君が見たユメ
りくのゆうき
第1話 告白
もちろんそのときは、そんなふうになるなんて考えもしなかった。
俺と由佳はその日、映画を観たり、ウインドウショッピングをしたりと、ごく普通の高校生がするようなデートをした。
五月の風は身を投げ出したくなるくらいに爽やかで、俺の気持ちもふわふわと浮ついていた。不安がなかったわけではないが、それは彼女と二人で遊ぶのが初めてだったからで、不安というよりは緊張感に近いものだった。それでも彼女は楽しそうな笑顔を見せてくれていたし、腕や肩が触れ合うほどに距離も近かった。
数日前から予約していたパスタ屋で夕食を済ませたときには八時を過ぎようとしていた。健全な高校生であれば帰りの電車に乗らなければならない時間だ。
「じゃあまた……」
駅の出入り口まで数分歩いたところで、俺は切り出した。本当にその言葉が良かったのかはわからない。迷いながらもそうとしか言えなかった。ここで別れてしまったら、本当にただ遊んでメシ食っただけになってしまうのに、伝えたいこともあるのに。
「ね、ちょっと散歩しない?」
俺がうだうだ考えていると、由佳が顔をのぞき込んできた。軽く梳いた肩までの髪を揺らして、取り繕うように彼女は笑った。
「たくさん食べちゃったから、軽く歩きたいなーって」
「あ、ああ、そうだな、いいと思う」
このままバイバイして悶々とするよりは、ずっと良かった。
繁華街の夜は週末だけあって人が多い。酔っぱらいの集団や仕事帰りの中年男性や暇そうな高校生。もちろんカップルもいる。俺たちもその一部に見られているのだろうか。
歩いているうちに、人の姿がまばらになってきた。三〇階建てくらいの巨大なビルの周囲は、ちょっとした広場みたいになっている。街灯の明かりがモザイク状のタイルに影を作っていた。
由佳と交わしていた他愛のない会話も、静けさに吸い込まれるようにして終わってしまう。
言うなら今がそのタイミングだった。
胸の鼓動にあわせて耳の奥が強く脈打った。口の中がカラカラだった。
「利弥君」
由佳が突然俺の名前を呼んで、立ち止まった。これまでとは明らかに違うその声色は、ぴんと張りつめていた。
「話があるんだけど、いい?」
かすかに語尾が震えていた。俺を見上げる好奇心の強そうなその瞳には、不安にも似た色が混ざっている。
「ああ、いいけど?」
返事はそれで精一杯だった。声の代わりに心臓が喉から飛び出てしまいそうだった。
言い出しそうで、言い出さなかった。なにが言いたいのか。そんなにも言い出しづらいことなのか。
「お願いだから真剣に聞いてね」
由佳はそう前置きして、おもむろに口を開いた。
「実はわたし、あなたのお母さんなの」
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