第9話 シンデレラ

 三島瑞希は外ステージの裏側で仮装大会の出番に向け、待機していた。


 周りには私以外の参加者も集まり切り、みんな待機している。


 私と同じようにおとぎ話の衣装を着た人や、とある有名ゲームのコスプレ、友達の間で今はやりのアニメキャラクターのコスプレをした人など、ユニークな衣装を着こなした人たちに囲まれ、外ステージ裏は一種のカオス空間となっている。


 どうやら私の見た限り、参加者に知り合いはいなさそう。


 ちょっと緊張するなぁ。出番までもう少し時間があるみたいだしどうしよう?せっかくの機会だし、新しい友達でもできるかな?


 あまりいろんなことに詳しくない私でも、自信を持って言えることがある。それは自分から行動しないと人間関係は作れない。それともう一つは、世の中には怖い人や悪い人はいないわけではないけど、ほとんどの人は優しくていい人だということ。


 だから私は知らない人にも人見知りしないで話しかけることができる。みんな話せばいい人だって気づける。


「あ!もしかしてラプンツェル!?すごいかわいい!」


 私が話しかけたのはラプンツェルの衣装を着たパッと見ただけで印象に残るほど凝った編み込みをした女の子だった。


 私は快活な声とかわいいものを見つけた喜びに満ちた笑顔でその子に話しかけた。


「あっ、うん。そうなの。すごいかわいいよね。友達に手伝ってもらったの。でもそのシンデレラの衣装もとてもかわいい」


 おとなしそうな、そして気品に満ちた声の少女だった。本当のお姫様のようなそんなオーラを感じる。


「うんうん。私もすごい気に入ってるんだよね」


「それにティアラもとても似合ってる」


「ほんと!?こういうキラキラしたやつ似合うか不安だったんだよね。うれしい!」


 彼女は妖精のように微笑み、


「うん。とても似合ってるから自信をもって」


「ありがとう。えーっと・・・」


瀬野聖那せのせいな。聖なるの聖に那須の那でせいな。」


「私は三島瑞希みしまみずき。瑞・・・は王様の王の隣に山でその下によくわかんないやつで、瑞希の奇は奇跡の奇だよ。聖那って呼んでいい?」


「もちろん。あなたのことは瑞希と呼んでもいいかな?」


「もちろんだよ。聖那ちゃん」


「聖那。瑞希を呼び捨てにしてるから私も呼び捨てでいいわ」


「うん。聖那」


 聖那は儚げな笑顔を向け、私は満面の笑みでそれにこたえる。


「聖那の編み込みってどうやってるの?それ結構大変だよね」


 複雑に編み込まれた聖那の髪の毛はすごくかわいいけど、実際にやろうとするとすごい大変だと思う。簡単にできるコツとかがあったら教えてほしい。


「あ!それあたしも聞きたい!」


 二人の会話の横から新しい声が口をはさむ。香織と似た雰囲気のその明るく、華やかな声の方を振り向くと、


「ごめんごめん。さっきからめっちゃカワイイなって思ってたからつい割り込んじゃった」


「だよね!これすごいよね!」


「あっ、あたしは長澤ななみ《ながさわななみ》。ひらがなでななみ。覚えやすいっしょ」


 ななみはどやっと胸を張る。


 女海賊の衣装を着たななみちゃんは露出度が高く、高身長なことも相まってうっすらと小麦色に日焼けした太ももから大人の女性感みたいなものが感じられる。海賊帽がすごいかわいい。


「よろしくね。ななみちゃん」


「あっ、ちゃん付けなんだね…」


「えっあっ、じゃあななみで」


「私もよろしく。ななみ」


「瑞希、聖那、よろしく〜」


 ななみはしゅんと俯き、私は慌てて修正する。そのあとに聖那もお姫様みたいな挨拶。


 なんかいつの間にかちゃん付け禁止みたいな空気になってる。なんで?


