第10話 つぶやき
とんでもないガラスの靴を落としていったシンデレラが慌ただしく出て行った後、会議室に一人残されたオレは特に何かすることもなく、すぐ近くに置いてあった椅子に腰かけぼんやりと外を眺めていた。
一応、今のオレは三島の荷物なり着替えの服なりの荷物番をしているということになる。
一緒に文化祭を周るような友達がいないどころか、話したことがないクラスメイトが全体の99パーセントであるオレは膨大な暇を持て余している。そんな暇を誰かのために使えるのならそれはそれで悪くないか。
あの嘘告からもう一週間がたったが、三島との仲は順調に修復できているといっていいだろう。まあ、修復といっても嘘告以前に仲が良かったかといわれれば全くそんなことはないんだが。
最初の方に見られた言葉を言いよどむような様子はなくなったし、笑顔を見せてくれるようにもなってきた。きっと三島の中にあった罪悪感はほとんど薄れてなくなっていることだろう。だからもうオレから何かしなくても大丈夫だと思っている。もともと三島には友達が多いからオレと少し仲が良くなったところでこれから先話す機会はほとんどない。それだけ三島が人気者だということだ。よってオレの快適なボッチ生活は守られたってわけだ。ただ、文化祭とかイベントがあったときは少し精神的な問題が生じることが分かった。大事な教訓としよう。まあそれでもボッチ生活をやめる気はない。
最近では心を開き始めた、っていうのはだいぶ大袈裟かもしれないが、三島は自分のことについてもよく話してくれるようになった。具体的に言うと最近ハマったお笑い芸人や推している歌い手、かわいいアイドルグループのこと以外にも新しくできた友達のことや加藤の武勇伝など身近なことも話してくれる。警戒心が解けてきたというのが正解かもしれない。
一方オレはというと、オレの性格には打算的、腹黒さという側面がある。そのせいでオレは会話は自分のことを話すことが少ない。
自分を出せば出すほど相手に不利な条件を出したときにその矛盾点に気づきやすい。
例えば戦争反対の平和主義者がそのままのイメージで武器を大量に売買し大儲け、ということはできない。彼らは平和を望む大衆の味方、弱い立場の人のことを第一に考えている人として、社会に自分を出している。しかし、自分の利益のために戦争を支持するようなことをすればたちまち大衆は彼らの矛盾点に気づき、信用を失い、最終的には社会から追放される。
だから彼らがもしそういうことを実行しようとするならば、昔からの悪ダチのようなツテを仲介役として使うか、水面下でひっそりと執り行うかになる。
オレの場合、これほど大規模ではないし、悪ダチはいないし、水面下というのは一対一の会話において成立しない。
だからオレは自分を出すことは意図的に控えている。そもそも自分を出さなければ前提というものがない。よって比較対象がないため矛盾点というものがなくなる。戦争は賛成も反対もしない。どちらにも寛容。儲け話があったからそれに乗った。ただそれだけのことになる。
オレは相手が出してくれた話題に対してそれを広げることが多い。会話のメインは相手。オレが話題を出すとしても相手のことに対するものだ。いわば質問といったところ。そうすると相手は自分に興味を持ってくれていると思い、悪い気もしない。オレはあくまで道を整備するだけ。通ってほしい道をきれいにし、言ってほしくない方向には石をばら撒き歩きづらくする。かっこよくいってしまえば情報操作みたいなものだ。
三島と買い出しに行ったとき、どうして一人でいるのか、という質問に真面目に答えたのはかなりレアケースといえる。もっとも、すべての理由を話したわけではないのだが。ちなみに白状すると、理由の半分くらいが“気分”でボッチ生活をしている。ボッチ生活は快適だが固執はしていない。なくなるのならそれはそれでいい。たしかに魅力的ではあるのでなるべく続くように手を回すが、どうしようもなくなったら無駄なあがきはせず素直に手放すつもりだ。まあちょっと寂しいけど。そんな感じでのらりくらりと生きている。
こう長々とオレが自分の話題を話さない理由についての説明をしてきたわけだが、正直に話そう。上記にはオレがそうする一番の理由は含まれていない。
その一番の理由とは・・・
ほかの人との共通の話題が全然まったくもって見つからないからだ!
