Ver.6/第31話

「あの展開で、クエストじゃなかったのかあ……。このゲーム、わっからねえ」

 今まで、数々のレアクエストをクリアしてきた自負があるだけに、ある程度展開が読めると思えるようになっていたが、まだまだ甘かったようである。

 むろん、まだ途中という可能性もあるが、指針が何も示されなかったため、どうしようもない。

 もしかしたら、ジェイのいた砂浜に行けば再会できるかもしれないが、それでクエストが進行するかも不明である。

「まあ、うん。当初の予定通り、炎雷石集めるか。あの砂浜に行くのは、それからでも良いだろ」

 鼻歌混じりに去っていったナルカミを見送った後、雷雲も消え去り、青空が広がったところで、ゴーレム狩りに戻ろうとしたのだが、そこで声をかけられた。

「ちょ、ちょっと! 今の御方は、本当にノイジィファクトリーのナルカミ様なんですかあ!?」

 思わぬ大物の登場に、すっかり忘れていたアクアである。

「え? ああ、そうみたいですね」

「あのナルカミ様が、本物の雷神様だったなんて……。そんな御方に、ずいぶん親し気に話されていましたけど、あなた、一体何者なんですかあ? もしかして、神の使い?」

「何者か? 何だろう? クラス的に言えば、ただの冒険者だしな……。公式な肩書は大魔王だけど、それは関係ないもんなあ。それに、神の使いっていうより、神をこき使ってる側だし……。俺、何者なんだ?」

「神様をこき使ってるですって? と、いうことは、あなたについて行けば私も神様の知り合いができるってことかしらあ?」

「まあ、そうですね。ここにいる4柱と、ズキンの父ちゃんくらいしか、今のところ紹介できませんけど」

 そういって、身近にいる森の守り神を指し示す。

「4柱……?」

「挨拶が遅れましたね。はじめまして、マーメイドのお嬢さん。わたしは風の大陸の森の守り神、トワネと申します。ハルマ殿には危ないところを助けていただいたのをご縁に、お供させていただいております」

「ユララは、水の大陸の森の守り神ですよお。この姿だと、あまり馴染みがないでしょうが、以後、お見知りおきを」

「ふふふ。ワタシは、光の大陸の森の守り神、ピインだ。ナルカミとは、古い知り合いでね。よろしく頼むよ」

「あっしは、バボン。土の大陸の森の守り神でさあ」

「旦那様ぁ。パパも呼んだ方がいいかしら?」

 アクアは、ハルマが手を向ける先に視線をやると、徐々に表情がヒクついて行った。トワネ、ユララ、ピイン、バボン。どう見ても癒し系愛玩動物の類にしか見えない面子だが、紛れもなく森の守り神である。

 ズキンも、流れを察したのか、闇の大陸の森の守り神である、父カルラを呼び寄せようかと打診してきた。

「いや。そんな出前を頼むみたいに、ホイホイ呼んじゃダメでしょ」

 そんな、ハルマにとってはすっかり日常となった掛け合いをしていると、アクアはわなわなと震えだし、バシャバシャと水飛沫を上げながら、迫ってきた。

 そうかと思ったら、泉の淵に突っ込むほどの勢いで、土下座に近い姿勢で平伏してきたのである。

「ししししししし知らなかったとはいえ、ごごごごごごごご無礼なことを! 女神様ごっこなんて、不敬なことをして、ごごごごごごごめんなさい! 私は、マーメイドですので、水神様や眷属様のことバカにするようなことは、それこそ神に誓ってやっておりませんー!! 許じでぐだざいぃぃぃ」

 足がないので、これが限界なのだろう。土下座というよりは、波打ち際に打ち上げられた水死体みたいなことになっているが、凛とした神秘的な雰囲気は吹き飛び、お仕置きされる恐怖に涙する少女のような顔になっている。

「ふふふ。心配いりませんよお。水神様も、その眷属様も、心の広い方ばかりですので、そのようなことで目くじらを立てることはありませんよお。それに……」

 ユララは、いつものユルイ雰囲気のまま、アクアの頭をポンポンと撫でてやると、ふいとピインに視線を向けた。

「そうだね。それに、お嬢さんは、ひとつ勘違いしている」

「へ?」

 ユララに続いて、ピインが発した言葉に、アクアは疑問符を頭上に浮かべた。

「お嬢さんが再現しようとしていた寓話のような神話は、泉の女神が行ったことではなく、ワタシが大昔に、森の泉に斧を落とした樵を、遊び半分に試したことが歪曲されて伝わったものだからね」

「「え?」」

 これには、アクアだけでなく、ハルマも思わず声を出してしまった。

「懐かしい話じゃのお」

 この話は、ユララだけでなく、トワネとバボンも知っていたらしく、そろって愉快そうな反応を示す。


 聞いてみると、話の大筋は、ハルマも聞いたことがある、金の斧、銀の斧、自分の斧の中から、正直に自分の斧を選んだ樵には、金と銀の斧もプレゼントした、というところまでは同じであった。ただ、それを真似た欲張りな樵が、金と銀の斧も自分の物だと申告した際も、ピインは素直に3本とも斧を渡したらしい。

