Ver.7.1/第24話

 何という事はない。

 門から入れないのであれば、防壁を乗り越えてしまえば良いのではないかと考えただけである。システムの壁を乗り越えられないのであれば、オブジェクトの壁を越えてしまおうという単純な発想だ。

 もちろん、ズキンやヤタジャオースに協力してもらっても空を飛ぶことはできない。しかし、こういう作業にうってつけのアイテムを持っている。

「鉤縄使うの、何気に久しぶりだな」

 初めて使ったタイミングで〈クライミング〉のスキルを取ってしまったので、使う機会も滅多にないのだが、ハーネスなどの下準備を整えるまでもない場所に登るのには便利であるため、常備しているアイテムのひとつだ。

 防壁の高さはハルマのSTRでも投げて届く程度のものしかない。本城の城壁と違い、兵士らしきNPCが見回りをしている様子もないので、特別警戒することなく行動に移ることにした。

「よっと」

 STRに不安はあるものの〈クライミング〉の効果があるおかげで難なく登り切ることができた。しかも、壁の劣化具合が適度な凹凸を生み出し、登りやすくなっている。もしかしたら、〈クライミング〉の上手いプレイヤーであれば、鉤縄などの道具を使わずともスイスイ登れてしまうかもしれない。

 防壁の厚さはかなりあり、ハルマ一行が勢ぞろいしても手狭に感じることもなかった。

「これだけ不審者がぞろぞろ壁の上にいるのに、騒がれないんだから警戒が厳しいのか緩いのか、いまいちわからんな」

 飛び降りるには些か高さがあるため、防壁の上をしばらく移動してみると、町に下りられる階段を見つけることができた。

 新たな世界にワクワクしながら封魔の一族の城下町へと足を踏み入れたのだが、しかし、そこで目にした光景に唖然とさせられることになる。


「ハルマぁ。ここの人達、何だか元気がないね」

 ユーレイであるマリーにまで心配されるほど、見かける住民はやせ細っていた。空気感も、どことなく暗く重苦しく感じられる。

「どうなってるんだ?」

 門番に黙って忍び込んだ手前、目立った行動をとるのもどうかと思ったが、そんなことを気にかける余裕を感じられないNPCばかりだ。何かあるに違いないと、ハルマは思い切って聞き込みを始めることにした。


 結果は、想像以上にあっさりした内容だった。

「要は圧政が原因で生きていくのもやっと、ってことか。そういえば、ラヴァンドラさんも、封魔の一族の結束が崩れてるようなことを言ってたもんな。わざわざ、こんな設定にしてるってことは、何かある、ってことだよな?」

 魔界に何しに来てるんだと言われそうだが、すでにハルマの頭から攻防戦のことは消えてしまっている。第2ラウンドが半ばを過ぎても、大きく情勢をひっくり返しそうな陣営が居ないことも手伝って、やりたいことをやっても怒られないだろうという気持ちも強かった。

「話は割と簡単だよな。税の取り立てが厳しい上に不作続きで食べていくのも厳しい。……で、あれば、収入と食べ物があれば、持ち直せるってことだろ? それとも、城主をどうにかしないとダメなのか?」

 城主をどうにかしようとすれば、攻め落とすしかなくなってしまう。しかし、ここを攻め込んでも勝ち目はなく、他の封魔の一族のエリアから立て続けに攻め込まれる結果になってしまう以上、軍事力で介入するのは悪手であろう。

 そうなると、ハルマのやれることは限られる。

 自分の所の城下町の住人は、どうやって収入を得ているのだろうか? と、ふと考える。基本的に、知らぬ間に売り買いをしているのだ。商人NPCはまだしも、一般人NPCがどうやって収入を得ているのかは、かなり謎だ。

 それでも、ヒントが存在する。

「素材を集めて税として納めてるってことは、自分達で採取をやってるってことだよな? それを売って稼いでるってことだろうな。そういえば、食材と一緒にポーションの材料なんかも店に売ってたな」

 収入源は予想がついたが、ここでわからなくなる。

「待てよ? 素材の採取は勝手にやってるから、俺がどうこうできる話じゃないよな?」

 しかし、町を回ってみれば、答えは簡単だった。

「なるほど……。素材を集めても、買い取ってくれる店がないのか……。買取は公営の場所だけで、安く買い叩かれてるってわけね」

 自分達の城下町よりも小さいので、見て回るのは楽とはいえ、隅から隅まで確認するのはなかなか骨が折れたが、苦労した甲斐があった。

 店はいくつか見かけるのだが、どこも閉まっており、RPGならではの「勝手に中に入り込んで調べて回る」を実行しても、誰も住んでいる気配がなかった。

「圧政に耐えかねて逃げ出した、ってところかな。ここから消えたNPCが俺達の所に来てるのかもしれないなあ。それとも、条件が整えば流浪の商人NPCが居座るようになる?」

 どちらにせよ、ないのであれば作れば良い、というだけの話だ。それは、ハルマにとってはその辺のモンスターを討伐するよりも簡単な話だ。その上、ここにはすでに物件もあれば、元々商店だっただけあり、いくつかの必要条件もそろっている。

 後は足らない物を持ってくれば良いだけだ。

「ありゃ? この町、生産工房どころか、生産設備も置いてないのか。ここじゃ作れないな。転移場所に設定もできないもんなあ……」

 敵陣のど真ん中ともいえる場所なのだ。さすがに転移でお手軽に移動することはできないようだ。

 隠しルートを使って安全に来られるようになったとはいえ、〈覆面〉を使ってもそれなりに時間がかかってしまう。やると決めたからには、徹底的にやりたくなってしまう性格なので、半端なものにはしたくない。

「もう遅いから、ここでログアウトしちゃうかなあ……。あ、ダメか。玉座に戻らないと。くそー。明日も休みだから、早起きするかぁ」

 城主であるため、ログアウトは玉座の間で行わなければ本城エリアの耐久値にボーナスが付かない。ハルマ陣営の防衛力であれば、ボーナスがなくとも守り抜いてくれるだろうが、城主を任されている以上、油断して良い理由にはならない。

 仕方なく、必要そうな物をリストアップするだけに留め、転移で城へと戻ることにするのだった。

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