Ver.3/第6話

「あそこか?」

 チップの情報を頼りに移動すること数十分、ようやく目的地と思われる場所を見つけていた。

 途中、何度も戦闘になっていたが、確かにシャムだけでは少々手に余る相手ばかりで、ヤタジャオースやズキンといった、いつもの面々の力を借りなければならなかった。

 ただ、シャムは一般的なテイムモンスターと違い、2種族のタイプを併せ持つため、相手によってはじゅうぶんな結果を残すことも少なくなかった。

 特に、ヒュージシャドースライムに進化した時に覚えた〈分裂〉が優秀で、HPとMPは半分になるものの、単純に火力は倍になるため、弱点属性をついたブレス攻撃は、なかなかに強力だったのだ。

 川によって削られたのか、もともと谷だった場所が川になったのかはわからないが、深い谷の底に水が流れている。

 谷を見下ろしながら進んでいくと橋が見つかり、その下に目を向けると、壁面に作られた集落を見つけることができた。どうやら岩肌を削って、民家としているようである。

「なんだって、あんな所に?」

 まずは誰もが思うであろうことが気になったが、船が停泊しているのを見つけ、謎はあっけなく解けた。

「あー。ここから船で鉱石運んでるのか。ってことは、期待通り、採掘に必要な道具が見つかるかも」

 自力でここを見つけるよりも、チップに場所を教わったのは、これが理由だった。鉱山であふれるエリアにある町だ。であるならば、鉱山にかかわっている人々が暮らしているのではなかろうかと単純に考えたからである。

 

 橋を渡り、崖に沿って下る坂を進むと、ペシャコの町に入ることができた。

 思っていた以上に大きな町で、地下帝国と言われても信じてしまうかもしれない広さがあった。

 ただ、奥へと伸びる道は質素で、暮らしている人々もそのほとんどが坑夫らしく、上半身が裸であったり土まみれの恰好だったりした。

 観光気分でペシャコの町を回っていると、時折、他のプレイヤーとすれ違うことも少なくなかった。どうやら、町の中心地に転移場所があるらしい。

 流れに逆らうように転移場所に向かうと、登録を済ませ、一度スタンプの村に戻り、マリー以外は待機させてからペシャコに戻って、散策を再開することにした。


 ペシャコの町はもともと坑道だったのか、道はくねくねと不規則で、それに合わせて町も歪に造られている。

 採掘できる道具を探しながら、のんびりと周囲を観察しつつ進んでいたが、とある場所で女性の声が聞こえてきた。

「ツルハシのレシピ、あるの!?」

 ただの会話であれば素通りしたのだろうが、内容が内容だったために、耳がピンと立った気がした。

 キョロキョロと周囲を見回し、声の主を探し始める。

「あそこか?」

 近くにあったのは、特に何の看板も出ていない家の入口だった。

 そろりそろりと近寄り中を覗き込んでみると、ひとりの少女が部屋の住人と思しきNPCに話を聞いているところだった。NPCはがっちりとした体つきで、立派なヒゲ面であるが背が低い。少女の背も低かったが、それよりも頭ひとつ低いことから、この町では珍しいドワーフであろう。

「ああ。町の住人以外にツルハシは売れないが、作り方なら教えてやるぞ。だが、お前さんの腕だと、ちょっとばかし不足みたいだな」

「え!? あたし、これでも熟練の鍛冶師ですけど?」

 少女は食い下がっている。熟練と口にしたが、これは実際に職人のランクを示すものであり、一人前の次の段階に進んだ者のことである。つまり、彼女も生産職としてかなりの腕前ということだ。

「ツルハシを作るには〈鍛冶〉の腕だけじゃなくて、ルーン文字を扱う〈細工〉の腕も必要なんだよ。ただのツルハシならじゅうぶんだが、〈細工〉で魔力通さないと重くて長時間使えない上に、強度も落ちちまう。何より、鉱山には霊力が宿っていることも多いから、ルーン文字で魔力を通さないと使い物にならんのだ。〈細工〉の腕も一人前にならんと合格点を上げられんから、腕を上げて出直してきな」

「そんなあ……。〈細工〉のランクを上げてる余裕なんか、ないわよぉ」

 ガクリと項垂れる少女を見て、恐る恐る声をかけてみることにした。

「あのー。俺もツルハシ欲しいから、代わりに作りましょうか?」

 突然現れたハルマに、少女はビクリと全身を震わせたが、声を上げるほどではなかったらしい。それでも、警戒心丸出しの視線で観察してきた。

「と、突然、何? ってか、誰?」

「あー、いや。ごめんなさい。ツルハシって聞こえたから、つい。俺も、ちょうど、そんな感じのアイテムを探しにここまで来たところだったから……。それに〈鍛冶〉も〈細工〉も熟練になってるから、条件は満たしてると思うんですよ」

「へえ……。〈鍛冶〉だけじゃなくて、〈細工〉も熟練になるほど職人やってるのに、ここまで来れるなんて、すごいわね」

 ハルマの言葉に、少女は素直に称賛の言葉を述べてきた。

 彼女が驚きの声を上げるのも無理はなかった。通常、〈細工〉は生産職でも4職目以降に選択するサブ職の更にサブ職のため、育っていない者の方が多いのだ。また、見た目にこだわるタイプのプレイヤーだと〈細工〉だけ特化させている者が多く、他の生産職が伸びていないことが多い。

 それ故、ここでツルハシのレシピを取得できる者が今まで現れていない要因となっていた。生産職に注力していてはボスに勝てず、ボスに勝てるプレイヤーでは生産職としてのランクが足らない、というわけだ。

「あー、はははは。俺の場合は、ちょっと特殊だから……。それより、どうですか?」

 何しろ、ハルマの場合、始めて早々にスタンプの村に拠点を構えられたことで、点在する生産設備を往来する必要がなくなったため、職人の掛け持ちに苦労を感じたことがない。

 そのため、〈錬金〉〈調合〉〈鍛冶〉〈木工〉〈裁縫〉〈魔加術〉〈細工〉とある全ての職人で熟練になっているのだ。

「そうねえ……。ルーン文字が使えるようになるのは魅力的だけど、〈細工〉のランクを上げるのは時間かかりそうだし、ツルハシを直接買うこともダメっぽいから、お願いしようかしら」

 こうして、思わぬキッカケで新たな交流が生まれたのだった。

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