Ver.7.0/第38話

 初陣。

 三皇軍10000とチュウスケ軍15000の合わせて25000の兵力が、ひとつのフィールドに集結する手筈となった。

 対するは5人パーティの陣営。本城だけはランク2にまで上げているが、城門と城壁はランク1、見張り台は初期のままだ。本城がランク2に上がっているため、軍勢は17000となっているが、指揮官NPCも平凡な能力値として知られている者である。

 おそらく、17000のうち半数近くはゴブリンであることが予想できる軍勢だ。

「設定したら、後は結果を待つしかないってのは、クソだるいな」

 直接指揮できるわけでもないので、現地の様子をカメラ越しに眺めるか、メニューで変化する数字を確認するかしかできない。ちなみに、専用サイトを経由すれば、後から動画として見返すことも可能だ。

 一度始まってしまえば、AI任せの戦いとなり、余程のイレギュラーが起こらない限り、優劣の差をひっくり返されることはない。

 今回は指揮官NPCを三皇軍から出していることもあり、一か所に集まって同じ場所から攻め込むことにしている。

 チュウスケ軍にも優秀な指揮官NPCがいれば、ふたつにわけて進軍することも検討していたのだが、三皇軍の指揮官と同等以上の能力を持つ優秀なNPCは出現しなかったのだ。

 また、このタイミングで別の勢力が同じ相手に攻撃を仕掛けた場合、NPCの軍勢、あるいは〈同盟〉を組んでいる軍勢でない限りかち合うことはない。

 さすがはデジタルの世界で、同じフィールドで別々の戦いが展開されるのだ。その場合は、先に相手のフラッグを奪い取った勢力の総取りとなるものの、争奪戦に負けた別勢力にペナルティ的なものは発生しない。ただし、負けはしないが、勝てもせず、ただただ徒労に終わるだけならまだしも、負傷兵は回復を待たなければならなくなるのは、地味に痛手となるだろう。

「本当は、このザコがどこかを攻めるのを待ちたいんだがな」

 フィクサは必要項目の設定を行いながらつぶやく。

 攻防戦が始まったばかりである上に、平日の午前10時という時間帯であるため、ログインしているプレイヤーは限られる。そうでなくとも、序盤は様子見のために守りを固めて引きこもる陣営が大半であることが予想されるため、プレイヤーに目立った動きはない。

 だが、それでは短期間で勝敗を決めるには都合が悪いことがわかっているのだろう。NPCだけの陣営には、すでに動きが見られる。

「もっとザコの魔物どもは動き出してるぜ」

 サラシがマップ上の変化にいち早く気づき声を上げた。

 セゲツもすぐにマップを確認すると、多くの場所で交戦中のマークが表示され始めた。

「マジか!? って、何だ。この辺じゃ、動きがないのか」

 フィクサも、混乱に乗じて攻め込む相手を変更しようと思ったのだろう。しかし、残念ながら周囲の陣営に動きは見られない。

 手軽に攻め落とすなら魔物のNPC陣営を狙うのが良いのだが、ランキングに反映される獲得ポイントはプレイヤーの陣営の半分しかないため、優先度は低い。ただ、不思議なことに同じNPC陣営である封魔の一族の陣営は、プレイヤーと同じポイントを獲得できることになっている。

 封魔の一族を攻め落とせば良いようにも見えるが、何か厄介な仕掛けがあるそうだと感じているプレイヤーも多い。

「最初だけかもしれんが、もしかしたら、インしてるプレイヤーが近くにいるNPCは、動かないようになってるのかもな」

 セゲツは、特に決め手があったわけではないが、思い付きで口にする。口にした後から、本当にそうかも、と思い始めるくらいだ。

「チッ。そういうことか。まあ、イイ。予定通り始めるぞ」

 セゲツの仮説にフィクサも納得したのか、近くの敵対NPCが動き出すのを待つことは瞬時に止め、行動を開始する。

 今もフィクサの配信を噛り付くように見つめている視聴者がいるのだ。まずは戦果を挙げて、これまでに寄付してくれた相手の虚栄心を満たしてやらなければならないと考えているはずである。

