Ver.6/第7話
「モカさん! そっちじゃないです!」
ハルマの忠告も言い終わらない内に、新しいトラップが発動された。
「え?」
カチリと踏み抜かれた床のスイッチに連動して、視界が切り替わった。明らかに今までと違う展開である。
「これ、マズいやつだ! モンスターハウスに突っ込むぞ!」
転移が始まる直前、チップの叫び声がダンジョン内に響き渡った。
モカの決めた方針に従い、地下へと進み始めてすぐ、彼女の見せた頼もしさは崩れ去った。これまでも幾度となく発揮した方向音痴が、ここでも彼女の動きを迷わせたからだ。
ハルマだけでなく、マカリナとソラマメの3人でトラップの位置を教えても、戦闘が挟まる度に方向がわからなくなるのだから、トラップの位置もわからなくなっていた。手を引いて道案内でもできればいいのだが、いかんせんアバターの体である。
戦闘が終わり、先に進もうと動き出せば、かなりの確率で集団から離れていってしまうという始末。それだけならいいのだが、トラップてんこ盛りのダンジョン。ちょっと目を離した隙に、トラップにはまってしまっていた。
それでも、最初のうちはレベルの低いトラップの方が多いため、致命的な状況には陥らずに済んだこともあり、徐々にモカも慣れてきていた。
戦闘が終わっても、すぐに動き出さず、ハルマ達が移動する方向を確認してから後に続くというシンプルな解決策を、自然と身につけていたわけなのだが。
「次はあっちー!」
戦闘終了後、ふいに発せられたマリーの指示に、素直にモカは従ってしまった。
それが、マリーのささやかなイタズラだとも気づかずに……。
モンスターハウスにもいくつかパターンがある。
最初から倒すべきモンスターが全部出現しているタイプ。最初に出現していた集団を全滅させると次の集団が出て来るタイプ。最初こそ数は少ないものの、モンスターが倒されるのを待たずに、次から次に追加され、倒すのが遅れると取り返しがつかなくなるタイプ、などなど。
モンスターのポップ数の上限は、数で決められている場合もあれば、時間で決められている場合もあるが、部屋の中のモンスターを完全に駆逐しなければ出られないということに変わりはない。
「このメンツなら、いけるよな?」
転移が終わり、周囲を確認すると、チップはモンスターハウスのタイプを推測する。最初からモンスターが部屋中に待ち構えているパターン。周囲360度、満遍なくモンスターで埋まっており、数は多め。次から次に押し寄せてくるタイプではなさそうである。
モンスターハウスも、雨降りの迷宮が賑わっていた頃は全滅必至のトラップだったが、今では生存できる可能性も少なくないものになっている。
とはいえ、周囲を取り囲むモンスターのランクは、地味に高い。さすがに、最高難易度のピラミッドだけのことはある。
チップは素早く頭の中で作戦を構築していく。
マカリナはこれまで、生産職としてしか能力を発揮していないが、長期戦には頗る強い。下手したら、ハルマ以上だ。モンスターハウスの攻略は彼女にかかっていると判断し、軸を固める。
ソラマメはハルマやマカリナと違い、世間一般がイメージする典型的な生産職である。レベルはふたりよりも上に育てていることもあり多少は戦えるが、戦闘は苦手なため、今回はサポートに徹してもらった方が賢明だろう。
そうなると、マカリナとソラマメを他のメンバーで囲んで守る陣形を組むべきだ。
ただ、アヤネは回復を任せるにせよ、火力として殲滅に回すにせよ、魔法職であるため、前線に立たせるわけにはいかない。シュンも回避盾がメインなので、これだけの数の集団戦には不向きだ。
ラキアはマカリナを守ることを目的に盾職も得意としているので、背後を任せて大丈夫だろう。火力はハルマの仲間NPCが豊富なので、押し込まれる心配はないだろうし、単騎での火力においてモカの右に出る者はネマキくらいのものだ。
「そうなると、シュンをソラマメさんの護衛につけて、オレもラキアと一緒に後方で守りに専念した方がいいな」
これだけのことを数秒の内に決めていき、全体に伝えようと口を開いた。
……が。
「ヤバイヤバイヤバイ! みんな、合わせろ!〈ファイアーブレス〉」
ハルマの最大火力スキルに合わせ、トワネ、ズキン、ニノエ、ハンゾウ、ピインが、それぞれのスキルを活かし、炎と風の共演を作り出していた。
それは、最強魔法使いとの呼び声高いネマキの生み出す火炎魔法にも勝る威力となって、部屋の中を駆け抜けた。
「お……、おう」
転移場所が部屋の中央付近だったため、一度に全滅させることはできなかったが、3~4割のモンスターがこれで消え去っていた。これを繰り返すことができれば良いのだが、さすがに合わせ技にはクールタイムが設定されているため、即座に連発はできない。
しかし、モンスターの陣形が大きく崩れた隙をついて、モカが走り出していた。
「コナ、行くよ!〈チャリオット〉」
〈デュラハン〉と並び、モカ以外が取得しているのを見たことがないレアスキルを発動し、馬車引きの戦車と一体になってモンスターの群れに目がけて突っ込んで行ってしまったのだ。
「ちょっ、モカさん!?」
止める間もなく走り出した背中に向けて、チップの声が空しく響く。
「あたし、あのふたりと同類に思われるの、心外なんだけど?」
呆れたようにマカリナが呟いたが、最終的にはモカとハルマの活躍に加え、彼女の〈DCG〉によって場を制圧しての完勝に、冷ややかな目を向けられることになることを、この時はまだ知らないだけであった。
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