Ver.5/第56話

 テゲテゲ達の生産職支援が始まる中、ハルマは最後の懸念材料である第2エリアの山岳地帯の攻略ルートを再考していた。

 すでに平地の抜け方はわかってきたので、尾根を走破するルートを開拓する必要もなさそうだが、テゲテゲ達の手を借りたくない者もいるだろうからと、テゲテゲ達自身から打診されたのだ。

 人気の動画配信者であるが、であるが故に、アンチも多い。

 ただし、アンチの度合いも様々で、顔も見たくない、何なら、テゲテゲという文字を目にすることすら嫌という者もいれば、嫌いなわけじゃないけど、積極的にかかわりたくはない、という程度の者まで幅がある。

 前者の場合は、同じサーバーであることがわかった時点で、リスタートしてしまうだろうが、後者の中には直接テゲテゲの手を借りるつもりはないが、助けてもらえるなら助けてもらってやらなくもない、という反応の者もいるだろう。

 つまりは、ハルマの仕事は、このちょっと面倒臭いと言われても仕方のない思考の持ち主を、陰ながらサポートすることである。

 どちらかといえば、ハルマも似たような思考になることもあるため、手を差し伸べることにした。もちろん、こういった者ばかりではないので、幅広く支援を行うためにも、やれるならやっておきたい部分である。

「とはいっても、ここに、迂回路、本当にあるのかな?」

 視線の先には、カルデラを埋め尽くす勢いのビックリトカゲと、空を悠々と泳ぐビッグイヤーの姿があった。外周部に目を向けると、ビッグイヤーの巣と思しきものと、雛らしき影も健在だ。

 カルデラ内を安全に走破するのは、無理だろう。

「やっぱり、カルデラの外だよな、あるとしたら」

 踵を返し、一度カルデラ地帯から出て、尾根に戻る。

 しかし、カルデラを中心に四方八方に伸びる尾根は、それぞれが独立している。把握しているだけで、カルデラにつながる尾根は3本。それぞれが途中で分岐し、大樹の根のように第2エリア全体に伸びていく。平地部は、その間に広がり、平地部の要所要所にエルダーハーピーの潜む森が点在している。

 山岳地帯の裾野にも森が広がる場所があるが、モンスターが隠れられるほど木々の数は多くなく、どちらかといえば安全地帯といった雰囲気の方が強い。ハルマも、ここに支援小屋を建てている。

 視線を再び足元に向ける。

 ハルマが立っている尾根部分とカルデラ地帯がつながる場所は、それなりに広い。しかし、隣の尾根まではつながっておらず、途中、断崖絶壁の空白地帯が存在するのだ。ここを渡るのは、難儀である。

 壁を横移動するか、尾根から平地にまで下りて、再登頂するかしなければならないだろう。壁を横移動するとなると〈クライミング〉のスキルは必須になる。しかも、ペグ、ロープ、クライミングハンマーも別途必要になる。正直、不特定多数に行き渡らせる自信はない。そもそも、このすぐ上をビッグイヤーが飛んでいるので、襲ってこないとも限らないのだ。

 では、平地に下りるしかないのか? と、なるのだが、尾根と尾根の間は、他の場所に比べれば幅が狭いとはいえ、ガストファングの群れがいないわけではない。ここまで尾根ルートを進んできた意味がなくなってしまう。


「何もねえ」

 洞くつやワープギミックみたいなものでも潜んでいるのではないかと、念入りに周囲を探してみたが、あるのは採取ポイントばかりである。

 第1エリア方面からと、第3エリア方面からの両方で探してみたが、どちらも結果は変わらなかった。

 ハルマは、再びカルデラ地帯に戻ってみた。

「見逃してるものがあるとも思えないけどな」

 外になければ中しか可能性はない。そもそも救済ギミックが存在しない可能性もあるのだ。

 カルデラの淵に立ち、周囲を眺める。残る可能性は、ビッグイヤーの巣くらいのものだ。

「あれの下に洞くつがあるとかだと、救済の意味がないもんなあ」

 どう考えても、戦闘は避けられない。

 そうやって数分観察していると、ふと妙なことに気が付いた。

「あれ? ビックリトカゲの数が、減ってる?」

 テリトリーに足を踏み入れると、どこからともなく現れて足の踏み場もなくなるほどだが、それでも、もっと多かったはずだ。

 というか、何かに警戒するように移動しているように見える。

 そのまま観察を続けていると、ついにはカルデラ地帯の中央付近から、きれいさっぱりビックリトカゲが消えてしまったではないか。

「どうなってるんだ?」

 昼夜を問わずに徘徊していたというのに、謎の行動だ。

「ハルマ! 煙!」

 ビックリトカゲの異変にばかり気を取られていて、気づくのに遅れたが、マリーが指さす方向、カルデラ地帯の中央付近から煙が立ち上っているのが目に入った。

「え? 何、あれ? 噴火でもするのか?」

 このまま留まっても大丈夫なのか、まるでわからない。しかし、あれのせいでビックリトカゲが退避したのは、間違いないようだ。

 いつの間にか、ビッグイヤーも、上空から姿を消してしまっている。

「いやいやいや。この状態で走り抜けるの? ダメだろ?」

 いざとなったら、いつでも〈導きのカギ〉を使って逃げる準備をして、固唾をのんで見守っていたが、いつまで経っても何も起こらない。

 しかし、立ち去るわけにもいかず、ひたすら観察を続けることになってしまった。

「うそだろ……。何も起こらないのかよ……」

 ゲーム内で丸2日、実に2時間半も見守った結果、何も起こることなく、雨が降り始めると次第に煙は収まり、再びビックリトカゲとビッグイヤーが徘徊し始めてしまったのだ。

「マジで、あれがボーナスタイム?」


 この後、数日かけて、このボーナスタイムが1日2回ほど発生することを突き止めた。更に、この現象が起こるサイクルの法則も発見できたことは大きかった。

 実は、カルデラ湖の水量によって、次のボーナスタイムまでのだいたいの予測ができるこがわかったのである。

 最初、ここを訪れた時、カルデラ湖が干上がりつつあると感じたのは、少し間違っており、水がなくなるとビックリトカゲ達が退避し、しばらくすると煙が吹き出し始め、更に一定時間経ったタイミングで雨が降り始め、湖を水で満たす、というサイクルだったのだ。

 煙が上がっているのはかなり遠方からでも視認できたため、尾根ルートを駆け抜けるタイミングもわかりやすいだろう。

「うん。この情報も、もう少し後になってからかな」

 ここの調査を行っている間に、テゲテゲ達のキャラバンに生産職のプレイヤーも到着し始めていた。

 支援プロジェクトも、第2段階に進む頃合いである。

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