そりゃオレもピッカピカの高校一年生だし?クラスでもウェイウェイのウェイだし?ウェウェイのウェイですけど?最近ハマったお笑い芸人や推している歌い手、かわいいアイドルグループのことなんて全くわからないし?新しくできた友達のこととかなに?オレそもそも友達いないし?だから目の前に人がいても何しゃべっていいのかマジでわからん。どのくらいわからないかっていうと進路調査でめっちゃ真剣な顔でどうしたい?って聞かれた時くらいわからない。将来とかわからんとしか言えないんだよなぁ。意味不豆腐。馬耳東風。気持ちだけ受け取っておきます先生。ありがとう。
まあ、だから、オレの持っていない、捨ててしまったものを持っている三島と話すのは楽しい。
小賢しいことは無視してもう少し心の声を出してみようと密かに思っていた。
相変わらず窓の外を眺めていると、出演者の待機用テントにクリスタルブルーのドレスを着たシンデレラがとたとたと走りながら到着する。
三島瑞希だ。
三島は周囲をきょろきょろと見まわす。運営の人でも探しているのだろうか。かわいらしく顎に手を当てて考えるそぶりをする。そしてもりもりの編み込みをした少女に話しかける。
二人は楽しそうに会話し始めた。三島の人懐っこい笑顔につられて編み込みの少女も笑っている。
三島は最初からいた編み込みの少女に真っ先に話しかけていなかったことから二人は初対面だろうか。知り合いが誰もいなくて誰に話しかけるか考えていたとしたらさっきの考えるそぶりにも納得がいく。
また一人新しい少女が会話の中に混じっていく。大きな海賊帽をかぶっていてかなり高身長だ。そしてリアクションがちょっとオーバー。
この人もきっと初対面だろう。さすが三島。コミュ力の具現化だな。すぐに人と仲良くなり、その輪をどんどん広げていく。
・・・ってオレは何をしているんだ?コスプレをした女子高生を陰から監視し、他人の人間関係探ってるとかヤバいな。客観的に見たらかなりの不審者だ。普通にあかん。
おそらく無意識にその高いコミュニケーション能力を発揮している三島とオレの違いは何だろうか。ふと考える。
三島瑞希=いい人という噂による先入観だろうか?それとも単純に容姿だろうか?前者に当てはまるケースは高校生活が始まって間もない今ではあまり考えにくいかもしれない。オレには女子の情報網はよくわからないが、個人的には表情とわかりやすさだと思っている。
三島は話すときころころと表情が変わり、話すスピードの緩急やトーンの抑揚がはっきりして分かりやすい。つまりとても流暢にしゃべる。そして使う単語もある程度決まっていて小学生でも十分にすべての内容を理解できるだろう。
一方オレはというと、表情で多くの情報や感情を表す三島に反して、語彙や会話中の“間”の取り方で表現する。あとは視線か。別に表情が乏しいわけではないがいわゆる陽キャと呼ばれる人よりかは乏しいだろう。
こう比べてみると初対面の人からすれば三島の方がよっぽどどんな人なのかということが分かりやすい。情報がないと不安になるからな。三島のようなタイプの男性はおそらく少数派。女性の方が接客に向いているといわれるのはこういう理由もあるのかもしれない。
「―――ありがとうございました」
三島の感動的な演説が終わる。
結局終始仮装大会を見てしまった。外の観客、すごい盛り上がってたな。
会議室の中から見た三島の後姿は買い出しに行った帰り道のときのように周りから光をもらい、また、自分でも光を放ち、キラキラとまぶしく輝いて見えた。
にしても三島、なんていい子なんだ。ピュアすぎる。想像を絶するピュアさ。女子特有の裏の顔を実は隠し持っているかもなんて思っていた自分が恥ずかしい。
―――人前に出るのが怖い・・・か。
三島はきっと何も知らなかったから不安だった。あくまでオレの憶測でしかないから本当にあっているとは断言できないが。
