Ver.7.0/第46話

「んー? 別に受けても良いんじゃない? 何か悪いことあるの?」

 深く考えた様子もなく、モカがあっさり答える。

「ですねえ。変に裏読みしなくても大丈夫じゃないですか?〈売り込み〉を受けた場合、こちらが不利になるようなリスクはなかったと思いますよ?〈スカウト〉を受けるメリットはなさそうなので『やーい。バーカバーカ!』って言いながら拒否してやりましょう! 送った相手もネタで申請してるでしょうから、きっと喜んでくれますよ」

「いやいやいや……。ネタ申請だろうとは思いますけど……。まあ、いいか。あたしも〈売り込み〉を受けるのは賛成かな? 実際、何で味方につこうと思ったのか訊いてみたいし」

「なるほど、それは確かに知りたい……。そうなると、問題は〈同盟〉の申請か? 確か〈同盟〉関係になると、ちょっとだけ面倒なことになるんですよね?」

 味方が増えて困るのは、簡単には負けられなくなることだが、朝から30戦以上も耐えていることを鑑みるに、呆気なく負けることはなさそうだ。ただ、勝ちを目指す戦いも考えなければならなくなると思うと、ちょっとだけ憂鬱ではあった。

「そうですねえ。〈同盟〉陣営を対戦相手には選べないので、第1ラウンドのルールだと、囲まれちゃうとどこにも攻め込めなくなっちゃいますね。まあ、でも、私達にとっては壁が増えるメリットの方が大きいかと」

 相手を攻め込めないということは、攻め込まれないということでもある。最初から勝ち残ることは選択肢になかったので、ネマキの意見はもっともだ。むろん、現状は周囲に〈同盟〉候補もいないので、当面は自力で守り切らなければならないことに変わりはない。

「でも、仲間増やすんですよね?」

〈同盟〉相手が増えるのはメリットだが、届いている〈売り込み〉申請の数が数だ。すでに30以上の陣営から届いており、ハルマ達がインしたことに気づいたのか、今も少しずつ増え続けている。

 ひとつのサーバーに500近い陣営がひしめき合っているとはいえ、その中の30となると、一挙にランキングトップに躍り出る数字だ。

 ただでさえ知名度のせいで狙われているというのに、なおさら標的にされてしまう理由を増やすことになる。

 全員が近くに固まっているなら話は早いのだが、おそらくそんなことはなく、各地に点在していることだろう。仲間となるなら、可能な限り速やかにひとつの軍勢となって協力し合うべきだ。

 そうなると、総大将の身分になるとはいえ、自分達も攻め込む必要も出てくるかもしれない。

「どういう目的で陣営に加わりたいのか訊いてみないことにはわかりませんけど、第2ラウンドに進むつもりは最初からないんですから、最悪、全員ここに来てもらえば良いんじゃないですか? もしかしたら、みなさん、私達と同じで魔界の雰囲気を楽しみたいだけかもしれませんし」

「あー、なるほど。別にすぐ負けてもいいけど、可能であれば少しでも長くプレーしたい。誰かに味方になってもらえたら心強い、みたいな感じですかね?」

 ハルマのジレンマを感じ取ったネマキの言葉に、マカリナも納得の表情を浮かべた。全員が全員、〈魔界の覇者〉を本気で狙っているわけではない。むしろ、そちらの方が少数派だろう。

 Greenhorn-onlineのサービス開始から、今までにいくつもイベントが開催されてきた。その中で本気でトップを目指すものもある。

 最たるものが〈魔王イベント〉である。

 しかも、ここにいる4人は、その中でも〈大魔王決定戦〉まで経験している。

 頂点に立つことが、どれだけ大変なことなのか、よく知って……。

 あ、いや。この4人にかんしては、別に目指していないのに気づけば頂上に着いていたタイプであった。


 コホン。


 何はともあれ、数十万人が競い合うMMORPGの世界でトップを目指すということは、気持ちだけではどうにもならないことも多い。

 勝ち馬に乗る。ではないが、勝ち馬になり得そうなシンボルがいたら、乗ってみたくなるというのも人間の心理かもしれない。それで負けても、責任転嫁もしやすく気が楽というものだ。

 乗られる側からしたら、たまったものではないのだが……。

「ハルちゃん、大魔王だもんね。頼りたくなるのも無理ないよ」

 モカの言葉が全てだと思えた。

 別に好きでなったわけではないが、〈大魔王決定戦〉に出場することも、勝ち進むことを選択したのも自分である。

 インベントリに仕舞いっ放しになっているはずの〈大魔王のエンブレム〉が、妙に重く感じた。

「じゃあ、〈売り込み〉と〈同盟〉の申請、どっちも受けるってことで良いですか?」

 陣営による申請は、誰に申請されたものであっても城主プレイヤーでなければ受諾できないシステムだ。陣営内のプレイヤー全員の同意を得ることも可能だが、最終判断は城主に任される。

 申請を送る側はもう少し面倒で、意見がバラバラではダメで、必ず全員の同意を得なければならない。城主の意見だけでは申請できないのである。

 つまりは、30以上の陣営ということは、ひとつの陣営に3人プレイヤーがいると見積もっても100人近いプレイヤーから頼られていることを意味する。

 当然、受けるハルマとしても、それだけ責任感が圧し掛かる。

 正直、嫌だな、という気持ちの方が大きい。

 それでも、届いている申請をひとつずつ受け入れていくことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る