道具を散々な言い方をしないで!」
使い方一つで相手の気分や場の雰囲気を盛り上げることができる――元の世界での職場のマネージャー男性曰く「男ってやつは中身もそうですが、パッケージにもこだわる性質でして」とのこと――魔法のアイテムとすら言えるものなのだ。蔑まれるなんて冗談じゃない!
「こ、これが商売道具だと……?ま、まさかお前はサキュバス……?」
カッチーン!
「誰が精気吸い取り屋だ!」
「ひっ!?」
がーっ!と吠え立てる私の剣幕に魔王が短く悲鳴を上げる。
サキュバスというと妖艶だとか美女という点がクローズアップされることが多くて、業界内でも喜ぶ者も多いのだが、反対に衰弱させて最終的には死に至らしめるということで嫌悪する者も多くいる。
私の周囲では後者が多かったため、必然的に私も嫌うようになっていた。
そもそも悪魔、つまり悪者なのだ。大っぴらにできない部分があるとはいえ、自分の仕事が悪いことであるように言われることには腹が立つ。
こちらの世界の場合サキュバスという種族が実在しているらしいが、性質的には元の世界と変わりがないらしいので、やはり同一視されるのは業腹ものだった。
「まあ、そちらがお望みであるなら、精魂尽き果てるまで搾り取ってあげるけど?」
「ぴっ!?」
先程までの威勢はどこへやら。魔王は完全に真っ青な顔になってガタガタと震え始めたのだった。その姿は、いつか見た光景と重なるものがあった。
「もしかして、粋がってブイブイ言わせていた若い頃にサキュバスに返り討ちにあったとか?」
「んなっ!?何故そのことを!?」
ああ、やっぱり。ここまで極端なものは初見だったけれど、元の世界でもそれなりに権力や地位や力を持った男どもが特定のお姉さま方にだけは頭が上がらない、というのはよく聞く話だったのだ。
「それで、どうするの?やるっていうなら本気で・・・相手になるわよ?」
「ぐぬぬ……」
私が一歩踏み出すと、その分魔王が後ろに下がる。
王子、前に出て守ってくれようとするのは嬉しいのだけれど、今は邪魔になりそうだから少し離れていて欲しいわ。
じりじりと時間がゆっくりと過ぎていく。
トラウマという明確で巨大な弱点はあるものの、体力という面では圧倒的にあちらの方が上だと思われる。実際お相手をすることになれば、厳しい戦いになってしまうことは明確だった。
ちなみに、王子には悪いがまともに戦うのはもっと絶望的なので、できることなら逃げてくれる、もしくは見逃して欲しいところである。
「ち、ちくしょー!覚えてろー!!」
そんな私の心情を慮ってくれたのか、そう言い残して飛び去って行く魔王。
ありがとう。でも、その捨て台詞は三流悪役だわよ。
「……ふむ。俺たちに恐れをなしたようだな!」
「えーと、まあ、それでいいわ」
正確には私のハッタリが利いたということになるのだろう。が、私ばかりが活躍しているという状態になるのは避けたい。
どこの世界でも目立ち過ぎると潰そうとする輩が現れるものなのよ。
「なんだかどっと疲れが出てきてしまったわ。早く次の村に行きましょう」
「それについては同意する。……だが、その前にこれを片付けなくてはいけないのではないか」
「あ……」
王子の言葉に周囲を見回すと、魔王を撃退するきっかけになった下着類を始め、色々なものが散乱してしまっていた。
「手伝うか?」
「いいえ、一人でやるわ。申し訳ないけれどその間の見張りをお願い」
「分かった」
大勝負の後のはずなのに、随分と締まらない絵面になってしまったものだわ。
○△□◇○△□◇○△□◇○△□◇○△□◇○△□◇○△□◇○△□◇
その後、『新・魔王軍』は侵攻侵略の方針を撤回し、大陸の国々と共存を図っていく事になる。娼婦やサキュバスたちを中心とした『安らぎの教団』がこの動きを後押ししていたのは有名な話である。
また、その初代教主となった女性が、かつて聖女と呼ばれる役職についていたことも良く知られている。
そんな彼女だが「サキュバスよりもサキュバスだった!」とか「魔王も勇者も倒せし者」とか「天国と地獄の道先案内人」と言われていたことについては、驚く程知られていない。
「別に口止めしたりはしていないのだけどね」
「は?聖女とか無理なんですけど」 「大丈夫です。うちの聖女はお色気担当なので」 京高 @kyo-takashi
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