「でさでさ、聖那の編み込みどうやってんの!?」


「そうだった!教えて教えて!」


 私とななみは目をキラキラさせて聞く。


「これは私じゃなくて私の友達がやってくれたの。だから今度聞いてみるわ」


「まじ!めっちゃすごいじゃん!」


「そうだ。いつか都合のついた時でいいからみんなで集まって教えてもらうのはどうかな?教えるのもとても上手な人なの。是非紹介したいわ」


「えー!いいねいいね」


「あたしも行きたい!」


「じゃあ今度聞いてみる」


 今から楽しみだな。ワクワク。


「ねね、聖那ティアラ付けたらかわいいと思わない?」


「あっ、あたしもそれ思ってた。つけてみてよ~」


「えっ?いや、それは瑞希の衣装でしょ?少し悪いわ」


「ぜんぜん大丈夫だよ!むしろお願いします!」


「そこまでいうのなら・・・」


 そう言って遠慮する聖那を半ば強引にティアラをつける。


「お~!めっちゃいい!」


「ほんとにお姫様みたい」


 ななみとそろってグッドポーズ。微笑んでいる聖那のほほがかすかにほてっている。かわいい。


「私、実は瑞希には海賊帽が似合うと思っていたの」


「「海賊帽・・・?」」


 聖那の発言に二人とも首をかしげるが、ななみは何かを察したように手早く自分のかぶっていた海賊帽を脱ぎ私へとかぶせてくる。


「・・・っ!やばっ最高!めっちゃおもろい!」


「ふふふっ、想像以上」


 二人が私を見て爆笑しだす。ななみは豪快にハハハハッと笑い、聖那は上品に手で口を押えながらもニコニコと口角が上がっている。


「ええっ!ちょっととってよ~!ていゆーか二人とも笑いすぎ!もー」


 その後も私たちの出番が来るまで雑談を続けた。


 聖那もななみもそれぞれ全く違う性格の持ち主。もちろん、私とも全く似ていない。でも私たちは分かり合える。仲良くできる。私は二人のことをすぐに好きになれた。もし友達を作るのが苦手、という人がいるのなら少しだけ頑張ってみてほしい。きっとみんなと仲良くなれる。


 二人と話したことで緊張も紛らわすこともできた。全部みんなのおかげ。




 私の出番が来た。司会をしている先輩に私の名前を呼ばれる。聖那とななみは順番の関係で今は離れている。私一人だ。


 ステージに上がるための階段を上り始める。紛らわされていた緊張感が押し寄せてくる。


 私は人前に出るのがちょっと苦手だった。この前の文化祭の話し合いの時もそうだったけど、ああいうとこに立つのはいつも緊張してしまう。普段なら気にせずに知らない人にも話しかけられるのに。


 階段を上るごとに心臓の音がドクンドクンと大きくなっていく。上り切った後はもうバクバクかもしれない。


 みんなの前に立つのはなんというかちょっと怖い。自分でもよくわからないけど漠然とした不安みたいなのがある。自分は見ている人がどんなことを思っているのかとか全然わかんないし、自分に視線が一気に集中している状態はすごく居心地が悪い。狭いところに入っていたいと思ったりすることもある。


 そんな私がこの仮装大会に出ることになったのは友達に誘われたからだった。私のシンデレラの姿をぜひ見てみたいといわれた。私もお姫様の格好をしてみたいと思っていたし、すごくキラキラした目で、絶対かわいいよ!、といわれうれしかった。シンデレラの衣装話着てみたい、ていうだけでここまで来ちゃったけどステージのこと何も考えてなかったんだよな~。緊張がヤバいよぉ~。

