Ver.5/第64話

「おん?」

 制限時間ギリギリまでダンジョン内を探索し、集められるだけアイテムを集めた後で脱出すると、景色は一変していた。

「同じ場所、だよね?」

 ユキチも、周囲をきょろきょろ見回し、確認する。

 出てきたのは、入ったのと同じ扉のようだ。

 回りにも、同様の扉があり、他のパーティが同じように警戒心を露わにしながら移動を始めている。

 おっかなびっくりといった雰囲気なのは、足元だけでなく、フィールド全体が砂漠に変化してしまっていたからだ。

 見上げてみると、枝を広げていた大木も朽ち果て、幹も芯からなくなり、膝下くらいの高さまで消えてしまっている。辛うじて根だけは残っている状態だ。

 最後のパーティが扉から出てくると、視界の中にアナウンスが表示された。


『レシピの破片がそろいました』

『イベント専用レシピ〈バリスタ〉を覚えました』

『レシピの破片が5枚そろったことで〈バリスタ改〉のレシピに進化しました』

『〈バリスタ改〉は特定の生産職スキルを取得していなくとも、イベントエリア内に限り作製可能です。その際、スキルによる補助や補正は適用されません』


 そうかと思うと、扉が消えていき、代わりに生産設備が設置される。

「い?」

 出現したのは〈錬金〉〈鍛冶〉〈木工〉の3種類である。残りの2か所には、職人設備ではない何かの土台が設置されている。

「うわ!」

 理解が追いつかない内に、変化は続いた。

 足元が揺れる感覚があったかと思ったら、広い戦闘エリアから離れた場所に、ピラミッドが地中からせり出してきたのだ。

 しかも、出てきたのは、ピラミッドだけではない。

「あー。何で第3エリアにいなかったのかと思ったら、ここで戦うからかー」

 ユキチが額に手を当て、眺めるように確認しながら納得したような声を上げた。

 ピラミッドとセットに登場して、これほど似合うモンスターもいないだろう。

 女性の上半身に獅子の体を持つ怪物。

 お馴染みスフィンクスである。

「ようやく、フルレイドのボスっぽいのが登場ね」

 大きな翼を広げ、優雅に飛び立つのを眺め、サエラも気を引き締めた表情になる。

 サイズから推察するに、おそらく、これがラストバトルだろう。


 スフィンクスはゆっくりと戦闘エリアの上空にやってきた。

 しかし、エルダーハーピー同様、すぐに下りて来て戦うわけではないようだ。

 警戒しながら見上げていると、旋回を何度か繰り返した後で、こちらを睨み付け、咆哮を上げた。

 何かの攻撃かと思ったが、変化は足元で起こる。

「くっそ。召喚するタイプか」

 スフィンクスの咆哮に合わせて、砂の中からサソリ型のモンスターが一斉にわき出したのである。

「ハル君! どう考えても、バリスタ完成させないとアレは撃ち落とせないと思う!」

「だよなあ」

 地上のモンスターを殲滅しながら、スフィンクスの行動に注視しつつ、バリスタを完成させる。なかなかにハードルの高い要求だ。しかし、やるしかない。

 ハルマは、自分達が出てきた扉が変化した〈木工〉設備の所に駆け寄ると、作業を始める。

 すると、インベントリに見慣れない表示があった。

「共有ボックス?」

 迷わず確認すると、中にはこの場のプレイヤーが先ほど集めた素材がまとめて収納されているようだ。

「なるほど。そりゃ、個別に管理してたら、さすがに収拾がつかないもんな」

 システムを理解すると、声を上げ協力を求める。

「素材なんかは共有されてるみたいです!〈木工〉で使う材料を誰か〈錬金〉してください!〈鍛冶〉ができる人も、お願いします!」

 自分で〈錬金〉してもいいのだが、ハルマのMPは少ない。〈鍛冶〉はともかく、〈錬金〉は他の人に任せた方が効率は良いだろうと判断したのだ。

 やることは単純だ。〈木工〉でバリスタの本体を作り、〈鍛冶〉で飛ばす矢を作る。後は、スフィンクス目がけて放つだけである。

 問題は、それと並行して次から次に召喚されるモンスターを殲滅しなければならないことと、スフィンクスによる直接攻撃にも備えなければならないことだ。

 スフィンクスは、上空を5周すると咆哮を上げモンスターを召喚、その後8周したところで降下しながら叩きつけの物理攻撃、間を置かずに再び上空に戻って待機すると、旋回を再開するという行動パターンのようだ。

 厄介なのは、叩きつけのターンに、羽を使った風属性の範囲攻撃を仕掛けてくる場合もある点だ。

 地上のモンスターは、数は多いものの、強さは大したことなく、殲滅自体は難しくない。しかし、スフィンクスによる直接攻撃は強力で、ハルマもパッシブで備わっている耐性だけでは一発でHPを吹き飛ばされていただろう。

 辛うじて耐えられたのは、アグラがいつの間にか全体に魔法防御を高める補助魔法を使ってくれていたからである。

 物理攻撃は局地的なものなので、タイミングを合わせて回避するだけでダメージは受けずに済むのだが、魔法の場合はかなり広い範囲を対象にする。範囲が広い分、威力は低めに設定されているようで、簡単に全滅することもなさそうだ。

「うーん。やっぱり、近寄ってきたタイミングじゃないと攻撃届かないねえ。しかも、物理攻撃は、鎧職の人じゃないと一発アウトっぽい」

 スフィンクスが降下してくる位置は、前もって影を観察していれば判断できるようである。降下位置はランダムで、職人設備のある場所だろうとお構いなしだ。

 ユキチは回避行動をとりながらハルマの元に駆け寄ると、情報を伝えてくれる。

「問題は、〈バリスタ〉がどの程度効くのか、かな?」

「だね。それと、作った〈バリスタ〉が壊されないかどうか。だから、念のために、2つ作って設置しても、作業続けてくれない?」

「なるほど。了解」

 ユキチの要望に納得はしたが、大量に作り置きしていられる余裕はない。そもそもの素材が戦闘中に集めたものしか使えない上に、〈鍛冶〉で作る矢にも同じ材料を使うからだ。 

 どれだけ必要になるのか、戦いながら調整していくしかなさそうだ。

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