Ver.2/第72話

 ウィンドレッドに到着し、馴染みとも呼べるカフェに向かう。

 この店のマスターであるウィリアムが、今回のクエストの届け先だ。

「あ! ダイバーさんだ!」

 店が見えてくると、見慣れた不審人物が寛いでいるのが目に入り、マリーが飛んでいく。

 シルクハットに真っ白なチョビ髭、目元を隠すマスクと全身を覆うマント。ハルマの〈手品〉の師匠であるNPCであり、マリーと出会うキッカケを作った人物でもある。

 マリーに気づいたダイバーは、仮面でよくわからないながらも、穏やかな笑みを浮かべ手を振ってきた。

「やあ、マリー。元気にしてたかい?」

「うん! ハルマのおかげで毎日楽しいよ! ラフも大活躍してるよ!」

「おお、おお。それは良かった」

 すっかり祖父と孫の様相である。

「お久しぶりです。ダイバーさん」

 ハルマも遅れて到着すると、頭を下げる。

「はい、お久しぶりです。マリーも楽しくやれているようで、何よりです」

「ははは……。確かに、楽しくやってますね。トラブルも多いですけど」

「ほっほっほ。それは、この子の本分ですからね。調子が良い証拠ですよ。ところでハルマさん。手品の腕前も上がっているようです。新しい手品をお教えしますよ。今回から、ちょっと大掛かりなものを紹介しましょう」

 そういうと、ダイバーはカバンの中からいくつかのアイテムを取り出し、ハルマに渡してきた。


『スキル〈手品Ⅱ〉が〈手品Ⅲ〉に成長し、〈奇術Ⅰ〉に進化しました』

『新しい奇術専用道具のレシピを覚えました』

『DEXが常時90増える』

【取得条件/規定値以上のDEXで、規定の回数手品を披露する】


「お? 進化した」

 手品と奇術の違いはよくわからないが、何となく派手になるイメージだろうか。進化と表現されているが、スキルの使い方は変わらないようである。

「水面歩行とか、普通に便利そうだな」

 いくつか並んだ〈奇術〉のスキルに目を通し、〈手品〉よりも大掛かりだと説明された意味を理解した。

 この他にも人体浮遊であるとか、カーテンコールというものがあるようだ。


「それでは、良いお年を」

 ふむふむとスキルを確認していると、ダイバーは店を後にしてしまった。どうやらハルマへの用事が済んだらしい。

「こういうところは、やっぱりNPCなんだよな……。良いお年をー」

 立ち去るダイバーの背中に向かって手を振り、本来の目的である届け物をするために店の中へと入っていく。


「やあ、いらっしゃいませ。親父達は、迷惑かけてませんか?」

 ハルマの姿を見るなり、マスターは笑みを浮かべながら尋ねてきた。

「迷惑だなんて……。いつも助けられてますよ」

「そうですか。良かったです。それで、今日は?」

「ご両親から、新年の贈り物を預かっていまして。届けに来たんですよ」

 インベントリから預かっていた小包を取り出し、手渡す。

「あー。もう、そんな時期か……。わざわざ、ありがとうございます」

 マスターは小包を開封すると、中から緑色のツノがモチーフになっているペンダントを取り出していた。

「ペンダント?」

 新年の贈り物と聞いていたので、不思議に思う。

「あれ? 知りませんか?」

 そう告げると、首元から同じデザインのペンダントを取り出した。違うのは、首にあるものには、ツノがいくつもぶら下がっている点だ。

「どういう由来かは知りませんが、この緑色のツノを身につけていると、魔除けになるって言い伝えがあって、昔から親しい人に無病息災を願って、1年の終わりに贈る風習があるんですよ。で、1年使い続けたペンダントを奉納して、新しい物と取り換えるんです」

「へー。それって、誰からもらってもご利益あるんですか?」

「ご利益があるかどうかはわかりませんが、縁起物ですからね。誰からもらっても嬉しいものですよ」

 そういうと、少し自慢気に、いくつも付けられたツノをジャラジャラと揺らして見せる。

 それを見つめながら、ハルマは「ふーん」と、しばらく考え事をするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る