 階段を上り切り、ステージの上へと歩き出す。心臓の音がすごい。


 みんなどんな風に思ってるのかな。私の格好おかしくないよね。さっき二人がかわいいって言ってくれたし大丈夫・・・だよね。今になって心配になってくる。


 私は祈るような気持ちで閉じていた瞼をゆっくりと開ける。


 観客席を見渡すとすごい人の量だ。みんなこっちを向いてる。どうしよう・・・


 一人ひとりの顔を順番に確認していく。誰も彼も・・・笑顔だった。私、大丈夫なのかな?何が大丈夫なのかわからないけど。


 うるさかった心臓の音は徐々に収まっていき、周囲の音がようやく耳に入ってくる。


「瑞希~!」「かわいいよ!瑞希~!」「えっ!?あれってシンデレラ!?めっちゃいいじゃん!」


 みんな笑顔で私のことを見てくれている。よく見れば私の友達がたくさんいた。もちろんその中には私を仮装大会に誘ってくれた子もいる。うれしそうに手を振っている。


 ほっと胸をなでおろす。よかった。


 私はその場で丁寧に、感謝の気持ちを込めてお辞儀をした。そのあとに司会の人からマイクを渡されいろいろインタビューされたけどうまく答えられた自信はないし、いまいちもう記憶に残ってない。




 一通り終わり私はステージから降りる。


 ふぅ・・・やっと終わった。でも楽しかった。


 聖那とななみは私より後の順番だ。二人とも緊張してるかな。私にも何かできることはないかな。


 私は出番を待っている聖那のところへと向かった。


「おつかれ、瑞希。ここからでも歓声が聞こえてきた」


「ありがと、聖那。いや~すごい緊張しちゃってもう心臓バクバクだったよ。聖那は大丈夫?」


 あっはは~と笑う私。


「私も緊張してる。あまりこういう機会がないから。でもなるべく頑張るわ」


「大丈夫。聖那かわいいもん!あっ、私もステージに上がる前はすごい緊張してたんだけどね、ステージに上がったらみんなから歓声がもらえて楽しかったよ!」


「それはとても楽しそう。ありがとう。瑞希」


「うん。それじゃあ頑張ってね!」


 私は聖那に手を振り別れを告げる。


 ななみは大丈夫かな?


「あれ?大丈夫?ななみ」


 うつむいて膝を震わせているななみはすごく緊張していることが見て取れた。


「うっ、うん。たぶん・・・あっ、おつかれだね、瑞希」


「いやいや、疲れてそうなのはななみの方だよ」


「あっ、そか。いやーなんか来るのがあるよね。ヤバいかも」


「わかる。私も出る前おんなじくらい緊張してた」


「でも瑞希ちゃんとしてたじゃん。歓声もすごかったし。めっちゃ人いそう」


 私は不安そうなななみに、そして自分に言い聞かせるように、


「そうそう。みんないっぱいいた。うん。みんないた。ステージに上がる前は周りの音なんて聞こえないくらいドクドク言ってたし、ちょっと怖かった。でもステージに上がったらみんなすごい、かわいい、って言ってくれて、うれしかった。だからななみも大丈夫だよ、きっと」


