4 グランツアーside
俺は実力社会のこの国で、暇を持て余していた。
何かを始めると、たいていの事はそつなくできてしまい、すぐに興味が失せてしまう。
クレーズ国随一であるこの学園で教師になったのも、ただの暇つぶしだった。
侯爵家の生まれだが、俺は次男で、家は2つ上の兄が継ぐことになっている。
俺が教師などできるのも、そのおかげだろう。
それもただ淡々と退屈に教員職を過ごす俺に、友人のキリクから頼みごとをされた。
キリクとは幼少期からの付き合いで、お互い本音で話せる気心の知れた友人であり、腐れ縁だ。
病弱だったキリクの妹とは面識はなかったが、妹の話になるとキリクは悲痛な表情をする。
妹に何もしてあげられなくて、自分は無力だと。
その妹は年々病状が悪化していくようで、治る見込みがないと言われていた。
それでもキリクは妹のためにと、せめて妹が寂しくなったりしないようにと、よく傍に寄り添っていた。
自分にはこれくらいしか出来ることがないからと。
どうか元気になってほしいと、教会で祈りもしていた。
だがそんな思いも虚しく、彼女はそれから数年で儚く逝った。
その後のキリクは見ていることもできないほど憔悴しきっていて、俺はそんなキリクをただ見ている事しか
できなかった。碌にキリクの妹のことを知らない俺が何かを言った所でどうにもならない。
キリクが自分で立ち上がるしかないと思った。
そうしてそれからちょうど1年位たったころだろうか。
それまでずっと瞳に何も感情を乗せなかったキリクが、見違えるように変わった。
もちろん良い意味でだ。何か良いことでもあったのかと、何時か聞いてみれば、妹が出来たんだと。
それは嬉しそうに笑っていた。そうか、フェリス夫妻にまた新たな命ができたのか。
そう思っておめでとうと伝えると、キリクは一瞬虚を突かれた顔したが、すぐに違う違うと首を振る。
よくよく話を聞けば、孤児院にいた少女を養女にしたのだとか。
キリクはその少女を溺愛しているようで、目に入れても痛くないと、
いつも可愛い可愛いと、もうウザイくらいになっていた。
まあ、あの何も無関心な目をしていたキリクに比べれば、多少鬱陶しくてもましだろう。
今は俺もキリクもお互い成人し、キリクはフェリス公爵の補佐をしながら仕事を手伝っている。
そんなキリクの外面は氷の貴公子と呼ばれている。
病弱な妹が生きていたころから、そして亡くなってからの1年あまり、キリクは妹に笑いかけることはあっても、
外では全く笑わなかった。
俺ですら見たのは妹のためを思って無理して笑っているところくらいで、見ていて痛々しかったものだ。
養女にしたという少女が現れたころには、キリクにはすでに氷の貴公子、所謂笑わない貴公子として
名が広がってしまっていた。
その後、養女となった少女によってキリクは変わっていくが、社交界ではやはり笑わないままとなっていた。
本人にそのことを聞けば、今更取り繕ったところで何も変わらないし、面倒の一言だった。
キリクらしいと言えばそうだが、何とももったいないとも思う。
少しでも笑いかければ、もっと人付き合いもスムーズだろうに。
そんな笑わないキリクにも、元がかなり良いためか、縁談の申し込みは絶えないらしい。
それでも婚約者を作らないあたり、よっぽどその妹が大事で仕方がないのだろう。
そうしてキリクの妹が学園に入学することになったとキリクから連絡があった。それに頼みごとがあるのだとも。
その頼み事は俺を退屈から抜け出すのには充分で、二つ返事で了承した。
ここだけの話だからと、彼女が聖女候補だと聞いた時には驚いたが、まさかそれで養女にしたのかと聞けば、
キリクは微笑う。その無言が肯定だろう。
まあいいか。まだ会ったこともないが、キリクがこれほど入れ込むんだ、悪い娘ではないはずだ。
俺は楽しめれば何だっていいのだから。
そうして迎えた入学式、キリクの妹であろう、ユリーナ・フェリスの姿を見た俺はまたも驚いた。
あの恰好は…何故?まさかキリクがそうさせたのか?