 そうすることで、今後も寄付を集めたいのだ。


 攻城戦において、設定する項目は多い。とはいえ、それも、最初だけのものが多いので、次回からはもう少し楽になるだろう。

 指揮官NPCの選択。

 行軍の兵士数、及び、編成。

 進軍時の陣形。

 兵糧数。

 相手フィールドのどこを出発地点にするか。などなど。

 特に時間がかかるのが、軍の編成だ。

 事前に設定できるとはいえ、どのモンスターをどれだけ投入するかをいちいち設定しなければならない。特に、チュウスケを仲間に引き入れた関係で、新たに設定しなければならない項目が増えたのが面倒だ。

 また、陣形によっては副官を複数指名しなければならないため、こちらも時間がかかる。

 これにフィクサも途中からイライラし始め、最後の方はかなり雑になっていた。

「こんな細かいところは、どうでもイイだろ。チュウスケも設定終わってるな?」

「オッケーっす」

 フィクサの思考は単純だ。

 軍の編成も、とにかくレア度重視で、能力と数で押し切るつもりだ。もちろん、これが悪いわけではない。むしろ、ゲームにおいてはシンプルに強いことが多い。

 こうして始まった合戦は、最長でも15分で決着がつく。

 AI戦なので、始まってしまえばかなりの倍速でじゃんじゃん進んでいくのだ。

 15分経っても攻め落とせなければ失敗。攻め落とせば相手のフラッグを奪い、自軍のフラッグに塗り替えられ、〈征服〉成功となる。

 相手陣営の指揮官NPCを討ち取り、フラッグを奪うことで〈征服〉状態になり、相手陣地を奪うことになる。そこが複数の陣営を有していた場合、本陣でなければ指揮官NPCの判断で逃亡することもあるが、陣地を支配下にすることは成功する。

 三皇軍を例にすれば、フィクサ達の陣営が本陣で、ヨージとチュウスケの陣営が支配地となる。ヨージかチュウスケの陣営が仮に攻め落とされても、即座に相手陣営の配下になるわけではなく、フィクサの陣営に逃げ延びることが可能である。この場合は、逃げ延びるのはプレイヤーと指揮官NPC、そして、兵士モンスターの中からランダムで1割だけである。

 ただし、本陣であるフィクサの陣営が攻め落とされた場合は逃亡は選択できず、ヨージとチュウスケも含めた陣営全体が丸々相手支配下になってしまうのだ。

 そのため、今後、フィクサが攻めに出るとしても、本拠地を守るために、ある程度の兵を残しておかなければならない。また、第1ラウンドでは隣り合った陣営しか攻め込めないルールであるため、これを考慮して、本陣を別の拠点エリアに移すことも視野に入れておかなければならないのだ。

 細かい話になるが、隣り合った陣営にしか攻め込めないルールではあるが、共闘する陣営は必ずしも隣り合っている必要はない。ただし、遠隔地への遠征となると、兵士の士気が下がり、下がった分だけステータスが減少する仕様になっている。

 今回は、フィクサ、チュウスケ、共に隣り合った陣営であるため、特に士気が下がることはない。

 

「うわ。クッソ弱ぇ」

 ミニチュアの箱庭戦のように、小さな兵士モンスターが画面の中でちょこまかと動き回り、至る所で戦いが繰り広げられている。

 フィクサの悪態の通り、一方的な展開だ。

 機動力に長けた獣系モンスターを先陣に、ベビーサラマンダー、マンティコア、ファイアーバード、アサルトマシンといった個の能力が高いモンスターが続き、城門を難なく突破。それだけでなく、オークを主体とした亜人軍が外堀を越え、城壁まで破壊する始末だ。

 更に、特殊能力を持つヴァンパイアによってゴブリンよりも弱いとはいえ、まとまった数のスケルトンが随時召喚され、戦力差は開く一方である。

 本城前に配置されていたゴーレムの集団には多少手こずったものの、初戦は5分ちょっとで終戦を迎えることになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る