「うぅ・・・瑞希、いいやつだな」


 ななみはぐすっと鼻をすすり私にべたっと抱き着いてくる。


「うん。頑張ってみるよ」


「うん。応援してる」


 これで大丈夫かなぁ。少しでも二人の緊張が和らいでくれたらと願うばかりだった。




 参加者全員の出番が終わり、結果発表を待つため私たちはテントの下で待機していた。


「二人ともおつかれ~」


「いや~瑞希のおかげで助かったよ~」


「私も助けてもらったわ」


 二人それって私にお礼を言う。


「もー、二人とも大袈裟だよ。どっちかっていうと私の方が助けてもらったし」


 二人がいたから緊張に押しつぶされることはなかった。お礼を言うのは私の方だ。


「にしても瑞希の人気すごそうだよね。ワンチャン優勝あるんじゃない?」


「えっ?そうなの?二人の時もすごかったと思うけど」


「瑞希、自分で気づいてないの?私たちなんかよりよっぽど大きな歓声だったはずだけど」


「ええっ?そうだったんだ」


 聖那はどこか呆れたような口調だ。本当っぽいよね、これ。びっくり過ぎる。


「な~んか瑞希っぽいね」


「たしかに」


「なんで二人で納得してるの?んんっ?私だけ取り残された感すごくない?」


 そんなところで結果発表のアナウンスが入り、ステージへと足を運ぶ。




「はい。それでは結果発表に入りまーす!」


 司会の陽気な声が響き渡る。


「今年の仮装大会はレベルの高い素晴らしい衣装の数々により激戦区でありました!順位を決めるのはとても難しかったのですが、キッチリ決めてまいりました~!さあ、皆さん気になっていいるであろう栄えある優勝者はぁ~・・・“シンデレラ、三島瑞希さん”でーす!おめでとうございまーす!優勝者の三島さんに早速インタビューをしたいと思いまーす!」


 あまりに突然なことで思わず声が出てしまう。


「えっ?私?」


「ほら、言ったとおりだったでしょ?」


「まあ、妥当なとこね」


 隣にいたななみと聖那は当然といったような表情で見てくる。


「ほら、瑞希の出番」


 私は司会の人に促されステージの中央へと案内される。


「ズバリ!優勝したご感想は!」


 そう言って私にマイクが渡される。私はもう緊張していない。心臓の音も正常。何を言うか、いつの間にか決まっていた。


「実はステージに上がる前、すごく緊張していたんです。みんなの前に出るのが少し怖くなっちゃうぐらいに。でも出番を待っているときに新しい友達ができて、話していくうちに少しずつだったけど緊張が紛れました。すごく素敵な人たちなんです。私はそのおかげで少し安心することができました。それでも私はダメな人間だからステージに上がる前になってまた緊張してしまいました。もう心臓なんてバクバクで何も聞こえなかったです。ほんとに情けないですよね。それで、そのままステージに上がったんです。そしたらみんなが笑顔で私を迎えてくれて、怖かったはずなのにみんなが私のこと応援してくれたおかげで、そんな気持ちはどっか遠くに行っちゃって、嬉しさでいっぱいになりました。私の出番が終わってもそのあとにはたくさんの人が待機しています。もちろんその中には私を励ましてくれた素敵な人たちもいるわけで、だから私は少しでもその恩返しがしたくて、うまくできいたかは自分でもよくわからないけど、頑張れ!みんな優しく待っててくれて楽しいよ!って伝えてみました。それで少しでも安心させることができていたなら嬉しいです。・・・えっと、それでなんだっけ・・・私は今すごく楽しいです。この仮装大会に出れてよかったって思ってます。だから、みんなも少しだけ勇気を出してほしいと思いました。人前に立つのはやっぱり怖いと思うけど、でもやってみると楽しいかもしれません。それは笑顔で迎えてくれるみんなのおかげです。私もこれからは頑張ってみます。今日、何か大切なことが分かった気がします。―――ありがとうございました」


 私は深くお辞儀をして司会の人にマイクを返す。なぜか泣いてる。司会の人だけでなく聖那とななみもだ。聖那は目じりを赤らめ、ななみは、やっぱいいやつ、と思いっきり涙のしずくがぽろぽろ落ちてる。


「素晴らしい感想をありがとうございました。私なんか感動しすぎて途中から泣いちゃいましたよ。ぐすん。もうファンになっちゃいそうです。いやもうなりました。いっそもうみんなでなりましょう」


 ええっ・・・そんな大袈裟な・・・


 そういえばどこかの誰かさんは来るもの拒まず出るもの追わずとか何とか言ってたっけ。私はそうは思はない。世界は優しい人であふれている。でもその人たちと仲良くなるためにはきっかけがどうしても必要。だから自分でもっといろんな人に話しかけるべきだ。うん。あの時は遠慮とかであまり言い返せなかったけど、今度またああいうことを言った時には教えてあげよう。きっとわかってくれるはずだ。

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