Ver.7.0/第12話

 ハルマの呼びかけで、全員の意識が切り替わった。

 これから始まるのは、ハルマ争奪戦。

 魔界では、特例として職人系のスキルを持たずとも生産職として作業ができる。レシピも、魔界専用のものが配布され、誰でも気軽に参加できる。

 とはいえ、これまで培ってきた職人スキルは残るため、優秀な生産職プレイヤーを仲間にできれば心強い。

 まして、ハルマはプレオープンとは言え、魔界でのプレーを体験している。身近にいるのなら、ぜひとも仲間に引き入れたいプレイヤーだ……が。


「言っておきますけど、俺、今回のルールだと、集中砲火食らう可能性大なんで〈魔界の覇者〉狙うなら、やめた方が良いですよ?」


 単刀直入に語られた第一声で、チップとスズコは「あ」と、声を上げていた。

 今回の魔界での戦いはAI戦がメインである。つまりは、ハルマと直接戦う必要はない。

 で、あるなら、大魔王ハルマを倒せるチャンスだと、他の陣営が考えるのは自然な流れであろう。むしろ、誰が最初にハルマに黒星を付けるかで競い合いに発展する可能性すらある。

 出る杭は打たれる、というよりも、ハルマレベルの知名度だと、出るつもりがなくとも、勝手に杭の方が主張を始めてしまう。

 チップとスズコも、ハルマが言わんとすることを瞬時に悟り、表情を曇らせた。

 リスクを承知で、それ以上のリターンが期待できるのか。リスクを無視してでもハルマと一緒の方が面白そうか。様々な葛藤が生じていると見受けられる。

 しかし、そんなことはお構いなしの人物もいた。

「そうなんだあ……。まあ、うちも似たようなもんだろうから、一緒に行こうよ。どんな感じになるのか見学したいだけだし。それに、あそこの集団戦、面白かったからねえ」

「あら、モカ姉様もそんな感じでしたか。わたしもたぶん最初に狙われるでしょうから、今回は単独行動しようと思ってまして。それならいっそ、ハルマ様に同行して悪目立ちしてみようと思っただけなんです?」

 モカとネマキも、ハルマに負けず劣らず知名度が高い。しかも、個人戦力が突出しているタイプなので、今回のルールでは対抗しようにも戦略でどうにかできるとは考えていないようである。この辺が、テスタプラスみたいなタイプだと、また違った対応になるのだろう。

「そっかあ。あたしらも前回の〈魔王イベント〉で、それなりに名前知られるようになったから、狙われる側になっちゃってるのか」

 スズコも、〈魔王イベント〉のエキシビジョンマッチに参加できたほど優秀な成績を収めている。全勝した経験のあるハルマ達ほどの注目度はなかったが、それでもトッププレイヤーとしてそれなりに認知されているのだ。

 身近に飛び抜けて有名なプレイヤーがそろっているせいで、なかなか意識し難いが、冷静に考えると、ハルマを仲間に入れずとも〈魔界の覇者〉を目指すのは骨が折れる立場だと気づく。

「ねえ、スズちゃん?〈覇者〉を本気で目指すなら、ハル君以外の生産職の人を誘って、城主になってもらうのが現実的な対策じゃない?」

「そうねえ。パッと見だけなら、見逃してもらえるかもしれないもんね。かなり期待値込みの対策だけど」

 一定の条件を満たせば、勢力図は全員に公開される。その際、表示されるのは城主となるパーティメンバーの名前がアイコン的な扱いになるはずだ。どれくらいの人数が同じサーバーで競い合うことになるかは不明だが、3ラウンドで頂点を決めるのだから、数十から数百、下手したら千人以上が詰め込まれるだろう。そうなると、いちいち全ての陣営をつぶさに調べるプレイヤーは少ないはずだ。

 とはいえ、戦国シミュレーションゲームの場合、城攻めは隣接した場所を狙うのがセオリーである。下手に離れた場所を攻め落としても、連携が取りにくく勢力としてはむしろマイナスの面すらあるほどだ。そもそも、今回の魔界のルールでは、第1ラウンドでは隣接した陣地にしか攻め込めない。

 そのため、隣接した陣営の情報収集は怠れない。

 勢力図で公開される情報は、パーティ人数、構成プレイヤー、拠点の強化ランク、司令官NPCの名前、兵数となっている。兵士の編成内容までは明かされない上に、城下町エリアにかんする情報も秘密が守られる。

 城攻めを行う場合は、拠点の耐久度、指揮官NPCの名前、兵士の数を参考にできるだけで、亜人系のモンスターが多いのか、物質系のモンスターが多いのかなどはやってみなければわからないようになっている。また、指揮官NPCにかんしては名前しか公開されないので、レア度の高いNPCほど能力は未知となる。

