Ver.5/第5話

 一瞬、視界が切り替わったかと思ったら、線路の上に置かれたトロッコに乗り込んでいた。動力車も何もない、シンプルな箱状の貨車だけ。その中に、ポツンと座り込んでいる。

「お?」

 どうなるのかと思っていると、勝手に動き出した。

 見た感じ、平坦であるというのに、不思議なものだ。

 と、思っていたら。

「うおう!」

 緩やかな斜面になったかと思ったら、急斜面を一気に滑り落ち始めたではないか。キーキーとトロッコとレールが奏でる錆びついた不穏な音に加え、曲がりくねった狭い通路を駆け抜ける視覚的変化によって、実際に超加速を体験しながら左右に体が振られる感覚になる。

 なるほど、ジェットコースターと呼ばれるわけだ。

「ちょっと、酔いそう……」

 VR酔いとは無縁に遊んできたが、ここまで刺激が強いと、頭の中がぐるんぐるん揺さぶられる感覚もあった。加えて、見通せる範囲が狭いため、この先が右カーブなのか左カーブなのかわからないことで、ちょっとした恐怖も感じる。

「ん?」

 爽快感と不快感の合わさった、妙な感覚のまま、身を任せていると、不意に〈発見〉のスキルに反応があった。採取ポイントなどは、死角に入ってしまうと反応しないが、PCとNPCは距離によって判定が入る。

「こんな所に誰かいるのか?」

 反応はひとつ。

 走り去るトロッコの上から、チラリと反応のあった方に視線を向ける。

「はい?」

 そこには、黄色いヘルメットをかぶり、ツルハシを担いだ、ペンギンがいた。


 トロッコは何事もなかったかのように駆け抜け、すぽーんと途切れたレールの隙間を飛び越え、スタート地点から遠く離れたエリアにハルマを送り届けていた。

 普通に歩いて移動すると、15分以上はかかったであろう距離を、2分ほどで駆け抜けたことになる。一方通行のショートカット。こちらから、元の場所には戻れないらしい。

 ……が。

 そんなことよりも。

「あのペンギン、何!?」

 ジェットコースターのことは聞いていたが、ペンギンがいるなど、聞いていない。あんな奇妙なペンギンがいるというのに、話題に上らなかったことを不思議に思うほどだ。

「何か、特殊なクエストなのか? あんなに目立つのに、誰も気づかないなんて、ありえないもんな?」

 遊園地と称されるだけあり、トロッコ以外にもアトラクション的なものがあるのだろうか? と、考えていると、置いて来てしまった仲間達が瞬間移動してきた。

 トロッコに乗り込んでいたのは、ハルマだけであり、ついてこれたのも、マリーとエルシアの幽霊コンビだけだった。

 しかし、せっかく仲間がそろったというのに、ハルマは転移オーブを使って、再びロシャロカの中央付近に設置されている転移場所へと戻ることを選択していた。

 今度は、歩いてあのペンギンがいた所に向かうためである。


「どのくらいの距離があるのか、歩きだとよくわからないな」

 幸い、トロッコに乗っていてもマッピングは機能しており、迷うことはないし、だいたいは感覚的に把握できた。

 それでも、狭く曲がりくねったトロッコ道を進んでいくのは、不安をともなう。景観が変わらないため、現在地をマップの表示に頼る他ないからである。しかも、トロッコに乗っている時にはわからなかったが、内部は入り組んでいて、トロッコ道も幾本も敷設されていた。マッピングできていなかったら、目的地にたどり着くのも困難であっただろう。

 トロッコに乗っている時だけでなく、モンスターが出てこないのは幸いだった。これだけ狭い通路だと、数で押されると、ちょっと面倒なことになったであろう。

「ハルマ様、ちょっと待ってほしいっす」

 狭い通路をズンズン進んでいると、珍しくニノエが後方から声をかけてきた。

 何事かと振り向いてみると、仲間のほとんどが鈍い足取りで頼りなさげに移動しているではないか。

「え!? どうした!?」

 何か、トラップにでもはまってしまったのかと思ったが、自分がトラップを見逃すとも思えなかった。何しろ、〈発見〉のスキルはSPにまで成長しているのだ。

「旦那様。あちきには、ここは暗すぎて、何も見えないです」

「え?」

 ニノエに続いて、ズキンまでも頼りない声を出してきた。

 暗い?

 そこで、ようやく謎が解けた。

「この道、本来は真っ暗なのか!?」

 今になってニノエやズキンが声をかけてきたということは、最初の方はちゃんと明るいのだろう。それが、途中から暗闇状態になる。ニノエもズキンも、どちらかと言えば夜目は利く方だ。それなのに、動きが制限されるとなると、かなりの暗闇なのだろう。

 そういえば、途中までは松明が壁に設置されいたが、この辺には見当たらない。

「え? 真っ暗闇の中をジェットコースターで駆け抜けるの? 何それ、怖……」

 何故にハルマには見えているのか。

 それは初期の頃、うっかり間違えて、狙っていたのとは別のエリアボスを討伐した時に事故的に取得した〈心眼〉のスキルに備わっている、暗闇無効のパッシブスキルのおかげであろう。

「えーと、どうしよう? 光源は何かあったっけな?」

 ランタン的なアイテムがあっただろうかと考えると、先にピインが口を開いた。

「よろしければ、ワタシが照らしますが」

「あ……。そういえば、光魔法にあったね。お願い」

 ニノエも光魔法は使えるが、彼女が使うのは回復魔法だけである。その点、ピインはエンチャント系に加えて生活魔法に分類されるものまで取得している。

「〈キャンドルトーチ〉」

 ピインの詠唱によって、周囲を仄かな光が照らす。

「今度からは、もっと早く教えてくれ。俺は、どうやら暗闇がわからないみたいだからさ」

 思わぬ弱点が発覚したところで、奥へと再び進み始めるのだった。

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