「貴女、元は平民、それも孤児だそうね。」



「…それがなにか?」




生徒会業務が終わって、アンカー様が帰ろうとしていたところを呼び止め、ちょっとお話よろしいですか?と聞いたところ、いきなり彼女にそんな事を言われる。



生徒会室には私と彼女以外誰もおらず、教室の中はシンと静まり返っていた。



私はアンカー様の不躾な物言いに、眉を顰めながらも訪ね返す。


私が養女だということは、一般的には知られていない。普通、一家庭が養女を迎えたからと言ってわざわざこの子は養女です等と言ったりしないだろう。



その時の子供が幼かったらなおさらに。多少年齢が上なら言わなくても周りは気付くだろうが、私の場合は前者だ。誰かにでも聞かなければ私が養女だということは判らないはず。



にも拘らず彼女は私を平民、しかも孤児だった事まで知っているのだ。お父様たち家族の皆が話したとは考えにくい。使用人の人たちしかり、皆私を愛情持って育ててくれていたのを知っているから。



だがフェリス夫妻は一度本当の娘を亡くしている。その関係で私が養女だと知っている人がいるのは判るが、孤児だったという事までとなると…


王様にすらお父様たちは私の事を話していないのに…それなのに知っているということは、やはり彼女も転生者なのだろうか。私はそのことには気付かない振りをして、とりあえずアンカー様の話を聞くことにした。




「私が元平民だと、何か問題があるのでしょうか?」



「そんなことは言ってないわ、ただ、殿下に必要以上に近づき過ぎではない?いくら公爵家の娘でも、貴女は元は平民。しかもどこの誰かも分からないような親の孤児でしょう。そんな血筋で殿下に近づくのはやめた方がいいわよ」



「別に近づいているわけではありません。私は私が受け持った仕事をただこなしているだけです。言いがかりはやめてください。」



「言いがかりだなんて、ただ私は貴女に親切に教えているだけよ、平民の血で殿下と近いのはよくないと。たとえ聖女だとしてもね。」



聖女!?私が聖女だというのは隠しているから知らないはず…ということは…



「…アンカー様」



「何よ」



私は意を決した。



「乙女ゲームというのをご存じですか?」



「!!」


アンカー様の目が驚愕に見開かれる。やはり間違いなかったらしい。



「やっぱり貴女も転生者だったのね!!」


「ええ、アンカー様も」



「通りでおかしいと思ったのよ、ヒロインのはずの貴女はそんな地味な恰好をしているし、もう一人聖女みたいな子はいるし、おまけに何故か私はエリアス様の婚約者にもなれなくて…シナリオが違い過ぎてるじゃない!どういうことよ!」



「どういうことと言われても…アンカー様もあの子のこと知らないんですか?」


っていうかやっぱりアンカー様、殿下の婚約者じゃなかったのか。



「そんなことはどうでもいいのよ、今は貴女の事よ!」


いや、自分から言ったのにどうでもいいって。



「とにかく、ゲームで貴女は殿下と結ばれたからと言って、ここではそうではないのよ!」


うん、それには激しく同意。


「この世界はラノベなのよ」


ん?


「この世界はね、悪役令嬢である私が主役になったラノベの世界なの!」


んん??


「王太子殿下であるエリアス様に一目ぼれされて溺愛され、性悪ヒロインを追い詰め、ハッピーエンドになるのよ!」


あの、性悪って…



「ですから私は殿下に近づくつもりありませんよ…それに、アンカー様も殿下の婚約者になられていないのでしょう?」


「そんなのは今だけよ、私の事を愛してくださっているのは間違いないんだもの、婚約もただ何か理由があって伸ばしているにすぎないわ」



「だから、エリアス様にふさわしいのは私で、貴女ではないのよ。貴女が聖女に覚醒しても、エリアス様が愛しているのは私なのだから、結ばれることはないのよ。」


だから近づくのはおやめなさい。とにっこり険のある顔で微笑まれた。



「…アンカー様」


「何よ」



あれ、デジャヴ?



「一つ言わせてください。」


アンカー様は言ってみなさいよとフンとふんぞり返っている。


「ここは現実です」


「な!?そんなのわかってるわよ!」


バカにしないでよ!とアンカー様は顔を真っ赤にして怒っているが…いやいや、絶対わかってないだろう。


「ここはセーブもリセットもできない現実です」


「だからわかってるって言ってるじゃない!ここはラノベの世界なんだから!」


「いえ、そういうことではなくてですね…」



駄目だ、話が通じない。



アンカー様は生徒会に入れるくらい頭はいいはずなのに…思い込んだら一直線なのだろう。



「とにかく、貴女はエリアス様には近づかないで。」


でないとこちらにも考えがあるわよ。ととんでもない一言を残して生徒会室を出て行った。



……はあぁ~…


一人残された生徒会室で私はでっかくため息をついた。


近づくなって言われても、仕事だし、殿下の補佐なんだから仕方ないだろう。こんな風になりたくないから地味に過ごしたかったというのに…



でも、アンカー様、ラノベ通りにしたいならば、普通は悪役令嬢にならないように、ヒロインにあんな風に迫ったりしないと思うのだが、矛盾してないだろうか?このままでは本当に彼女が悪役になってしまうのでは?



「……とりあえず、帰ろう…」


今までで一番疲れた気がする。もう今日は早く帰って寝よう。と、私は生徒会室を後にした。














ユリーナが去った生徒会室の隣の資料室の扉から、一人の男が出てきた。彼は帰っていくユリーナの後ろ姿をじっと見ていたが、その端整な顔には何の感情も映されていなかった。





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