第52話 リュージ編52

 愛輝の燃費は悪すぎると思ってはいたが、まさかここまでとは。

 餓死するまであと何分だ?

 とりあえず、俺のポケットに入れていた板チョコを愛輝に渡す。

 頭を使うには糖分が必要だからな、俺はいつも持ち歩いているのだ。


「助かったでござる。リュージ殿」

「でも、これだけじゃ足らないんじゃないのか?」

「ちょっと、隣町までランチに行ってくるでござるよ!」


 ヒュン


 敵がまだ残ってるんだぞと言おうとしたが、あいつのことだ。

 すぐに食べて戻ってくるだろうし放っておこう。

 ちなみにスリードはずっと力を貯めているようで、微動だにしない。

 最高のチャンスなんだと思うんだけどなぁ。

 

「欽治が動かないなら、私がやるわ!」


 そう言って、詠唱に入っているユーナもさっきからずっと動いていない。

 たぶん、強力な魔法を撃つつもりだろうが間に合うのか心配だ。

 俺はスリードにはまだ感付かれていないようだからダリアの怪我の治療に向かう。


「ちょっと、リュージくん。何とかならないの?」


 ダリアが小声で俺に聞いてくるが、欽治があの状態じゃなぁ。

 

「今はユーナの詠唱が先に済むことを祈るか、それともダリアさんの力で逃げるかだけど……」

「ごめん……足を怪我しちゃったから、そんなに跳べないのよね」

「そうか、というか使徒って中ボスクラスだろ? 強すぎないか?」

「何、言ってるのよ。私もこの世界に来て1年くらいだけど使徒の家系は歴代勇者の協力者を先祖に持つ子孫なのよ。強くて当然じゃない」

 

 過去の勇者の協力者なら、今の勇者が可笑しなことをしていることくらいわかると思うのだが……。

 先祖がしっかり者でも子孫まで同じようにいかないってわけか。

 どこの世界でも似たようなことが起きるもんだな。


 ゴゴゴゴゴ


 どうした、大気が……震えている?


「す、凄い!」


 欽治が目をキラキラさせてスリードのほうを見ている。

 俺もアナライズで今の奴を見てみると……。

 筋力3104571、知力9450234、素早さ523103、いやまだ上がっている。

 か、勝てない……こりゃ、マズいだろ!

 防御力はかなり少ないが、これは欽治と同じ一撃必殺のタイプなんだろう。

 

「あれは確かにヤバいわね」

「ダリアさんもわかるか。ちょっと逃げたくらいじゃ、すぐに追いつかれてしまう」

「もう、こんなときに壁役の杏樹はどこに行ったのよ!?」

 

 ほんと、スンマセン。

 壁役が一番のド変態なもので、ご迷惑をおかけしております。


「さぁて、行くわよ!」


 ユーナの詠唱が終わったのか?

 頼むから、これで決まってくれ!


「ビッグバァァァン……クエェェェイク!」


 温泉街で名前だけ聞いた魔法だ。

 確か、相手を奈落の底に落とす魔法だったはずだ。


 ゴゴゴゴゴ

 

 凄まじい地響きが辺り一帯に起きる。

 まさか、俺たちまで落とされるなんてことないだろうな?


 ゴゴッ!

 ガァン!


 スリードの足元が地割れを起こす。

 だが、相変わらずスリード本人は力を貯めたまま動かない。


「さぁ、地獄に落ちちゃいなさい! 不浄な人間よ!」


 なんか、そのセリフ悪役みたいだぞ。

 なんて思っているときにスリードの足元が次々と崩れていく。


 ドンッ!


「落ちた!」

「地よ、元に戻りなさい!」


 ゴゴゴゴゴ

 ガガッ

 

 地割れが起きた場所の縦穴が狭まっていく。

 これで終わったのか?

 

「よくやったわね、ユーナ」

「ふふん! ま、余裕ね」

「穴に落としたくらいで大丈夫なのか?」

「ちょっ……リュージ! あんた、どこ行ってたのよ! また、女神の私を見捨てるなんて罰が当たるわよ!」

「ユーナ、彼は最初からずっといたわよ」

「えっ?」


 何を今さら驚いてやがる。

 

「ふ、ふぅん……リュージが私まで騙せるほどの魔法を使えるなんてね……さすが私の眷属ね!」

「いや、別に騙したつもりもないんだがな」


 ゴゴゴゴゴ


 地鳴り?

 だが、ここで驚く俺ではない。

 はっきりいって、ユーナが放った魔法が奈落の底に相手を落とす程度では倒しきれない奴なのは読めていた。


 ガァン!

 ブワッ!


 地面から何かが飛び出る。

 何かというより、スリードなんですけどね。


「ふぉっふぉっふぉ、まさか隙だらけの相手に攻撃を仕掛けるなんてのぉ」


 ふぁっ!?

 スリードが真の姿だというから、もっとスマートで格好良い姿になるかと予想していたが、目の前にいるのは老人だ。

 背丈は先程とあまり変わっていないが、髪は白く仙人のような長い髭に若干筋肉がついて、細マッチョなおじいさんになっていた。

 いや、見かけに騙されるな。

 今までもそうだ、これは最強クラスの害悪爺さんと言っていいだろう。


「まさか、あんたの本当の姿がお爺さんだなんてね、がっかりしたわ!」

「お年寄りは大事にしなさいってお父さんに言われたから、ちょっとがっかりです」


 こらこらこら!

 相手の見た目はお爺さんでも、中身は極悪人なんだから!

 

「ふぅむ、やはりこの姿になると誰も相手をしてくれんのぉ。残念じゃ」


 んん……心まで年老いたのか、偉そうな物腰が柔らくなっている。


「そうじゃのぉ、こうしよう。てっきり逃げおったと思っておったが小童、お主を殺すことで他の者の殺る気スイッチを入れるとしよう」


 えっ……俺のことが……見えている?

 

「そこの娘の傷が癒えているのも、お主がやったんじゃろう?」


 やっぱり、バレている!?

 

「そこの女子の足の治療もお主よの? ふぉっふぉっふぉ、こそこそと治療して回るとは……」


 なんかわからんがすべてを見透かしているような目付きに俺は恐怖した。

 本当の身の危険を感じたら、どうやら声など出ないらしい。

 幼いころ、危ない目にあったら大きな声で助けを求めなさいと大人に教えられたときは、そんなの当たり前にできることだろうと思っていた。

 だが、実際には違うみたいだ。

 ……声が出ない。 

 逃げようにも身体が動かない。

 ニュースで事件を見たときは何で逃げないの、危険なのわかってるだろって思うだけだったが、それは自分が無関係だから……安全なところにいたからなのだ。

 何も考えられない。

 あれ……どうしたらいいんだ?

 スリードが冷ややかな目で俺をジッと見て近付いてくる。

 逃げないと……逃げないといけないのに身体が動いてくれない。


「リュージ!」

「リュージさん!」

「早く逃げなさい!」

「ふぉっふぉっふぉ、お終いじゃ」


 ザシュ!


 スリードのしわだらけの手が俺の胸の中に入っている……? 

 え……あれ?

 俺は……目の前が白くなっていく……。


 

 


 

 


 

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