 本来は、金の斧も銀の斧も手に入らないどころか、商売道具である自分の斧も失ってしまうという話のはずなのだが、ピインの場合は、もっと酷いお仕置きが待っていたようだ。

「ピイン様が欲張りな樵に渡した金の斧と銀の斧は、得意の幻影を使ってオーククイーンを化けさせたものだったのですよお。欲張りな樵が喜んで金と銀の斧を受け取ったが最後、オーククイーンは2匹ともその樵の嫁となり、何もかも絞りつくされるハメになったんですう」

「一般的なオークのメスは、慎ましやかに暮らしておるが、クイーンになると強欲の権化と呼ばれるほどになる。魔物であれば、増え過ぎたオークの群れにクイーンが生まれることで何もかも絞りつくされ、自然と滅びるほどじゃ。何しろ、クイーンには強制的に周囲を支配して貢がせる能力を有しているからのお」

「「何それ、怖い!」」

 これも、ハルマとアクアの反応はかぶる。

「ふふふ。元々、その欲張りな樵は、目に余る愚行を繰り返していたので、森の守り神として、神罰を与えなければならない人物だったのだよ。それに、オーククイーンは放っておくとオークの群れだけでなく、周辺の生態系まで崩壊させてしまうからね。クイーンが2人生まれた時は、互いに欲望をぶつけ合うことで中和させる方法が、被害を最小化できるのさ。むしろ、正直者の樵が、巻き添えにされたというべきだろうね」

「あ、ああ……。そういう感じ」

 いかにゲーム内の設定とはいえ、なかなかハードな内容だ。普段のピインが紳士的な雰囲気があることもあり、神の二面性みたいなものも感じてしまう。

「わ、私はぁ、ここから外敵が侵入しないように見張ってる間、ちょっとした暇潰しと申しますか、息抜きにやっていただけでして。それにぃ、毅然とした評価を下された神に憧れを抱いていたのが、そもそもの発端でしてえ……」

 深刻に考える必要はないと言われながらも、神罰を下した張本人が目の前にいるためか、アクアはギクシャクしながら何とか穏便に済ませようと奮闘している。これがマーメイドでなければ、冷や汗をダラダラと流しているところだろう。

 そんなアクアが不憫に思えてきて、ハルマも助け船を出すことにした。

「悪気があったわけじゃないし、今回は雷神様に神器を返す手助けにもなったんだ。最初から許しているだろうけど、許してやってくれないか?」

 例えNPCだとしても、神に目を付けられる人生など、生きた心地がしないことだろう。

「そうだね。キミの言う通り、今回はナルカミに神器を返すという大きな貢献もしてくれた。その点に関しては、森の守り神としても、感謝しないといけないね」

「森の守り神としても?」

「そうさ。あの子は、雷神。ただ雷を落とすことが役目ではなく、雨雲を各地に送る役目を担っている。つまりは、あの子がしっかり仕事をしてくれないと、森に雨が行き届かないのだよ」

「え!? じゃあ、超ファインプレーだったんじゃん。じゃあ、そういうわけで、お咎めなしってことで、決定! で、イイよね?」

「ふふふ。お嬢さん、感謝するのですよ? ワタシの主人の口添えがなかったら、少し面倒なことになっていたかもしれないのですから」

「はい~! それは、もう、心の底から感謝しておりますう! それに……」

「それに?」

「こんなに刺激的な体験の連続に、私、興奮しておりますう! 皆さんは、いつも、こんなに充実した日々を送っているんですかあ!?」

「あ、ああ。まあ、そうだね。他の人に比べたら、愉快な冒険をしてるかもしれない……かな?」

 眩しいほどにキラッキラな視線を向けられ、思わず後退りしながら返答する。刺激的かどうかは自信がないが、一風変わったことに出くわすことは、多い方だろう。

「そうなんですねえ~。決めましたあ! 私も仲間に入れてもらえませんかあ? この小さな泉で、来ることのない外敵に備え続けて泡となって消えるより、皆さんと一緒に世界を見て回りたいんですう! そ、それにぃ、その方が、何かと安心できそうなのでえ……」

「……唐突だな」

 ハルマに目を向けてきたアクアからは、冗談ではない雰囲気が漂っている。断る理由もない上に、これが今回のイベントの結末なのだろうと納得することにした。それに、確かに、この小さな泉が、彼女の世界の全てというのも、何だか不憫な気がしたのも事実だった。


『クエスト/泉の女神?をクリアしました』

『クリア報酬として、マーメイドとの盟約が結ばれました』

『マーメイドのアクアが仲間になりました』

『詳細はなかまメニューから確認できますが、テイムモンスターと同じ扱いになります』

『アクアはプレイヤーと同じ経験値を獲得し、プレイヤーと同様に成長していきますが、ステータスポイントの振り分けは行えません』

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