余りの貴族らしからぬ姿に俺は一瞬茫然とするも、すぐに平静を取り繕う。
そういえばキリクから彼女は目立ちたくないと聞いていた。おそらくそのためだろうが…
だが逆に目立ってないか?ククっ、面白い娘だな。
とりあえず、キリクの願い通り、数日彼女の様子を見ていた。
そして、ふと彼女の周辺にほとんどの確率である人物がいることに気付いた。
あれは確か、平民枠の、奨学金で入ってきたというエリアナとか言ったか。
髪色が黄金色に近いことから、聖女候補と噂されている。
確かに魔力は強いようだが、何故かあの髪からは嫌な気配がするのは気のせいか。
気を付けて見ていると、エリアナは常にユリーナを敵視し、張り合っているように見える。
当のユリーナ本人は全く気付いていないが。
何もなければいいんだが…まあ何かあってもキリクがどうにかするだろうが。
シスコンも度を過ぎているがな…
それからユリーナが学園生活に多少慣れてきたところを見計らい、放課後、ユリーナのいる
教室へと向かう。
教室へ入ってユリーナを呼べば、ちょうど帰ろうとしていたのか、鞄を持って席を立ったところだった。
初対面の俺に向かって嫌そうに引き攣った顔を向けるユリーナ。
大体の女生徒は媚を売ってくることが多い俺にそんな表情をするとはな。
目立つのを嫌がるくらいだからそうなるのも仕方がないのかもしれない。
そう思いつつ、話があるからとユリーナを図書室へと誘導する。
その時ユリーナの背後から強い視線を感じて目を向ければ、あの奨学生のエリアナが憎悪のこもった目でユリーナを睨んでいた。
ユリーナはその視線に気付いていない。あんなにキツイ視線なのに気付かないとか、この子はどんだけ鈍感なんだ?と思わなくもないが、
とりあえずユリーナに話をするのが先だろうと、そのまま教室をあとにする。
ユリーナに生徒会へ入ってほしいことを告げる。案の定彼女は慌て、辞退しようとしたが、
強制だからと、半ば強引に引き受けさせた。まあ実際強制なのだから仕方がない。
途中、ユリーナの聖女発言に何故国の重要機密でもあるそのことを知っているのかと疑問に思ったが
そういえばフェリス公爵の娘だったということを思い出す。そしてキリクの妹でもある。
普段ユリーナが令嬢とは逸脱した姿をしているせいか、彼女が公爵令嬢だということを忘れそうになるのだ。
一応、聖女の史実は貴族だけでなく、平民にも広く伝えられているが、その聖女の条件等は限られた者にしか伝えられていない。
エリアナ本人は平民なのだから知らないはずだが、ユリーナは公爵令嬢。ユリーナ自身の事でもあるためきっと公爵が話したのかもしれない。
そう思いつつも、ちょっと意地悪がしたくなって己の本性を見せてみれば、ユリーナは脅えたように一歩下がった。
少しいじめ過ぎたか?
可哀そうになって宥めるが、ユリーナの警戒は解けない。
その後も話をしたが、ユリーナは最後まで解けないままだった。
やはりやりすぎだったか…
まあでも、収穫はあった。ユリーナは自分を楽しませてくれる。彼女と一緒なら退屈な時間も退屈ではなくなるのではないか?
自分がそんな風に思うのは初めての事で、これはやばいかもな…なんて考える。
後日、ユリーナの事を報告にキリクへ話に行けば、キリクは俺を恋敵の様に睨んだ。
「ねえ、グラン、君にユリーナは渡さないよ?」
「へえ?、だが俺は諦めるのは苦手でね。悪いな。」
ただユリーナが無事に生徒会へと入ったことを告げただけなのに、なぜかキリクに牽制されたことに驚いたが、俺は負けじと返した。
いくらキリクに渡さないと言われても、ユリーナを振り向かせればキリクも諦めざるを得ないだろう。
本当は、ただユリーナを面白い生徒だとしか思っていなかった。確かに嵌りそうだとも思ったが。
だがその思いはキリクへ向けた自分の発言で間違いだったと気づく。
気付かないうちに本気になっていたのだと。
5つ下の娘に男二人が振り回されて、おかしなものだなと、俺は薄く微笑った。
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