例えば何かの契約書にサインをするかどうか迷っているとき、説明書だけ送られてきて自分で堅苦しく難解な文字列を読解する場合と、誠実そうなサラリーマンが実際に会って説明してくれた場合では、後者の方がサインをしてしまう人が多い。たとえサラリーマンの話した内容が多少間違っていたり、抜けがあったりする説明書より下手な説明であったとしてもだ。
人というのは目の前にいるだけで多くの情報があふれ出ている。それは表情や立ち姿などいろいろからだ。その情報を人は無意識に総合的に処理してこのサラリーマンはいい人そうだと思う。そんな人が紹介してくれているならきっと安心だろうと安直にサインをしてしまう。
表情の見えない説明書より説明力の乏しいサラリーマンを信じる。情報がないと不安になるからだ。もう少し詳しく言えば理解可能な情報。処理できない情報はないのとさほど変わらない。一見関係ない情報であっても勝手に不安材料につなげて安心しようとする。
詰まる所、人は正しく正確な情報ではなく、わかりやすい情報を信じてしまうということだ。そして安心しようとする。
三島の場合、説明書が人前に出ようとすること、サラリーマンが日常での新しく友達を作ることと置ける。
面と向かって話す後者では自分の行動に対してすぐに相手の反応が見て取れる。怒っているなら謝れるし、喜んでいるなら笑える。
しかし、前者は反対。ステージに立つ前は観客は見えない。何も情報がないから漠然とした不安を覚える。本当は快く受け入れてくれるのに。
三島が怖がっていたのはいくつか理由があるだろうが、オレが推測できるのは場数がなかったっから、知る機会がなかったからだと思う。
今日、仮装大会を通してたとえ知らない人が大勢いる人前でも、新しく友達を作るときと同じように受け入れてくれることを三島は感じとったはずだ。
きっと明日からは変な気負いをせず人前に立つことができるだろう。
「ごめん!すごい時間かかっちゃった。ほんとごめん!」
会議室のドアを勢いよく開け三島はオレに謝る。走ってきたのか、人ごみにもまれたのか体はほんのりほてっており、額にはうっすらと汗がにじんでいる。
「まあ気にするな。どうせ暇だしな。それにしてもすごい人気だったな。終わった後も写真なりなんなりで大変そうだった。明日から有名人になってるかもしれないぞ?」
オレは少し冗談めかしながら気にしていないそぶりを見せる。
「いやでも私が出てってからずっとここで待たせちゃってたでしょ。ほんとにごめん」
乱れた息を整えながらも、申し訳なさそうにもう一度謝る。
「ほんとに気にしてないから大丈夫だ」
オレはにっこり微笑んで怒っていないことを伝える。
にしても三島、なんていい子なんだ。
しかし三島は何か不吉なものに触れてしまったような勢いでうんうんとうなずく。ん?オレなんかしたっけ?
「それよりスピーチすごい良かったよ。不覚にも少し涙が!」
オレは目をごしごしっと擦る真似をする。
「もー、それ絶対茶化してるでしょ。みんなも大袈裟だし。そうゆー反応されるとなんか恥ずかしいことしたなって思い始めてきた。うっ、思い出したら・・・!」
ぷんぷんとお怒りモードからあわあわと頭を抱える三島。
「まあ、オレは三島らしくていいと思ったけどな」
「・・・ほんと?」
三島の反応を面白がり、軽く笑いながらもやや真剣な口調で言う。三島はすがるような上目遣いでこちらを見る。
仮装大会での興奮がまだ収まりきっていないのか三島の感情の切り替えが激しい。見てて面白いな。
あぁ、あとこれ、と預かっていた着替えを返す。そして手渡すとき、一番上のブラウスがずれてしまいピンクの布切れが顔を覗かせてしまう。
「「あっ・・・」」
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