「オレ達は、最初の〈魔王イベント〉で潜り込んだだけで、この1年目立った成績は収められてないから、マークされることはないだろうけど、確かに、ハルマがいるだけで攻撃対象になるか……」

 チップとしては、ハルマと一緒に遊べるイベントだと思っていただけに、悩ましいところだ。

 ハルマとは一緒に遊びたい。

 叶うことなら、初代〈魔界の覇者〉にもなってみたい。

 両立できないことはないだろうが、ハルマの言葉の通り、道はかなり険しいものになるだろう。何より、真っ先にフラッグを奪われた時、ハルマが責任を感じるのが目に見えている。

「あー。うん。ハルマの言う通りだな。今回も、別行動にするか」

 断腸の思い。チップの表情からは、言葉以上の気持ちが伝わっていた。

 ハルマも、チップの気持ちが容易に想像できたため、「すまんな」といった軽い仕草だけが返される。

 と、そんなところに、呼んでもいなければ、呼ばれてもいない人物が現れた。


「皆さんおそろいで、何してるんですか?」

 ひょっこり現れたのは、マカリナとラキアだった。

「やっほー、リナちゃんラキちゃん。来月から魔界で遊べるじゃん? それで、ハルちゃんと一緒に行ってもらおうと思って誘ってたところ」

「あー、そっか。さっき通知が来てましたもんね。で? 全員そろってだと人数多すぎですけど、どうするんです? ってか、このメンバーで乗り込むとか、豪華すぎじゃないです? あたしだったら、名前見ただけで逃げ出しちゃいますよ?」

 ラキアは居合わせた面々を眺め、率直に尋ねる。モカはソロプレイヤーなので、どうとでもなるだろうが、チップのパーティで3人、スズコのパーティで5人、ネマキのパーティで4人いる。この場に全員がそろっているわけではないが、ハルマも合わせると14人にもなってしまうのだ。疑問に思うのも無理はない。

「それがねえ。よくよく考えたら、ハル君って悪名高すぎて、今回のルールだと真っ先にヘイト集めて潰されちゃいそうだって話してたところなんだよ」

「スズねえ……。俺、別に悪名は広げてないと思いますよ?」

「いやー。大魔王の理不尽な強さは、立派に悪名だと思うよ?」

「え? ええぇぇ……」

 スズコの言葉に、ハルマは肩を落とす。納得したわけではないが、全否定できる内容でもなかったせいで、不本意ながら受け入れる。

 そんな反応に俄かに笑いが起こる。


「はー。なるほど。こういうルールなのか」

 一頻り笑った後で、マカリナとラキアも魔界でのルールに軽く目を通したところで、話に加わってきた。

「それで、結局ハルは誰と組むことになったんです?」

「うちは別に勝ち残るつもりないから、ハルちゃんと一緒でも良いと思ってるよ? できれば、大規模襲撃戦は体験してみたいかな? とは思ってるけど」

「わたしも、今回は魔界でモンスターの集団を魔法で一網打尽にできれば満足なので、ハルマ様とご一緒させていただこうと思ってますよ? それに、わたしもモカ姉様も、最初に狙われるのはハルマ様と同じでしょうからね」

「あたしらは、ある程度〈魔界の覇者〉を狙っていきたいから、今回はハル君誘うのは諦めようかな? って話してたところ」

「オレ達も、ねーちゃん達と同じ感じ。このルールだと、プレイヤースキルでどうこうできる雰囲気じゃないから、負けた時は仕方ないで済みそうだけど、変に気を使わせちまいそうだしな」

「なるほど……。ん? 待てよ? ハルが最初に狙われそうってことは、リナと一緒でも最初に狙われそうってことだよね?」

「ラキ? 急に何言ってるの? 悪目立ちしてるのは確かにあたしだから、その通りだろうけど……」

「いやー。リナを誘うと思ってたんだけどさ。だったら、リナもハルと一緒に参加したら面白そうだと思って。あたしらも、その方が生き残れそうだし」

「え?」

 ラキアの突然の提案に、マカリナだけでなく、その場の全員が目を丸くする。

 表情はみんな似たようなものだが、生じている感情はバラバラである。

 ただ、ひとつ共通するものがあるとしたら「確かに、何だか面白そう」であった。


 こうして、PVPでは絶対に対峙したくない4人組が誕生することになった。

「何気に、絶妙にバランスの良い4人組になったわね。まあ、ハル君がいれば、どんな組み合わせでもバランスなんて関係なくなるんだけど」

「お願いだから、魔界以外ではパーティ組んで〈魔王イベント〉系に参加しないでくださいね」

 スズコとチップは、並んだ4人を眺め、感情の抜け落ちたような顔になって呟いていた。

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