Ver.7.1/第23話

 ――時間は第2ラウンド中盤へと戻る。


 テストが終わり、早朝に目が覚めログインしたハルマが行ったのは、川底の土をどかすという作業であった。

 それによって可能になったのが、隣の封魔の一族が支配するエリアへの侵入である。むろん、侵入自体は最初から可能であった。

 ただ、ハルマのAGIでは〈覆面〉でワーラビットにならなければ到達することも難しい場所だ。エリアを跨ぎ、更に彼らが暮らす拠点にまで足を延ばすとなると、ワーラビットの状態でもギリギリ間に合わない。ハルマでも無理なのだから、他のプレイヤーが到達したという話も聞いていない。

 ところがどっこい。川の中を移動することで、それも可能になっていた。これは、〈水泳〉のスキルが育っていることが条件ではあるが、ユララがいなくとも平均よりも少し高い程度のAGIがあるプレイヤーであれば可能であることも、モカの協力で判明することになる。

「ハルちゃんに聞いてた通り、門番さんは振り切れないね」

 モカはNPC相手に自分の突破力を試したみたいだが、さすがにシステムの壁を越えることはできなかったみたいである。

 ハルマも、モカであれば自分のできなかった手段でもって侵入してしまうのではないかと期待していただけに、ちょっとだけ残念に思ってしまう。

「ははは……。やっぱり、モカさんでもあの門番に弾かれましたか」

 ハルマも、自分が足を運んだ時のことを思い出し、微苦笑を浮かべる。


 ハルマがモカよりも一足先に隣のエリアに向かったのは、魔界での正式な大規模襲撃戦を初めて経験した日の夜だった。とはいえ、ゲーム内での時間の進み方と現実の時間の進み方は違うので、暗がりを気にする必要もない。

 ユララに頼み水の中を流れに任せて進んでいく。作業しながらだと6時間以上もかかったが、ただ進むだけでも通常であれば5時間前後必要だ。幸い、水中であっても〈覆面〉の効果は適用され、大幅に時間を短縮して目的地へと到着した。

 水面から顔を出して気づいたのは、すぐ近くに封魔の一族の拠点があることだった。この距離であれば、ワーラビットでなくともたどり着ける。まあ、解除する必要性もなかったので、そのまま走り込んだのだが。

「ここまで来れば魔瘴メーターも増えないな。結界の範囲に入ったってことかな」

 自分達の城下町よりもだいぶ小さいこともあり、かなり近寄らなければならなかったが、防壁の出入り口に設けられた門を守るNPCが駆け寄ってくることもなかった。当然ながら、NPCなので、好き勝手動けないだけのことであろう。その証拠に、門番の横を通り抜けようとすると呼び止められてしまった。

「怪しいヤツめ。ここを通すわけにはいかぬ」

 このセリフを聞かされ、強制的に門の外まで移動させられてしまう。この瞬間移動する感覚が面白く、何度か繰り返してみたが、同じセリフをその度に浴びせられてしまうばかりであった。

「どうやったら入れてもらえますか?」

「怪しいヤツめ。ここを通すわけにはいかぬ」

 穏便に事を解決しようにも、受け答えもしてもらえない。

「通行料とかが必要なわけじゃないんだな。でも、あれだけ作り込んでるんだから、プレイヤーが入れないってことはなさそうなんだよなあ」

 入れないと言われると、入りたくなるというのが人情というものだろう。

 ただ、門番を退けることもできないので、魔瘴メーターが増えない距離を保ちながら城下町の外を防壁に沿ってぐるりと回ってみることにした。

「こっちの城下町には水路っぽいのがあるんだな。水流れてないけど」

 道だと思っていたのは湖から延びているのであろう川が干上がったものだったらしい。ずいぶんゴロゴロと石が転がってると思ってはいたが、ようやく得心がいった。

 水路から忍び込めないかと覗き込んでもみたのだが、鉄格子がはまっており入ることはできそうにない。

 そのまま本城エリアにまで足を延ばしてみたが、そこまで行くと見張り台から周囲を見回すNPCが目に入ったので引き返すことにした。

「隙間も穴も裏口もなさそうだな。たいていのRPGだと、裏門あって、カギを見つけてくるかイベントが発生するってパターンなのに……」

 再び門番の所まで引き返し、交代でもしないかと観察してみたが、動く気配はない。通常サーバーだと1日の長さは72分なので、昼夜の入れ替わりは36分ごとに起こることになる。とはいえ、川を潜ってここに来るまでもかなりの時間を要したので、リアルの世界では夜も深くなってきている。

 あまり長い間観察することもできないため、早々に諦めることにした。

「だいたい、魔界の1日の周期もよくわからないんだよな」

 太陽が昇っているのか沈んでいるのかハッキリしない空を見上げ、嘆息を吐き出す。

 ……と。その瞬間、ひとつの可能性に思い至る。

 この時、空を見上げた。ただそれだけのことで、この後の活動の方針がガラリと変わることになるとは、ハルマも思っていなかった。

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